11.疑問

 

 

望んだ空間

 

 

 

 

 

なんやかんやで大勢で食べることになったお昼ご飯。色んな所からとんでくる話に時々相槌打って食べる時間は思いの外楽しくて箸も進んだ。ご飯をあっという間に平らげてしまった私たちは昼休みいっぱいダラけようと、どうでもいい話をしていた。

小百合と2人でお昼ご飯をたべるいつもとはまるで違う。一言で言うなら五月蠅かった。

 

「あーっ!やっべ次当てられるんだった!数学!」

「俺平気~おつ」

「それ、うっわああ……マヨ尽くし」

「超うまいよ~」

 

本当うるっせえし、暑苦しい。女子はおしゃべりで五月蠅いとかよく言われるけれど、男子も男子だ。それぞれの声が大きいから五月蠅いのなんの。

 

「あーあー、にしてもさ~暑くね?」

「あっちいな。屋上好きだけどそろそろキツイ」

「弁当うま~。つか涼しいとことかなくね?」

「あ~教室は蒸し暑いしな。……あ、職員室」

「いいよなあ。それと校長室」

「お前行ったことあんの?

「ねえけど職員室涼しくて校長室暑いとか駄目だろ」

「弁当マジうま」

「それはそれで面白そうだな」

「つか大吾さっきから弁当うまってそればっかだな」

 

どうでもよすぎる話にツッコム気すら起きない。

しかも蝉が五月蠅くて日差しも暑いなか、3回に1回の割合で入る暑いの言葉にこっちまで暑くなってくる。小百合と並んで男子のお喋りを聞いていたけど、そろそろ暑苦しい。小百合を見れば気持ちは同じようだった。2人で無言のまま微笑む。

 

「あ、涼しそうなところ発見~」

「暑いし行くか」

 

私たちは見つけた日陰に移動して壁に身体を預けながら優雅な時間を過ごす。静かで心地いい空間。それでも贅沢な心は静かになるとそれはそれで他のなにかを探したがるらしい。

男子達のお喋りの代わりによく聞こえるようになった蝉の鳴き声を聞きながら太陽に手を伸ばす。

 

「あー」

「なんていうか」

「「日陰でもクソ暑いんですけど」」

 

流石親友、小百合も気持ちは同じだったらしくて声がはもる。お互いちらっと視線を合わせた。

 

「……えっと」

「私らもアイツラと同じような話しかしてないね」

 

小百合の言葉にそうだなと笑ってしまう。

 

「だって暑いんだもん」

「あははっ!違いな……い」

 

目を閉じれば小百合の笑い声が聞こえてきて、なんだか凄く穏やかな気持ちになった。なんならこのまま寝てしまえそうだったけど、目が覚めてしまう。

 

「……ごめん、凛」

「ん~ん?え?なに、が」

 

小百合からの突然の謝罪だった。驚いて目を開ければ更に驚くものが見える。小百合は目尻に薄っすら涙まで浮かべていて、目が合うと俯きながら震える声で話し始めた。さっきまでとはまったく違う雰囲気に戸惑いが隠せない。

 

「私は」

「小百合?」

「凛を傷つけてる……ごめん」

「小百合?」

 

私の手を握った小百合はなにかに急かされるように早口で、私に口を挟ませない。

 

「助けるから」

「なに言って」

「あのとき……あのとき凜は私を助けてくれた」

 

小百合の言葉に思い出すのは初めて小百合と会ったときのことだ。それは分かったけど、なんで突然その話になるのか分からなかった。

私を助けるって……なにから?

小百合の感情が伝染したらしい。私も笑えなくなって声が震えてしまう。

なんでだろう。あのときの感情が色濃く蘇ってきて、私に訴えかけてくる。

『荻野さんいいなあ。私、本当は羨ましい』

あのときの感情が私の胸を締め付ける。サビシイ、ツライ。泣き叫びたくなってしまうぐらいの強い感情は私だけのものだと思っていた。だけど目の前にいる小百合から感じる必死さがあのときの私にとても似ていて、理由を聞くのをためらってしまう。

 

 

「だから今度は私が絶対」

「なあ……約束覚えてるよな」

 

 

おかしいことは重なるらしい。

突然現れた真月が険しい表情で小百合に冷たい言葉を吐き出した。

きっと真月は離れた場所に移動した私たちに気がついて様子を見に来ただけなんだろう。そのはずなのにこの言動はなんだ?

