07.羨望

 

 

話したかった

 

 

 

 

 

 

 

今日はよく振り回される日だな……。

そんなことを思いながら目の前でソワソワする京也を眺める。場所は校舎裏で、話しにくいことを話すにはうってつけの場所だ。

 

「あー急に悪いな」

「……別に」

 

京也と話すのは7年ぶりだけど、変わんないなあ。

でもあのころと違って背も高くなって声変わりもしている。変わったところはいっぱいあって──やっぱりそれを見るのは辛かった。

アイツはいないんだって思い知らされる。

アイツは死んで私たちと違って大きくなれなくて、あの頃のまんま。

 

「それよりなに?」

 

薄情な私に京也は悲しそうに眉を寄せる。でもそんな顔も気遣う声も全部いらないんだ。京也、なにも見たくない。もうどうでもいいんだ。

 

「……今日さ、泣いてただろ。どうしたんだ?」

 

戸惑いがちにようやく吐き出された声の震えに、あの事故のあと教室で京也に会ったときのことを思い出す。私がアイツに関わる全部を忘れてしまおうとしたのを京也は感じ取ったみたいで、でも、と私を見ていた。それでも頑なに距離を取り続けていれば私たちは友達だったのが嘘のようにつるまなくなって、顔さえ合わすことはなくなった。

失敗したなあ。

京也に泣き顔なんて見られたくなかった。そしたら京也も今までどおり私に声をかけることもなかっただろうに。……そういや真月に泣き顔を見られたのは別に気にならなかったな。

不思議な感覚が頭を埋めていく。

 

真月って変な奴。

それに、やっぱり怖いや。

 

真月は私がいままで誰にも見られないように隠したはずの昔の記憶のなかに簡単に入り込んでくる。似た顔で、似た言葉で、似た動きを見せて……ほじくり返していくんだ。

笑い声、汗、日差し、風の音、サッカーボール、笑顔、土、車、血、傷み──鮮明に記憶をよみがえらせる。

 

 

「聞いてるか?凛」

 

 

はっとしたときには遅かった。

京也は悲し気に私を見ていて、私がなにに囚われていたのか分かっているようだ。凄く居心地が悪くて視線をそらしてしまう。

早く答えろ、私。落ち着け。今までみたいにすればいいだけなんだから。京也にこんな顔をさせるのも見るのもこれで最後にするんだ。

分かってるのに京也を呼ぶ声がうまく形にならないのは抵抗があるからだろうか。自分から京也を見ないようにしてきたのに、いざこうやって目の前にするとあの頃の懐かしさとかが蘇って普通に話したくなる。普通に──ああ、馬鹿だ私。もうなにが普通なのか分からなくて私はいま話すことが出来ないのに。

きっと京也はまだ答えない私に我慢しきれなかったんだろう。また、自分から話を切り出した。

 

「色々話したいことがあるんだ、り……坂上、さん」

 

坂上さん。

他人行儀な呼び方に昔を思い出して、抱いたのは身勝手な後悔だった。

この現状を望んだのに実際そうなると悲しさとかやりきれなさを思ってしまう。こんなんだからいつまで経ってもアイツに囚われて、似た奴にアイツを思って1人落ち込むんだ。

 

「話してどうなるわけ?杉野くんには関係ないでしょ?」

 

もうこれ以上私の世界に入り込まないで。もう構わないで。

完全に八つ当たりだと分かっていたけど、嫌みも加えて強く否定した。これには流石に京也も怒ったのか息を飲んだけど、気遣わしげに私に手を伸ばしてくる。

 

「んだよそれ。あのさ!」

「触んなっ!……どうでもいいの。もうほっといてくれない?はっきり言って迷惑」

 

言い切って背を向ける。だけど京也はそれを許してくれなかった。京也は私が逃げられないように私の手を抑え込んで壁に押しやってくる。繋がれた手は痛いほどの力が食い込んできて、情けないけれど振りほどくことはできなかった。

 

「なんでそうやって逃げんだよっ!凛!」

 

悲鳴のような京也の声に心臓がひきつって痛みを覚える。でも、京也だってそうだろう。京也だって親友を亡くしたんだ。私だけが辛いんじゃないって知ってる。

だけどっ!

なにも出来ない代わりにせめて睨んでやろうと顔を上げて、力が抜ける。

 

 

「……一人で抱え込まないで頼れよ、凛」

 

 

京也は泣いていた。落ちた涙はまた目尻に浮かびはじめて、潤む瞳が私を映している。絞り出された声は京也の感情をたっぷりのせて私の頭を震わせる。

変だなあ。

茶色に染められた京也の髪が陽に透けて更に明るくなって目に映る。アイツとはまるで違う顔。

なのになぜか一瞬アイツに見えた。

ああ、蝉が鳴いている。

あのとき蝉は鳴いていたっけ?

 

「離してよ。……離して!」

「凛!」

「離せって!お願いだからほっといてっ!」

 

悲しくてたまらなくて学校だっていうのに大声で叫んだ。

『凛っ!』

京也はよく笑いながら私の名前を呼んでいた。癖のある黒い髪を揺らして二カッと笑う京也。からかわれてからかって、いつも追いかけっこをしてた。

『お前さあ、男だったらよかったのになあ』

さらさらした真っ黒な髪を風に泳がせてニッと笑うアイツ。毎日毎日一緒にボールを転がして遊んだ。

遠い遠い昔の記憶。私が忘れたかった大切な記憶。

私が壊した。

 

「──アイツは私を庇って死んだんだ」

 

そう、私が殺した。

私がアイツの人生を奪ったんだ。

私の告白に京也は自分のことのように顔を歪め、私を慰めるように手を伸ばす。

 

「そうらしいな」

「……好きだったんだ」

 

でももういない。

 

「ああ。いないよ」

 

京也の手が私の頬に触れて、ゆっくり頭の上にのる。恐々私の頭を撫でる手は温かくて生きているのだと思った。

アイツはもういない。

残酷な言葉が改めて胸にのしかかって、涙が溢れて止まらない。

サビシイ、ツライよ。

 

「京也のバカヤロー」

「へーへー」

 

ぐずる私に軽口叩く京也の声を聞きながら馬鹿みたいに泣き続ける。

怖かったんだ。

今も色褪せないアイツが死んでいく光景。私の不注意で死んだ。

 

認めたくなかった。

 

きっとどこか違う場所にいるんだ。信じたくてまんまるお月様に祈った。まんまるお月様が信じられないときは、アイツは元々いなかったって自分に言い聞かせて、アイツを思い出させるものぜんぶから目を逸らした。

でももうひきちぎれそうな心臓も、クラクラする頭もよく分かってる。

アンタはもういないんだね。

死んだんだ。

 

 

 

ねえ、“──”。……会いたいよ。

 

 

 

 

 



 

 

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