13.死んだ人

 

 現実

 

 

 

 

 

夏になると必ずアンタが死んだ日を夢見る。

こんなこと誰かに知られるとオカシイと思われるんだろうけどさ、何年経っても見てしまうもんだからアンタが死んだと分かっているのに身近に感じてしまうんだ。お陰で転校生の真月にもアンタを重ねてしまった。

真月はアンタが生きていたのかと錯覚してしまったぐらいよく似ているんだ。

……私は馬鹿だからさ、情けないぐらい混乱したんだよ。

真月が現れてからすべてが変わっていく。

まるで足りないピースがようやく埋まったような感じで、変わったというより動き出したというほうが合っているかもしれない。

 

なら、もし……。

 

 

 

ーーーーーーー

 

 

 

 

今日はおかしなことが続いている。

 

最初はこれだ。昨日転校してきた真月と人嫌いの小百合が付き合うことになったという予想外のニュースを聞いた。それから……そうだ。お昼休みはいつもと違って大勢で食べて賑やかな時間を過ごした。初めて話す奴らだっていたのに昔から友達だったように話せた楽しい時間だった。

かと思えば小百合が思いつめたように私を助けると言って、真月と小百合は「手伝い」や「約束」といった不思議な言葉を使って険悪な雰囲気で話し出す。

最後は場の空気につられてか私はおかしな錯覚をしてしまって、それから──真月と約束。

 

オカシイんだ。

私は馬鹿なことを考えている。

 

数日前の私がいまの私を見れば冷めた目をしながら鼻で笑っただろう。今でも冷静に考えればオカシイと分かる。

……そこまで分かっていても私はもしかしたらと期待していた。

だからこそ近づいてくる放課後の時間が待ち遠しくて怖くて――放課後になる直前には逃げ出したい気持ちが勝っていた。

 

 

「坂上。約束覚えてるよな?」

 

 

真月はそんな私の気持ちを読んでいたらしくて、HRが終わった瞬間教室を出ようと準備していた私に釘をさしてきた。

 

「……分かってますけど」

「へー」

 

気まずくて視線を逸らす私を見下ろす真月はなにが楽しいのかずっと口元を緩ませている。……目は笑っていないから楽しくはないんだろうけど。

まあどちらにせよ今の状況はよろしくなかった。

転校生で目立つ真月だ。話しかけられた瞬間ちくりと周囲からの視線が突き刺さる。今朝小百合とカップル宣言をして更に注目を集めているんだから、正直2人だけで話すのは止めておきたいと思う。真月から距離をとれば察した真月が意地の悪い笑い方をした。

 

「もし約束破ろうとしたら大声で呼ぶからな」

「しねえから」

 

クラスメイトの視線が一斉に私に向くことを想像するだけでぞっとする。すぐに返事をすれば真月は笑って背を向けた。私はその場に蹲りたい衝動をおさえながら自分の席に戻ろうとして小百合を見つける。小百合は自分の席から私を見ていて、目が合うと眉を下げながら笑った。

『私はなにが正しいのか全くわからない。でも、知らないより知ったほうがいい。お願い、凛……っ』

真月と話せと必死に訴えてきた小百合を思い出す。そして──

『私が気持ち悪いのは私が一番よく分かってる』

──初めて小百合と話したとき小百合が言っていた言葉と表情を思い出す。

 

もしかしたら、もしかしたら。

 

オカシナ私はオカシナことを考えて舞い上がり始めていた

だから私は1人で先に真月と待ち合わせた場所へ向かう。ざわざわ騒がしい廊下や下駄箱をすり抜けて校門を越えてしばらく歩いた先。人がほとんど歩いていない場所があって──真月はそこに立っていた。

鞄も持っていない真月はじっとこちらを見て笑っている。

 

「おっせーよ!」

 

憎まれ口を叩いた真月はかるく手をあげ、私はというと重なる光景に唇が震えだした。言いたかった言葉はあったけどぐっと堪えて私も憎まれ口を叩く。

 

「うっせー」

 

追いついたところで真月が歩き出す。私も歩いて隣に並んだ。

 

