29.エゴ

 

「廻り逢うそのときに」29話。

【とある願い、エゴ】

※まあまあグロイです

 

 

目を開けて見えたのはぼやけた視界を塗りつぶす青黒い色。目をこすってしばらくして見えたのは暗い夜空とその合間に光る星たちだ。いつのまに寝てしまっていたんだろう。

ぼおっとする身体を起こしてちょうどすぐ後ろにあった木にもたれる。森の中みたいで誰もいない……誰も……?なにか思い出しそうになったとき私にかけられていたらしい布がずるりと地面に落ちていった。外気にさらされた肌が寒さに粟だって、手は自然と布へと伸びる。暗い景色に浮かび上がる気味の悪いほど真っ白な手──

 

「あ」

 

瞬間、心臓がどくどくと大きく鼓動を打ち始めて私の頭を揺らす。ぐったりと横たわる白い布が何かに重なって、思い出したくない光景が襲ってきた。白いと思った手に赤黒い血が浮かび上がって、指の間にはぐちゃりとした肉の感触。吐き気がする臭いはそこらじゅうから沸いていて、精巧な人形がバラバラ転がっている。私の手の中にも動かない女の子のお人形がひとつ。誰かが汚したせいで金色の髪がくすんでいて、内臓がはいっているはずのお腹はがらんどう。誰が取ったんだろう。誰が?

誰が。

 

「う゛え」

 

堪えきれなくて吐いてしまう。最悪だ。変に堪えてしまったせいで鼻をついてひどく気持ち悪い。辛いような酸っぱいような、とにかく気持ちが悪い感覚が鼻から喉まで残っていていつまで経っても吐き気は収まらない。つられ出た涙と鼻水のせいで更に酷い顔をしてるだろう。最悪だ。

あんなことを人がした。

人が人を殺すなんて。いや、そんなのテレビで毎日のように見てたから知ってる。殺人事件。よくあったし知ってる。でもこれはおかしいよ。こんなのおかしい。

真っ白な手を動かす。誰がふき取ってくれたのかさっき見たような血はついていない。それでもあの女の子の身体の感触が手に残っていて気が遠くなる。刃物で切り裂かれた傷口からは内臓がこぼれていてその間を蛆虫が這っていた。私の手にも落ちてきて、肌を這う蛆虫の気持ち悪さに女の子ごと地面に捨てたくなった。それなのに私の身体は動かなくて馬鹿みたいになんでなんでってそれしか考えられなくて……!

『ユキ』

ぐちゃぐちゃした私の頭に冷水をかけたのはダラクの静かな、それでいて優しい言葉だ。いつものように私の名前を呼んだダラク。私と目が合うと表情を消した。

『覚悟は、できているか?』

そう私に聞いたダラクは確かに私に向けてどろりとした暗い感情を向けた。あれはきっと殺気というもので、それはこれから来るかもしれない”もしも”に現実味を帯びさせた。

 

ダラクの目的は復讐。なら、その覚悟はなんだろうか。

 

考えるだけで体の震えが止まらない。怖くてたまらなくて身体を強く抱きしめた。私は、私だって覚悟を決めたんだ。この世界で生きていくためにこの世界のことを知って力をつけるんだ。あるだけで使えない魔力を使えるようにして、それでダラクの願いに私が必要な理由も知って、できたらその手助けもして、できないのなら──そんな瞬間が来たのなら! 

……覚悟が必要だ。

ダラクを止める覚悟。そのために死ぬかもしれない殺されるかもしれない殺してしまうかもしれない、そんな覚悟。ダラクはもう覚悟をしてしまっている。邪魔な奴は殺す。そもそもダラクの復讐に共感している私はそんな覚悟ができるだろうか。

でも復讐ってきっとあんな光景を作ることになるんだ。あんな恐ろしい状況をダラクがするなんて……それは止めたいと思うの。

 

「起きたのか」

 

突然の声。

声がしたほうを見れば、私のいる場所から数メートル離れたところに晃が立っていた。なにも気がつかなかった。考えに夢中だったせいだろうけれど、いつ晃が現れたのか分からなかった。それは……恐怖だ。人の存在を察知できないなんて危険だ。

