06.5京也の一歩【06話までの京也視点】

 

 

●06話までの京也視点

 

 

 

 

 

凛をかばってアイツが死んだ。

 

そのことを聞いたのはキャンプが終わって学校が始まった日だった。俺はキャンプで手に入れたお土産を持って早く凛たちに渡してやろうってうずうずしていた。学校に向かう途中、通学路で通る公園に無造作に置かれた花束が不思議だったのを覚えている。それでも、そんなことより早く凛たちに会いたくて学校へ走った。

寝坊してしまっていたせいでいつもと違って校門は人で賑わっていた。凛とアイツはいつも学校に来るのが早い。いつも早くに来てグラウンドを走り回っている。俺も時々参加していたけど、暑すぎるときは流石にギブアップして教室で遊んでいた。

きっと今遊び終わって教室に帰ってくるころだろう。

時間も時間だからそんな予想を立てながら教室のドアを開けた。すると一斉に教室に居た奴らが振り返ってきたからかなり驚いた。いつもはお祭り騒ぎで五月蝿いはずの奴らが変に無言だったから気持ち悪かった。それに、なにか嫌な気持ちになった。

 

「あ……京也」

 

同じクラスの奴が戸惑い気味に俺に声をかけてくる。

 

「おー!ってかなんだよこの暗さっ。元気ねえなぁー」

 

俺はそいつと話しながら凛とアイツを探した。凛の席は空だった。

まだ外で遊んでるのかと心配になる。このままだとHRに間に合わない。あいつらは授業を真面目に受けないけど遅れることはなかった。だからいつも5分か10分前には教室にいるはずだった。

……あいつらが休むとか?

俺は凛の席からアイツの席に目を移す。そして目が離せられなくなった。

学校に来る途中にも見たような花が花瓶に添えられてアイツの机に置かれている。見慣れない光景だけど、どこかで見たことがある光景に息が詰まる。

隣にいたクラスメイトが凛の席とアイツの席を交互に見て、また俺を見る。そして小さな声で呟いた。

 

 「“──”くん交通事故で……。死んじゃったんだって」

 

聞き間違いだと思った。

死ぬ?

あまりにも現実離れした言葉だった。でも公園のところにあった花がアイツの机にある花といやに重なって、否定できなかった。

『いいんだよ!それより”──”!分かったな!?ぜってーだぞ!』

でもそれだったら約束守ってくれなくなるじゃんか。

アイツは絶対に約束を破らない。知ってるんだ。アイツは喧嘩を売ってくるしたまにムカつくことだってあるけど、約束を守るいい奴で、だから死ぬわけない。

 

「……凛は?」

 

嘘だ。凛ならこれが嘘だって言ってくれる。

期待を込めてクラスメイトを見たけど、クラスメイトの返事は暗い。

 

「……分かんない」

「んだよそれ。まだ校庭にいんじゃねえの?」

 

そうだよ。

校庭で遊んでるはずだ。なんならアイツと一緒に遊んでるかもしれない。

 

「あのね、“──”くんはね」

 

俺は早く校庭に行ってあいつらを探したい衝動にかられたけど、クラスメイトが涙を浮かべながら徐々に声を落とすもんだから、足に根が生えたようになって動けなくなった。その続きが気になって、でも聞きたくなくて。

 

「車にひかれそうになった坂上さんを庇って死んじゃったんだって」

 

それが真実だとばかりにクラスの奴らからすすり泣く声が沢山聞こえてくる。

チャイムが鳴った。

少ししたあと先生がゆっくりと教室に入ってきて、呆然と立ち尽くす俺を席に座らせる。そして教壇に立つと重たい口を動かし始めた。

 

「みなさん。残念なお知らせがあります」

 

なにもかもが遠く見えて、なにもかもが壊れていく。

 

 「……昨日、“──”くんが事故にあって亡くなりました」

 

結局その日凛もアイツも学校には来なかった。

そしてそれから3日が経って俺はゆうに6日ぶりに凛と会えた。火曜日、凛の母さんが「ごめんね」と言って会うのは断られた。水曜日、凛の母さんが凛に会えるようにしようとしてくれたけど凛は部屋に入れてくれなかった。そして今日、強行突破してやっと凛に会った。

久しぶりに会った凛は変わってしまっていた。元気に笑っていた前の顔が思い出せないぐらい痩せて顔に暗い影を作っていた。

その顔を見て俺は本当にアイツは死んだのかって思い知らされて泣きそうになった。

 

「……凛。ちゃんと学校に来いよ」

 

