09.きっかけ

 

 

不思議な空気

 

 

 

 

 

 

「───っ!」

 

あれ?誰かの声がする。

 

「──いっ!!」

 

え?なに聞こえない。もう一回、ってか──

 

「早く起きなさいっ!!!」

「──もっとハッキリ言えよっ!」

 

遠くから途切れ途切れに聞こえてくる声に叫んで起き上がる。そして見えたのは立ち尽くす母さんの姿。ジリリリと鳴り続ける目覚まし時計に「毎朝目覚ましが五月蠅いのよ。結局私が起こしに行くまでアンタは起きないし」と母さんが毎日言う愚痴を思い出した。

ああもう、最悪。

ひくつく笑みをなんとか浮かべる私と違って、母さんは怒りを通り越した表情で私を見下ろしている。手にはなぜか雑誌を握っていた。なぜか丸められていて、数秒後、そのなぜかを身をもって理解してしまう。

 

 

「とっとと起きなさいっ!」

 

 

母さんの怒声とともに私の背中に衝撃が走った。

 

 

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「──毎日毎日毎日、あんた学習しなさいよね。いい加減そこらの猿だって理解するわよ」

 

お怒りごもっともとはいえご飯を食べながら愚痴は聞き続けたくないもんだ。今日は朝からツイてない。それもこれもあの夢のせいだ。

──夢。

まだ寝起きだったからからか、さっき見た夢を鮮明に思い出す。

『昨日満月だったの知ってたか?』

『ほら見ろよ』

『なあ』

映像が、声が、何度も頭のなかを木霊する。いつもだったら覚えていない夢を鮮明に思い出せるのは、アイツが出てきた夢だからだろうか。それにリアルな夢は現実と混ざって汗をかいた暑い夏の日を実感させた。

お茶碗を置いたあと、頬を撫でる汗を拭う。これは現実だ、と頭のオカシイ確認をしてしまうのはきっとまだ目覚めきっていないからだろう。

馬鹿なことを考えるな。夢だ。あれは夢だったんだ。

 

「ご馳走様。それでなにニヤニヤしてんの」

 

ご飯を食べているときにも気になっていたんだけど、母さんが両肘つきながら私を見てずっとニヤニヤしていた。食器を台所に運びながらおかしな表情をする母さんを眺めていたら、弾んだ声がかえってくる。

 

「凛ちゃんったらいつのまにぃ~!男の子が迎えにきてるわよっ!」

 

なに言ってるんだ?

そう思った瞬間はっとして、リビングの窓から外を眺める。まさかは正しかった。見慣れた大嫌いな門扉に見えた茶色の髪。見慣れない大きな背中は母さんの言うとり男子のもので──京也だ。

 

 

「いってきます!」

 

 

なんでとか色々思うところはあったけど、すぐさま鞄をとって玄関に向かう。慌ただしい私の背中に「いってらっしゃい」と笑う母さんの声が聞こえた。

 

「京也っ」

 

家の中の音が筒抜けだったんだろう。玄関を開けると京也がこちらを見て笑っていた。

『凛遊ぼーぜー!』

『うっせー凛!俺は年上だぞ!』

笑う顔に昔を思い出して、昔と変わらない空気が京也にあるのを感じて顔が緩む。私がなにもなかったことにしようとした関係を思い出せた。

 

「おっせー!」

 

砕けた京也の言葉に私も笑って返す。

 

「うっせー!つかなんでいんの?」

「ひっで」

 

そして並んで歩きだす。

昨日までが信じられないぐらい私と京也はあの頃のように話しながら、あの頃とは違う中学校に向かって歩いていた。おかしなことにそれはとてもしっくりくる時間で、記憶にも残らないような馬鹿話をしながら歩いているとあっという間に学校に着いた。

京也と別れてから入った教室は既に多くの人がいて賑わっている。いつもならこの騒がしさが苦手で一人でぼおっと外を眺めていたのに、私はかなり現金な性格だったようだ。それぐらい私は浮かれていた。

 

「凛、今日早いね……いいことあった?」

 

私の様子を見た小百合が開口一番そう言うぐらいだ。

 

「へ?って近い!暗っ!」

 

顔を上げると思ったより近くに小百合の暗い顔があった。そう、浮かれている私と違って小百合はひどく陰鬱な表情をしていた。戸惑う私を見ながら小百合は重い溜息を吐く。もしや風邪をひきかけて体調でも崩したのかと思っていたら、小百合は察したらしく違うと首をふった。

 

「ちょっと酔ったみたいだけど大丈夫。あーくっそだりい」

「大丈夫そうではないな、って酔った!?」

 

もしやお酒を飲んだのか?