異様なほどに静かな空間に響くのは私の鼓動。無意識のうちに落ちていた布を手繰り寄せて握り締めていたらしい。布が肌を擦る。そんな私の様子を見ていた晃は一瞬目を細めると小さくため息を吐いて、ゆっくりと近づいてくる。迫る足音、葉の擦れる音──眼がそらせれない。近づいてくる。

 

「ダラクと、リオ、は?」

 

ゆっくりと後ろに、姿勢を正すように身体を木に擦りつけた。

足音はまだ止まなくて、私の声は変に掠れている。嘔吐物がついた私の手は逃げ場を探したせいで土まで被って汚いの極みだ。

 

「……あの町の周辺を見て回ってる。生きてる人を探したり他の町に警告に行ったり報告しに行った」

 

ついに晃が目の前で止まった。私は私で背中に痛みが走るけど後ずさるのを止められない。晃の顔が痛々しげに歪む。

 

「晃は?手、汚れてる」

 

夜といっても近くに寄ればその姿は見える。目の前にいる晃の手は土だらけで、服の裾にも顔にも土がついていた。

 

「埋めてた。亡くなった人たちを、な」

 

亡くなった人たち。

頭を占領するのは耳に届かない断末魔を上げた人々の死に顔。血に、 土に、涙に、絶望に染まっていて──ああ、まただ。手が震えて足が震えて仕舞いには身体中が震えだす。制御できない感情があふれて止まらない。青白い私の手は死体のようだ。

 

怖い。私も……晃も怖い。

 

私、誰よりも信頼しているはずの晃を怖いって思ってる。幼い頃から私の傍にいてくれて不器用に私を守ってくれた晃でさえ怖い。

あんなことをしたのは人だ。

晃がしゃがんでぐっと顔が近づく。ただ顔を覗き込んでるだけだと分かるのに息が詰まる。息を潜めて晃の一つ一つの動きを見逃さないようにする。

 

「ユキ。俺は、俺だ。……頼むから俺を遠ざけるな」

 

そう言って私の頬に触れた手はざらついていた。土の感触だ。血の臭いがする。私の身体は魔法でもかけられたかのようにピクリとも動かなかった。

 

「お前の側にいる。お前を守る」

 

直後感じたのは優しい温もりだった。引き寄せられて、頼っていた木から引き離される。代わりに背にまわされたのは大きい晃の手で、それはなんだかとても力強くて……ようやく息が出来た。

 

「守るから」

 

さっきまで張り詰めていた緊張がほぐれていく。だけど、それでもまだ見えない何かがいまにも襲ってきそうな気がして晃にすがりつけば、金属の擦れる音がした。視線をゆっくり移して見えたのは長い鎖。それはこの世界オルヴェンで晃が選んだ武器だ。いざというときに使うための武器。晃はオルヴェンに来てからずっと戦えるようになるため、リオとダラクの特訓を受けていた。

晃は私を守ると言う。……晃はどうするんだろう。私を狙う人が襲い掛かってきたら殺すんだろうか。この優しい手で人を殺すんだろうか?

 

「私、どうしたら、いいか……分からない」

 

あのとき現実から目を背けて怯えていた私と違って、リオとダラクは冷静にあの状況を見極めていた。普段見ない顔だった。死体の上を踏み越えながら生存者を探したり、なにか情報がありはしないかと行動をとった。 冷静な判断、無駄のない行動、慣れているような動き。人の死を目前にしても慌てることのないそんな姿が怖かった。その横顔がまるで知らない人のようで、 怖かった。

……ねえ、晃もそうなるの?

聞けない言葉を堪える私の視界に映るのは夜空に瞬く星たち。私を抱きしめる晃の温もりを感じながら綺麗な景色を見ていたら、なんだか急に自分は生きているのだと妙に実感して涙がこみあげてくる。そして自分の情けなさを実感して、悔しくなった。

 

 

私、覚悟なんてできてなかった。

だけど……。

 

 

晃に抱き着きながら確かに実感する温もりにはっきりとした気持ちが浮かび上がる。殺す殺されるなんてものは分からないし分かりたくもないけど、譲れないものが覚悟ならひとつ決まった。

晃はそうさせない。晃は必ず守る。私をずっと守ってきてくれたこの人を傷つけさせはしないそんなことは絶対に許さないこの人は優しいまま元の世界に戻す。

 

 

私がそうなればいい。

 

 

 

 

 



 

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