俺はなにがベストな言葉なのか分からなくて、馬鹿みたいにそればかり言っていた気がする。でもそんな言葉はやっぱり凛には届かなくて、凛はぴくりとも表情を動かさなかった。ただしがみつくように小さなぬいぐるみを抱きしめて俯き続ける。

重たい空間に逃げ出したくなったけど、凛をこのままにしてしまうと一生凛は元に戻らない気がした。それは想像すると凄く悲しくて嫌だった。

 

 「……凛」

 

かける言葉が見つからないけどこのままじゃ駄目で。

なんで俺はこんなときなんにも言えないんだろう。なんでお前は死んだんだ。凛が泣いてんじゃねえか。

 

「なあ、京也」

 

凛が喋った。凛じゃないみたいな低い擦れた声だったけど、凛がしゃべってくれたことが嬉しくて俺はすぐに返事をした。

 

「なんだよ」

「アイツ私庇って死んじゃったよ」

「……うん」

「あーカットには自信あったのになー。あんときアイツが蹴ったボール取れなかったんだよなあ」

「……うん」

「なあ、京也」

「なんだよ」

「私さ、大丈夫だから。……ごめんな」

 

なにが大丈夫なのか、なんで謝るのか俺には分からなかった。

ただ子供心に怖かった。

なにか切り捨てるようなはっきりとした口調だったから怖かった。

そのあとは有無を言わさずに帰されたけど、粘ってちゃんと明日は学校に来るってことを約束してから俺は帰った。

 

本当に来るんだろうか。

 

少し疑ってた。だけど凛は約束どおり学校に来てくれた。

……でも凛は全然大丈夫なんかじゃなかったんだ。

 

「凛っ!はよっ!!」

 

やっと学校に来てくれたことが嬉しくて駆け寄った俺に気がついて凜が振り返る。凛はいつもなら顔全部をくしゃりとして笑って「はよっ!」って言って笑う。だけど目の前にいる凛は泣き腫らした目を寂しそうに細めて口だけで笑うだけ。それはまるで知らない人のような顔だった。

凛の変化に戸惑って声を出せずにいた。全てがスローモーションのように感じる。

そして凛は言った。

 

「……おはよう。杉野くん」

 

京也と呼んだ明るい顔はどこにもない。

『私さ、大丈夫だから。……ごめんな』

あの時のごめんなの意味が分かった。俺は凛の中から占め出されたんだって、この時初めて知った。きっと思い出してはいけない記憶に俺とアイツはなってしまったんだ。

 

それから俺と凛は話さなくなって、目が合うことさえもなくなった。凛は以前と違って無口になって限られた友だちとでしか話さなくなった。そして更に限られた友だちとでしか笑ったり前みたいに馬鹿やったり子供のように叫んだりしなくなった。

それから数年が経って俺たちは中学生になる。同じ学校に進むんだってことを知ったときは嬉しくて、もしかしたら話せるかもと希望を抱いたけど、結局叶わずじまい。凛は相変わらず人と一線を置いていて孤立していた。

だから1人仲の良さそうな女友達が出来たみたいだって知ったときは1人で勝手に安心してた。

それでも相変わらず話すことができないのが悲しかった。

また泣いてないか心配だった。

 

──そして今日。

 

気の合う奴らと暑苦しい屋上で昼ご飯を食べながら進路がどうよって話をしていた。いま座っている場所はいつもなら凛ともう1人の女子が座ってるはずなんだけど、今日は授業が終わるのでも遅かったのか来ていない。だからしめしめとこの場所を頂いているんだけど、この場所はなかなか良い。幼い頃から秘密基地を作るに適した場所をすぐに見つけていた勘はこういうところでも使えるのかと感心した。

ガチャンッ

屋上のドアが閉まるときに鳴る独特な音が聞こえて振り返る。凛かなと思ったけど違うかった。

そこに居たのはかなり背が高くて、おいお前ちょっとその容姿羨ましいぞ?って感じの見慣れない男子だった。他の奴らも気がついたのか、じっと興味深そうに様子を窺っている。

ソイツはどうかしたのか、手で口を覆ってドアにもたれかかったかと思うと、そのまま動かない。

他の奴らはそれで興味が失せたのかまた進路の話をしだす。でも俺はソイツから目が離せなかった。嫌なことを思い出していたせいか、ソイツにアイツの面影なんてものを感じてしまっている。

 

「どした京也。あいつと知り合い?」

「……いや、違うけど」

 

そのとき、だ。

ダチの大吾が俺に声をかけた瞬間、ソイツと目が合った。ソイツはなにか躊躇っているのか少し身じろぎしたあと、俺達がいるほうに近づいてくる。俺たちはそれぞれ無視する奴とガン見する奴と気づかないふりをする奴に分かれて謎のイケメン男を迎え撃つ体勢に入った。

