14.奇跡の上の現実

 

 

 

 

まんまるお月様にかけ続けた願いが叶ったと思ったら期限付きで、しかも猶予はたった28日だ。

……私はその日どうしているだろうか。

また目の前でアンタがいなくなってしまうのを見ているんだろうか。

それとも目を逸らしているだろうか。

 

 

アンタは……そのときどんな顔をしているだろう。

 

 

 

 

 

 

 

  

やたらとまとわりついてくる蒸し暑さに頭がぼおっとしてきたらしい。日が落ちればまだ涼しい時間が続くはずなのに今日はやたらと夏を身近に感じてしまう。お陰で暗い気持ちが飽きなく沸いてくきて、考える時間をなくしたくて動かした口は疑いをこぼす。

 

「……なんでアンタさ、ここにいるわけ」

 

こっちの世界とでもいうのだろうか。他にどういえばいいか分からない。

私はアンタの腕をぱたぱたと仰ぐように何度も手を動かしながらその度にすり抜ける不思議な現象を眺める。こうでもしなきゃ今のオカシナ現実を現実として受け止められない。それなのにアンタは「俺で遊ぶな」と文句を垂れながら手を引っ込めると言葉を探すように頭をかいた。

 

「あー、お前ってさ?神様って信じるか?」

「信じない」

「即答かよ……」

 

突然の馬鹿な質問に私の頭は冷えてしまって、同時に悩むのも馬鹿らしくなってくる。今は28日後じゃないんだし、今アンタは真月光として生きてる。それでいい。

 

「まあ信じるも信じないも別にどっちでもいいんだけどさ、俺はその神様っぽい人に助けてもらった」

「神様っぽい人ね」

「すっげー馬鹿にした言い方しやがったな?」

「はいはい、すみません」

 

適当に謝りながらアンタの言う神様っぽい人について考える。神様なんてのは人が救いを求めたときだけに存在する象徴だ。自分の狡い心を隠すための、行き場のない感情をぶつけるためだけのもの。その証拠に私はいまこんなにもまんまるお月様が綺麗に見える。アンタが死んだあの日は憎くてたまらなかったのにね。そもそも神様なんてものがいるならアンタはあんな事故で死ぬはずがなかった。

 

「まあ俺も実際のとこよく分かんねえんだけどな。だから神様っぽい人ってか」

「人なの?」

「俺に合わしてくれたみたい?」

「本当にぽいって感じなんだ」

「だな。……そろそろ歩くか」

「……ん」

 

アンタは提案すると私の家に向かって歩き出す。アンタの家はどっちだと聞こうとしてこれも馬鹿な質問だったと私は考えるのを止めた。

アンタは私の代わりによく話す。

 

「ぶっちゃけると俺には未練がある」

「未練」

「そう。その未練をなくすために俺は期間限定だし幽霊だけどこうやってここにいる訳」

「……」

「小百合はこのこと知ってるから」

「じゃあ昼間言ってた手伝いって」

「ああ。未練をなくす手伝い」

 

隣を歩いていたはずのアンタはどんどん先に進んでいってしまって、私はいつの間にかアンタの背中を見ながら歩いていた。

 

 

「アンタの未練って、なんなの」

 

 

声を振り絞ってなんとか形にした私の問いにアンタは軽く「んー?」と悩むような相槌を打つ。アンタの返事を待つ私は死刑宣告でもされるような気持ちで血の気がひいていた。

本当は死にたくなかった?

それだったら私はどうしたらその未練をなくしてあげられるだろう。アンタは生きていたらきっと今みたいな姿になっていたんだ。その可能性を消したのは私だ。

 

「そうだなーまあ、誰でもそうだろうけどさ?いっぱいある。正直ありすぎて決められねえなあ。とりあえず京也と腕相撲がしたい」

「……」

「それでさ、お前も俺の未練をなくす手伝いしてくれよ」

「……え?」

 

驚く間にもアンタは足を止めないからますます距離が離れていく。私はアンタに追いつこうと少し早く歩いた。

 

「この奇跡は期間限定だろ?その間に未練を無くしてしまいてえんだけどありすぎて大変なんだよ。どれが俺を縛ってる未練か分からねえから片っ端から全部試すつもりだ。それ、折角だからお前も一緒にしようぜ」

「……縛ってる?」

「気になるとこそこ?まあ、そうそう。未練があるから俺いつまで経っても消えれないんだよ」

「消えなくていいじゃん」

 

反射的に言ってしまった言葉にアンタは目をぱちくりとしたあと嬉しそうにも困ったようにも見える笑みを浮かべて、否定した。

 