 

 

「だろ?小百合」

 

 

もうなにがなんだか分からなかった。怯えているようにも見える小百合に痴話ゲンカの線は薄れていって、部外者の私はもうどうしたらいいのか分からない。

なんで小百合は怯えている?

約束って?

真月の表情はなんだ?

もう頭がごちゃごちゃしてきて、分からなくなって。

 

 

「わっ、私はもうこんな手伝い出来ない!」

 

 

手伝いってなに?

 

 

「へえ、今更それかよ」

 

 

真月はなんでそんなに偉そうなの?

それにさっきの小百合の言葉はどういう意味なんだよ。

 

 

「もういい。邪魔だけはすんなよ」

 

 

混乱する私を救おうとでもしたのか、真月が小百合の話しをろくにきかず話を終わらせる。事情は分からない。分からないけれど腹が立って口が勝手に動いた。

 

「ふざけんなよてめえ」

 

私が口を出すことじゃないって分かってる。だけど滅多に泣かない小百合が泣いているんだ。放っておけるわけがない。

だってこんな小百合まるで──。

思い出す光景を飲み込んで真月に怒鳴る。

 

 

「なんの話かさっぱりだけどさ!アンタって小百合になんか頼んだんだろ!思うようにいかないからってそんな口叩くのは失礼だろうがっ!」

 

 

きっと私は八つ当たりもしていた。

真月が小百合を泣かせただけじゃなくて、意味の分からないことが続いて頭はとっくにパンク状態で余裕がなかったんだ。言い訳にもならないけど。

 

 

「──小百合に近づくなっ!離れろっ!」

 

 

でも、小百合の敵を遠ざけたくて伸ばした手は本当だったんだ。私は真月を突き飛ばそうとした。

……でもそれを止めたのは小百合だった。

 

「駄目っ!凛!」

 

真月に伸ばした手は小百合に捕まれて止められる。強い力で引っ張られすぎたためにヒリヒリ痛みだす私の手。

 

「ごめっ」

 

心底申し訳なさそうに謝る小百合はなぜか私から真月をかばうように立っていた。私の手を掴んで突き放した手は罪悪感に揺れていて、もう片方の手は真月の腕に添えられている。

なんでだろう。

ふいに思い出したのは1人まんまるお月様をみている時間。

1人でずっとまんまるお月様を見続ける時間は、日が重なって何年にもなった。何年にもなった時間は私の犯した罪と馬鹿な気持ちを嗤い続ける。

──ああもう分からないなにも分からないなんでこうなったんだろう違う私なに言ってるんだ私が悪いんだ私が死ねばよかった私があんなミスをしなければ私が私が私が──っ!

ドロドロぐちゃぐちゃした感情が私の頭を埋め尽くしていく。ソレは私の頭の中をかき乱すばかりか、浮かれていた私を思い出させた。楽しんで笑っていた自分が恥ずかしくてたまらない。本当に私はなんて馬鹿で救いようがないんだろう。

 

私なんか──

 

何度も何度も自分に言い聞かせてきた言葉。一瞬とはいえ忘れていられたからか、反動が大きい。このまま気を失えるものなら失ってしまいたい。それで夢のなか子供みたいに大きな声を上げて泣いてしまいたかった。もうなにに対して泣いているのかも忘れてしまうぐらい、泣いて、泣いて、最後は全部忘れてしまいたい。

 

「分かった」

 

全部なくなってしまえばいいんだ。

 

 

 

「分かったから観念するから!だからっ!」

 

 

 

突然の真月の大声にはっとする。

え、なに……。なんの話……?私?