イケメン男は俺達の目の前で立ち止まると、予想外なことを言う。

 

「なあ、悪いけど飯売ってるとこどこか知らね?」

「は?飯?ねえのか?」

 

 拍子抜けて聞くと、イケメン男は真面目な顔をして言う。

 

「ああ」

 

その表情はどこか鬼気迫るものがあって深刻そうだ。そんなイケメン男を見て周りの奴らが噴き出す。そして矢継ぎ早に会話が繰り広げられる。

 

「なに?お前弁当忘れたの?」

「ってか飯売ってるとこって、探すにしてもなんで上に上ったんだよ!ふつう1階だろ!」

「なになにお前、そんなこと聞くってことはもしかすると噂の転校生だったり?」

「噂になってんの?まあ、転校生ですけど。よろしく」

「へぇーっ!あ、つかこの学校食堂も購買もねえよ?弁当の身だから」

「げっ、まじかよ!」

「そうなんだよ、彼女いない奴には辛いぜ……」

「あ、悪いな。俺手作り弁当ー」

「死ねや。カス」

「はいはい。羨ましがんなって!」

「うーぁー。こいつまじうぜぇー!京也ー、どうするよこいつ?」

「いけ」

「うっす」

 

号令に従って大吾は妬みに目を爛々と光らせながら彼女の手作り弁当を死守する大吾を追いかけた。大吾の悲鳴が屋上に響く。馬鹿な奴らに反り返るほど大笑いしたら転校生が見えた。転校生は口元だけで笑っている。上品なことだ。

折角だし五月蠅い奴らは無視することにして転校生に話しかける。

 

「俺、杉野京也(すぎのきょうや)って言うんだけどお前は?」

 

自己紹介すれば、転校生は目を見開く。

遠目に見たときは涼しげで大人びた雰囲気に見えたけど、いざ話すと違うようだ。転校生は驚いたあと子供みたいに無邪気に、その顔を躊躇なくくしゃりと崩して笑った。

 

「俺は……真月光って言うんだ。よろしくな」

 

瞬間、胸がえぐられるような気がしたのは気のせいだろうか。

当たり前だよな、と馬鹿な自分を笑う。

 

「一緒に飯食おうぜ。俺、小腹用にいっぱい買ってきたから2つやるよ」

「え?まじで!?うっわ、お前いい奴だな」

「おうよっ!なんなら京也様って呼んでいいぜ?」

「……京也様?……はっ」

「もしもし?光くん?」

「なんだ京也?」

 

違う。重なる思い出を否定する。

光はアイツじゃない。

 

「おいおい呼び捨てかー?」

「じゃあ杉野くん。え、それとも京也くん?」

「……悪い、呼び捨てでいい。なんかお前に言われるとぞっとした」

「奇遇だな俺もだ。……あと、俺は光でいいから」

 

光がおにぎり2つ持ちながら隣に座ったところで、ようやく争いが終わったらしい2人が戻ってくる。

 

「っとに、危なかったー。危うく俺の大事な弁当が食われるところだったし。あ、俺は鈴木大吾(すずきだいご)。よろしく」

「……よろしく。転校生の真月光。光でいいから」

 

すっかり憔悴しきっている大吾は光に笑ったあと、恨めしげに隣で目を逸らして口笛を吹く結城を見る。

 

「彼女自慢するような奴はケツの穴がちっせーなー。んで俺は井伏結城(いぶせゆうき)。よろしく光」

「よろしく」

「つかさーそんなケツの穴のちっせー俺の言葉に怒りまくって追いかけてくるような奴はもっとケツの穴がちっせーんじゃねえのー?」

「違いない」

「ええ、光そこフォローする?!俺1人とかマジ辛いんだけど、あっ、でも京也は俺の味方──」

「ナイス大吾!」

「京也!?」

 

アハハハハッ、と笑い声が響く。風も吹いてちょうどいい温かさ。すごい、心地よかった。

 

「もういいしっ!俺は彼女なんていらねえっ!!女がなんぼのもんだっ!!」

「マジでーー!?」

 

光とは初めて会うのにそんな気がしない。おそらくコイツラもそう思ってるんじゃないだろうか。そんなことを思ってしまうぐらい光はこの場に馴染んでいて、いつもしている会話はやけに楽しく感じる。

光に目をやると光も声を上げて笑っていた。さっきまでの大人しい笑い方じゃなくて、その顔を見ているとアイツを思いだしてしまった。昔死んでしまったアイツ。アイツが生きてたらこうやってつるんで一緒に馬鹿笑いしてたんだろうなあ。