「いやいや、誰にも見てもらえなくてそこに居続けるしかないってまあまあ地獄だから」

「……」

「……んで、協力してくれんの?」

「……なにがしたいの?」

「とりあえずさっき言ったように京也と腕相撲がしてえな!」

「そっか……分かった」

 

笑うアンタにもうそれ以上言えなくて頷けば、アンタは小さくガッツポーズをとった。

 

「サンキュ!俺の未練解消にはお前も欠かせねえからな!明日全員で腕相撲しようぜ!」

 

一瞬ドキリとした私が馬鹿に思えるほど楽しそうに話すもんだから、懐かしさも手伝って私の顔は緩んでしまう。

 

 

「しん「うわっと!」

 

 

そんな緩んだ気持ちのままアンタの名前を呼ぼうとしたら、アンタが急に焦った顔で叫んだあとパンッと勢いよく手を叩いた。静かな空間に響いた突然の大きな音に驚き過ぎて心臓が飛び出てしまったような錯覚に陥る。ドキドキ鳴り続ける心臓をおさえる私の髪は猫のように逆立って変な汗までかいてしまった。

 

「び、びびったー!急になんだよ!」

「びびったのは俺だから!おい、ぜってー俺の名前言うなよ!?真月光のほうじゃなくて俺の名前!」

「はっ?はあ?なんで」

「いや、俺のことがバレるとタイムリミット待たずして俺は消えるっていうかなんていうか」

「はあ!?もうバレてるから!」

「だよなあ……。あ、でも名前言われるのは確実にアウトなんだよ。いるはずのない奴を呼ぶ名前は確実に神様っぽい人に知られてしまうみたいだからほんとにバレる」

「なんだよそれ……」

 

危うくアンタを消しかけてしまった事実にどっと疲れてしまう。腰がひけるどころか力が抜けて情けないと思いつつも土手に座り込んでしまった。アンタはアンタで悪いと思っているのか苦笑いをする顔の前で手を合わせて私に謝ってくる。

 

「そういう大事なことは先に言えよな……。それで?他にはないの。そういうの」

「そういうのって」

「タブーみたいなこと!そうじゃなくっても他になんかないの?」

「あ、あー……。俺が幽霊ってことあんまり知られるのは良くないな」

「だろうよ」

「……俺はお前には触れない」

「それは知って……ん?そういや、おかしくないか?小百合がアンタに触れるのは小百合がそういう力?みたいなのがあるからだと思ってたけど……」

 

思い出すのは昼休みの屋上での出来事。アンタは京也たちと話の合間に小突き合ったりしていた。触れていたんだ。

呆然とする私に手が伸びてくる。どうせ触れないからと思って見続けていたらアンタの手は私の服を掴んだ。そしてそのまま引っ張り上げられる。それは屋上から飛び出して走ったときとまるで同じ持ち方で、そう同じ持ち方。そうか。服はアンタにとって触れるものなんだ。

触れないのは──

 

「私だけ?私だけアンタに触れないってこと?」

「そう言ったんですけど」

「いや、そうだけどなんで」

「なんでと言われても神様っぽい人が決めたから」

 

私が起き上がってすぐアンタは手を離して歩き出す。「もう家だな」とあからさまに話を逸らそうとしたけど納得がいかなくて引き留める。

 

「なんで」

「いやだから神様っぽい人が決めたからなんで」

 

困る顔が本心を言ってるかも分からなかったけど、本心だろうがそうじゃなかろうが私がコイツに触れないのは現実で、現実ならそういうものだと受け止めるしかないんだ。

 

「……そう。でもそれじゃあ腕相撲は出来ないな。……んで、他には」

「なんか1回だけなら子供の姿になれるらしいぜ」

「え?」

「変身みたいなのが出来るらしい。怖くて試してねえけど」

「あ、そう……」

「いや、適当に流すなよな。まあ、これぐらい?かな」

「そう……」

「話聞いてました?」

「家に着いたんで」

「話逸らしたな」

 

アンタの視線から逃れるため門扉を開けて中に入る。

 

「坂上」

 

だけど呼ばれて振り返ってしまった。

門扉の前に立つのは成長したアンタ。アンタは私を見て目を細めながら笑う。

 

 

「すぐ終わらせるから」

 

 

そしてアンタは消えた。

思わず伸ばした手はそれが無意味な行動だとよく分かっているからすぐに力なく元の場所に戻る。握りしめた拳からは血が出るほどの痛みを感じて、これは現実なのだとまた痛感する。

 

 

 

「アンタは……本当に死んだんだな」

 

 

 

真っ暗夏の夜、私はありえない奇跡を目にしてようやく現実を受け入れられた。

アンタがまた死ぬまであと28日。

 

 

 

 



 

 

ブクマや足跡など、

応援よろしくお願い致します♪