「あーあーもう駄目だお前。言葉遣いはなおらねえな」

「はいはい言ってろ。どーでもいいんで」

「どーでもいいといえば目玉焼きには醤油だよな」

「は?塩だろ」

「まーだ分かってねえのかよ……やっぱ駄目だわ」

「アンタもな」

 

蝉が鳴く夏の道を2人で歩きながらくだらない話ばかりをする。鈴木の彼女がどんな人かとか、結城は見た目を裏切らずスポーツマンだとか、小百合は一見大人しそうだけどキレたら手に負えないとか……本当にくだらない話だ。

でもそんなくだらない話が凄く楽しくて時間があっという間に過ぎていく。

この感覚は遠い昔によくあった。教室にある机をひっつけてした腕相撲が懐かしい。サッカーボールを持って校庭に向かったあの日が懐かしい。

 

「もう夜だな」

「だなー」

 

私の家と学校は離れていて、寄り道をしていなくてもバスを間違えると外はすっかり暗くなる。夏が始まったばかりだということもあるけれど、今日は寄り道をしているからいつもよりも随分と空が暗い。

よく知っている景色だ。数日前にも見た景色だし、今更なにか思うところもない。

そのはずなのに数日前とは景色が違ってみえる。

静かな夜の空気。

1人歩いて見上げた空は暗くて気持ちはどこまでも沈んだ。

今はきっかけを待つ心臓がひっそりと浮足立っている。

 

「……」

「……」

 

私たちはついさっきまで休みなく話していたのが嘘のように黙っていた。草が生い茂る土手を歩いて川の流れる音や虫の鳴き声を聞きながらゆっくり歩く。

──真月が止まった。

私も遅れて止まって、なんだか急に乾いた喉に唾を飲み込ませた。それからゆっくり振り返って真月を見る。真月も私をじっと見ている。

 

オカシイよね。

ああ、やっぱり私は頭がオカシイ。

 

真月の顔に京也が重なった。そして真月が、京也が……笑う。目を擦ってからもう一度目を開けてみれば今度はちゃんと真月が見えて、それから──

 

 

 

「ほら見ろよ」

 

 

 

空を見上げた真月につられて同じように空を見上げればまんまるお月様が見えた。真月はしばらく無言でまんまるお月様を見上げていて、辺りに静かな時間が流れる。

 

「月が……少し欠けてるだろ?」

 

落ち着いた声にドキリとしてしまう。

どこかで聞いたことのある言葉が忘れようとした記憶を引きずり出してくる。

私はこの話を知ってる。

 

「なあ知ってたか?月ってさ、大体29.5日周期で同じ形に戻るんだってさ」

 

真月の声が、真っ暗な夢のなか子供の姿のままで悲しそうに話すアンタの声に重なっていく。私はあのときと同じようになにも考えられなくなって、まんまるお月様から視線を逸らして真月を見た。

29.5日。

嫌な予感を否定してほしくて真月を見たのに、真月は夢のときと同じく悲しそうに笑う。

 

「昨日、満月だったの知ってたか?」

「アンタは」

 

続きを止めたくて言葉を遮れば、真月は驚いたように目をぱちくりとさせたあと私を見て満面の笑みを見せた。唇を震わせるように歪めながらつりあげて、最後はニッと歯を出して笑うんだ。

 

──アンタだ。

 

馬鹿でオカシイことだけど確信してしまった。

途端にわっと周囲の音や暑さが濃くなったような気がして軽く立ち眩みを起こしてしまう。肌にのる蒸し暑さや足元を撫でる草を感じて、どこかの家からのぼってくる晩御飯の臭いとか、暗い空に黄色く光るまんまるお月様がやけに鮮やかに目に映った。

憎たらしくさえ思ったまんまるお月様。現金なものだと思うけれど、私は希望とか感謝とか、とにかくなにか素敵な気持ちいっぱいでまんまるお月様を見上げた。

 

待っていた──嘘だ──やっと──夢見るんじゃない──生きてる──ようやく──

 

ぐるぐるする感情が涙に変わろうとしたからなんとか気持ちを押さえて飲み込む。もう一度アンタを見ればアンタは私を見てニヤニヤ楽しそうに笑っている。

変わらない笑顔を見たら私にも笑ってるんだか笑っていなんだか分からない笑顔が浮かんできて、言葉にならなかった言葉が気の抜けた笑い声になって落ちていく。

 

