13.ためいき

 

 

「愛がない異世界でも生きるしかない」13話。

【ためいき】

 

 

 

 

風に乗って男たちが訓練にいそしむ声が運ばれてくる。そんなことが当たり前のこの異世界が段々と日常のものになってきた。

梓は広場にある運動器具をベッド代わりに寝転がりながらそんな日常に心を落ち着ける。与えられた自分の部屋は落ち着く場所になってはきたが安全な場所という認識のほうが強く、広場のほうが梓にとっては心が楽になる場所だ。

 

元の世界と変わらない空がよく見えるからだろうか。青い空に浮かぶのは白い雲で目を焼く太陽の色も熱さも変わらない。空を見ていればもしかしたらここは異世界などではなく元の世界で、そうでなくとも繋がっているのではと妄想してしまう。勿論そうではないと分かっているが、それでも空に感じる安堵は梓の心を慰めた。

この世界に来てから寂しいとか不安などの感情を抱くことは多かったが、今日こんなにも気持ちが不安定なのは明日からようやく慣れた普通がひとつ消えるからだろう。

 

「今日でヴィラさんとは最後」

 

明日から違う聖騎士と時間を過ごすことになる。そんなに積極的に知りたい情報でもないと梓はヴィラに尋ねはしなかったが、明日顔合わせという状況になると少し相手のことを知っておきたい気持ちになる。シェントにかけてもらった魔法があるからソウイウ方面では大丈夫だと安心しているが、できればヴィラともそうなれたように穏やかに過ごせるようにしたいところだ。

 

「聞いてみよ、っか」

 

梓は意を決して身体を起こす。

汗の流れる身体に吹きつける風がとても気持ちよくて、梓は部屋を出たときとは違い爽やかな気持ちで部屋に戻る──はずだった。

 

 

「あなたとの時間が終わって残念。私、あなたのことが一番気に入ってるんだから」

「そりゃどーも」

「思ってもないくせに」

 

 

部屋に続く花の間へ、その花の間へ向かうために通る待合室で交わされていた男女の会話。ここにいて話をしているということは神子と聖騎士なのだろうが、どちらも聞いたことのない声だ。一瞬気にせず通り過ぎることも考えたが、ドアが開いていたとはいえ場所を選びそうな話題を大きな声で戸惑いなくする相手がそんなことを許すようには思えない。

梓が行動を迷っていあるあいだにも会話は続く。

 

「あなたのその太々しい態度も好きよ。人が折れる姿を見るのは楽しいけどたまにはあなたみたいなのと一緒にいて息抜きしないとね」

「毎度うるせえ豚だな。俺は魔力を回復できりゃーいいんだよ。で?もうこれで十分だろ」

「ふふ、あなた達ってほんと可哀相」

 

梓は神に祈るように目を閉じて天を見た。そして微笑みなにも聞かなかったことにして来た道を戻る。

待合室に入らなくてよかった……。

梓は溜息を吐いてお城をぐるりと一周して時間を潰したあとまた待合室に戻る。誰もおらず安心したのも束の間、花の間に見知らぬ神子を見つけてしまった。といっても後姿しか見えなかったが、梓は失礼ながらも彼女が先ほどの神子だと確信した。彼女は非常に恰幅が良かった。ドレスからのぞく真っ白な肌は不健康に思える膨らみをしていて、呼びつけているメイドを叱責するたび肉が揺れている。金切り声から連想するに険しい表情をしているだろう彼女に怒鳴りつけられているメイドが比較になってしまって、余計彼女の恰幅の良さが目立つ。

 

「ああもう気が利かない!私がいなきゃこの国は駄目なのにそんなことさえも分かってないの?」

 

遠くで聞いていても頭が痛くなる声だ。またどこかで時間を潰してから戻ろうかと思ったが下手に動いて気がつかれたらひどく面倒なことになるだろう。梓は彼女が自分の部屋へと早く戻ってくれることを祈って書架の陰に隠れながら本を読む。

結局梓が自分の部屋へと戻れたのは数時間後のことだった。

 

 

 

 

「お前は……」

 

 

 

 

暗く、静かな部屋に呆れた声がぽつりと響く──ヴィラだ。

ドアを開けた瞬間灯りがついていないことからそんな予感はした。別にいいのだが、なにも最後の日にしなくてもいいだろうというのが本音だ。

ヴィラはベッドの上で、もっといえば布団の上で丸くなって眠る梓を見下ろしながら溜息を吐く。梓と過ごすひと月が終わる日だから少し話をしようと思っていた。梓の性格から考えるに明日から過ごす相手のことを知りたいだろうと思ったし、そのついでになにかあれば──。

そこまで考えてヴィラはまた溜息を吐く。明日から樹はヴィラの神子ではないのだから気遣う必要はないのだ。そのはずだ。

ヴィラは落ち着かない気持ちに眉を寄せながら梓に手を伸ばす。

そしてあのときとは違い感じる体温、柔らかな感触、ヴィラの肌を撫でる髪──知らず口が緩む。

 

 

「なにかあれば、俺を頼れ」

 

 

抱き起こした梓に小さく囁く言えなかった言葉。最後の日に梓がこうやって寝ていてくれてよかったのかもしれない。きっと顔を見ていたなら言えなかっただろう。

ヴィラは布団を魔法でよけたあと梓をベッドに寝かせ、自身も少し離れた場所で横になったあと梓を起こさないように布団をかける。

 

 

 

「天然って怖い……」

 

 

 

 

ヴィラの寝息が聞こえる部屋に小さな溜息ひとつ。

 

 

 

 



 

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