てっきり小百合に話しかけているのだと思ったら、真月は私を見ていた。焦りや心配を浮かべる顔は必死なようにも見えて、また理解できない状況にぼおっとしてしまう。

 

「なに、どうしたの」

 

小百合は悲しそうに黙り込むだけで、なぜか真月は相変わらず私から視線を逸らさない。2人とも私の様子がおかしいのに気がついてしまったようだ。

……しっかりしろ私。学校でこんな状態になるのは良くない。ひとつひとつ片付けよう。

詰めていた息を吐き出して、なんとか声を出す。

 

「……なんだ痴話ゲンカだったか。横やり入れてごめん」

 

顔を作って話しを流すように努める。出来るだけ普通を装ってこの場をおさめようとした。発作のように心のなか揺れる暗い気持ちにはオマジナイを唱える。

大丈夫──ダイジョウブ。

忘れてないし、思い上がってないよ。

 

「り……坂上、あのさ」

 

もうこれ以上関わっちゃいけないしこんな感情を持つなんて駄目だ。

──分かってる。

そもそも私が死ぬはずだった。私だけ生きているのがおかしいのに、アイツもうなにも出来ないのに、私だけがこうやって関わっていくのは駄目だろ?

──分かってる。

 

 

ほら、これでダイジョウブ。

 

 

すっかり気持ちは落ち着いて普通に話せるようになった。

なのに真月はまだ私を見ていて、それどころか更に言葉を続けた。

 

「坂上……頼むから、放課後俺に時間をくれ」

 

真月が私に手を伸ばしてくる。それにドキリとしたのはなんでだろうか。頬に添えられる指、私を見る真月、アイツの面影のせた顔。

……大丈夫、忘れてない。

すぐに自分に言い聞かせたけれど心臓はドキドキしたままで、それが嬉しさや驚きを含んでいるのは考えなくても分かった。

なんでだろうね。

私はちゃんと分かってる。なのになんで傷ついてるんだろうね。……なんでこんなに嬉しいんだろう。

 

 

「そんじゃ、あとで」

「……は?」

 

 

よく分からない真月の言葉が聞こえて顔を上げる。だけど真月はもう目の前にはいなかった。真月の姿を探そうと声を出した瞬間小百合に呼びかけられる。

振り返る私の手を掴んだ小百合は真月に負けず劣らずの必死な表情だ。

 

「凛!お願いアイツと放課後ちゃんと会って!」

「え」

「凛っ」

「う、ん」

 

小百合に気圧されて頷く。正直会話は途切れ途切れしか覚えていないし、ぼおっとしていたから話が飲み込めない。多分真月とあとで──放課後に話す約束をしたんだろうけれど、実感が持てない。

現実を見ないつけは時々こういうときに出てくるから厄介なもんだ。夢見心地に生きているから自分に向けられた言葉がなにか分からない。

それでも流石に、私の手を握って真剣に言葉を紡ぐ小百合が、私に話しかけているんだってことぐらいは分かる。

 

 

「私はなにが正しいのか全くわからない。でも、知らないより知ったほうがいい。お願い、凛……っ」

「……分かった」

 

 

相変わらずなにがなんだか分からかったけど、今度こそちゃんと頷く。

結局真月と小百合の会話の真意も、なんでこうも小百合が必死なのかもわからない。

答えを真月に探しても意味はなかった。真月はさっきまでの雰囲気を消してしまっていて、今は楽しそうに声を上げている。男子達のところに戻った真月は真っ先に私たちが涼しい場所にいたことを密告した。暑さにやられた男子達が1人2人と立ち上がってこっちに向かってくる。私と小百合は奪われそうな涼しい場所を確保すべく一番いいポジションに座り込んで、騒がしくなっていく雰囲気に身を任せた。

 

暑い……。

 

私は会話とびかう空間に揺られながらさっきの出来事を考えていた。

いつもならすぐに気持ちを持ち直すのに、なんで私はこんなに気持ちを揺さぶられているんだろう。夏の暑さに頭がやられたんだろうか。くらくら、ぐらぐらする。

 

──おかしなものを見た。

 

くらくら、ぐらぐら。

 

揺れる視界に伸びてきた手。ドキリと跳ねる心臓。けれどいつまで経っても肌に熱を感じなくて。

おかしいよな。

 

 

私の頬を触る真月の手が透けているように見えた。

 

 

 

 

 

 

 



 

 

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