「気づいたんだな。……それもどうかと思うけど、まあ、凄い凄い」

「ふざけろ」

 

おちょくってくる声に言い返すも力が入らない。

なにせアンタが私の目の前にいる。喋って笑って動いて……生きている。

生きてる?いや、そんなはずない。アンタは確かに死んだ。

でも。

 

「アンタは、死んで」

「……そうだな」

「アンタは」

 

私の声は期待を顰めて掠れた声だ。

胸に沸くのはサッカーボールを片手に玄関を飛び出していたあの頃の気持ち。動きだしそうな足はなんとか踏ん張って答えを待つ。

するとアンタが私のほうに手を伸ばしてきた。ゆっくり、ゆっくり伸びてきた手は目の前で動いていて、僅かに曲がった指がそっと私の頬に添う。

けれどいつまでも真月の体温を感じることはなかった。

私は思わず真月の腕に手を伸ばしてしまって、それから嬉しさと悲しさを同時に抱いてしまう。昼間見た光景はやっぱり見間違いじゃなかった。真月の身体は透けていて、私には触ることができなかった。真月の腕をすり抜けた私の手が居場所をなくしてだらりと垂れる。

 

「なんで」

 

なんで触れないの。

真月を見上げれば、真月はきっと私と同じような顔をして私を見ていた。こんなときに思い出すのは確かに小百合の腕を掴んでいた真月の姿。小百合には触れていたのになんで私には触れないのっ?

 

……ああ。

やっぱりアンタは死んだんだ。

 

馬鹿な願いをかけ続けて夢に見続けてきたせいでアンタがどこかで生きているんじゃないかと希望を持ってしまって!ああ、本当に私は馬鹿だ。

またアンタが死んでしまったような気がする。

だって真月はアンタで、アンタはやっぱり死んでて!

 

 

「……泣いてんぞ」

 

 

労わる声に私の頬を流れていた生暖かい涙を感じる。

堪えようと思った瞬間これだ。視界をぼやけさせてしまう涙が次から次に流れて止まらない。

アンタは死んだけど幽霊になって今私の目の前で真月光として動いている。

これも夏の夢の1つなのかもしれない。私は今ベッドで眠っていてただ夢を見ているんだ。そんな可能性もあるし、むしろその可能性のほうが高い。

だけどこれは間違いなく現実で、でも理解できなくて、でも!アンタがいるなら別に他のことはどうでもよくて。

でも、この現実がとてつもなく怖い。

 

予感がするんだ。

 

『さっき、あいつらが言ってたこと本当のことなの。私ね……』

思い出すのは小百合と初めて会ったときのこと。

苛められていた小百合が怒りをのせて私を見ていた。そして五月蠅い奴らがいなくなったあと2人で話しているとき小百合がぽつりぽつりと泣きながら言葉を絞り出したんだ。

1年前の出来事なのに鮮明に覚えている光景は今の出来事を裏付けるように頭の中に響いていく。

『私ね、幽霊が見えて話も出来るし、触れるの』

自分を気持ち悪いと言いながら泣く小百合を見て私が抱いたのは羨ましいという感情だった。羨ましいより妬ましいほうがしっくりくるぐらいのドロドロした感情で、心から小百合にそう言えば、小百合は涙が止まるぐらい驚きを見せて私を見ていた。

『……名前、なんて言うの?』

小百合が恐れるように私に手を伸ばしてきて、私の手を掴んだ。

『坂上凛。あなたは?』

『荻野、小百合……温かい』

小百合は私の手を何度も確かめるように触ってそんなことを言った。私はぼおっと小百合を見ながら小百合のような特技があればアンタを生き返らせることだって出来るんじゃないかって、やっぱり馬鹿なことを考えていた。

 

 

 

「──また、28日後には満月だ」

 

 

 

私を現実に戻すのは非現実なアンタ。アンタは私の目の前でかるく手を振って「タイムリミットまであと28日ってこと」と軽い調子で言う。

28日──28日後にアンタはまた死ぬ。

特に笑えないのに笑えてしまって、涙さえ止まった。

 

 

ああ……私、次はきっと耐えられない。

 

 

 

 

 

 

 

 



 

 

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