焦って聞けば、小百合はなにかを思い出すように視線を逸らしたあと、自分に言い聞かせでもするように呟いた。

 

「大丈夫」

「──そっか」

 

きっとなにかあったんだろう。そしてそれはあまり話したくないことなんだろう。

それが分かって、でも代わりに少しでも慰めになればと思って小百合の頭を撫でる。私も自分がこういうとき小百合に頭を撫でてもらって気持ちが和らいだ。問題が解決できないのならせめてこれぐらいしたかった。

きっと追求すれば小百合は答えてくれる。もしかしたらそれは小百合の問題を解決して助けになれるのかもしれない。

でもそれは出来なかった。私だって聞かれたくないことが沢山あるのに、小百合の気持ちを無理にほじくって荒らすことはとてもじゃないけれど出来なかった。

 

「……あ、そうだ」

 

落ち込む小百合をみて話を変えようと提案してみる。

 

「今日お昼屋上で友達が一緒に食べたいって言ってるんだけど駄目かな?」

 

京也に会えば小百合も少し元気になるかもしれない。少し似ているところがあるし、ウマが合いそうだ。

 

「……友達?」

「うん!京也って言うんだ。昨日久しぶりに話してさ」

 

浮かれたままだった私は小百合の表情に気がつかないで話しを続ける。私が我に返ったのは小百合が叫ぶようにして真剣な声を出したときだ。

 

「凛!あの「小百合」

 

しかも小百合の言葉を遮る誰かまで現れたから、私は驚き過ぎて一瞬今までなにを話していたのか忘れてしまう。それほど驚いた。

話に割り込んできたのは真月だ。真月は驚く私を気にもしないで小百合に話しかける。

 

「お前いっつもこんなはえーの?」

「……真月」

 

2人はいつの間に話すようになったんだろう。昨日は話すどころじゃない雰囲気だったはずなのに、真月に至っては小百合のことを名前で呼んでいる。

なんで?

いや、別にそれは、いいでしょ。

気になってしまっている自分に言い聞かせながら鈍く痛む心臓を押さえる。

違和感を覚えたのは私だけじゃなかったようだ。近くにいたクラスメイトが「え?」と疑問を口にしながら遠巻きに真月と小百合を眺めている。真月と小百合は向き合いながらなにかを話していた。真月は普通に話しているものの小百合は剣呑な雰囲気で、それはそれで疑問を抱く。

けれど胸に沸いた疑問は2人を見ていたら薄れていった。2人とも綺麗な黒髪。向き合う2人はなんだかお似合いに見えた。

じっと見ていたせいか真月が私に気がついて人当たりの良い顔をする。

 

「……あ。おはよ坂上さん」

 

坂上さん。

 

「……はよ」

 

あれ、なんでだろう?

重たい感情は私の視界に影を作る。教室にあるざわめきの量が増えたせいか、さっきまで気にならなかった騒がしさに疲れを覚え始めた。真月はクラスメイトの挨拶を適当にかわしながらずっと小百合を見ている。小百合も真月を見上げていて。

 

「真月私やっぱり──」

「つか小百合、彼氏おいて先に行ってんじゃねえよ」

 

真月の目に映っているのは紛れもなく小百合。

クラスがしんっと静まり返って、興味を隠すこともせずに真月と小百合を見始める。私も野次馬に混じりながら飲み込めない状況を呆然と眺めていた。

真月は余裕を感じさせる笑みを浮かべていて、小百合は顔面蒼白だ。

……カレシ?

私はその言葉の意味を探しながら、一人胸を押さえる。

 

 

なんでだろう。

胸が、痛い。

 

 

 

 

 

 



 

 

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