 

「そうだもう、俺男に走ろうか……!?」

 

話を聞いていない間にどこまで自分を追い詰めたのか、結城が眉間にシワを寄せて考える人のポーズをとりながら深刻に呟いた。大吾は完全に他人事でお腹をおさえて笑っている。

 

「ありえねー!」

 

そのとき、俺からすれば魔の振動……携帯が震え始めた。俺達はいつもチャイムが鳴るのを忘れて駄弁るからこうしてアラームをセットしておかないと時間を忘れてしまう。これが鳴ったってことはもうあと数分でチャイムが鳴るってことだ。だけどいまだなんの片付けもしてねえことに気がついた俺は、まだおにぎりを1個しか食べていない光に注意する。

 

「おい、光!そろそろ時間やべえぞっ!!」

 

だけど光は視線を屋上のドアに向けたまま一向に動かない。ドアはゆっくりと閉まっていくところだった。どうやらたったいま人が出て行ったみたいだ。もう辺りには人はいない。

ふと、今日は凛は来なかったのかと気がついて寂しくなった。俺がいることを知って屋上に来なくなったとかだったら嫌だな。考えすぎかもしれないけれど、凛ならそれぐらいしそうだ。

俺はもどかしい思いに声を張り上げた。

 

「光っ!」

 

するとようやく光は視線をドアから外して言った。

 

「……はーい。了解っと」

 

光の返答になにかの映像が頭を過ぎる。夕焼け、放課後の教室、子供の笑い声、大事な、大事な──

また沸いた想いに俺は少し苛立ちながら慌てて蓋をした。

そしてようやく片付けが終わって屋上をあとにしたとき、俺は考えだにしなかったものを見て硬直した。

 

「お前さ、なにやってんの?」

 

そう言ったのは光で、光の目の前に居たのは凛だった。

屋上のドアから零れる日差しを浴びている凛は少し眩しそうにしながらも光を見ている。しかもなぜか凛は泣いていた。俺は驚き過ぎて言葉が出ない。

凛の泣き顔を見たのは初めてだった。

アイツが死んでから初めて俺が凛に会ったときでさえも見なかった。

 

なんで?

なんで凛は光の前で泣いてんだ?

 

凛の支えになれなかった。なりたかったけどどうしたらいいか分からなくて、ただ後ろで見守るしか出来なかった。涙を全く見せない凛を見ていたら泣いてほしかった。我慢しないで俺に吐き出してほしかった。

その凛が光の前で泣いている。

それが意味分からねえぐらいショックで目の前から2人が去って行くのも呆然と眺めていた。2人一緒に俺の視界から消えていく。声にならなかった声がヒュッと喉で嫌な音を立てた。

 

──それから教室に戻って始まった授業を受けている間も、泣いていた凛の顔が浮かび上がっては消えて全く集中できなかった。

無性に凛と話したかった。そして、光とも話したかった。

だから授業が終わってSHRが終わったとき俺は猛ダッシュして凛のクラスに行った。……でもそこにいたのは凛じゃなくて、光だった。

 

「光?お前ここのクラスなのかよ」

「おお。そうだけど、どうした?」

 

俺の姿を見るやいなや光は喋っていた奴らになにか告げたあとこっちに向かって走ってくる。きっとあいつらはクラスの友達だろう。友達が出来てよかった。転校生ってどうかなと思ったけど心配はいらないようだ。ああ、違う。そんな話がしたいんじゃない。

 

「……光って凛のこと知ってんの?」

 

しまった。

ちょっと当たり障りのない言い方をしようと思ったのに、直球で言ってしまった。……まあ、聞きたかったことは結局これだからいいか。

開き直って光の返事を待つ。気のせいか光は驚いたように目をパチクリさせた。

 

「ふーん」

「なんだそのふーんって」

「いや、なんもねえよ。坂上さんはクラスメイトだから知ってるけど」

「じゃあ、さっきのはなんだ?初めて会った泣いてる女をそのまま連れて行って」

 

言いながら気がつく。

これってただの嫉妬だ。俺、光に嫉妬してたんだ。聞きたいことを言うたび段々情けなくなってくる。でも気になって、俺は光を見るしかできない。

光もじっと俺を見ていた。かと思えば嬉しそうに、けれどどこかやりきれないようにも見える笑顔を浮かべた。

 

「泣いてるからこそなんかほっとけなくて。知り合いの妹に似てたから余計にな。……それにあの場で話すのもあれだったろ?」

 

確かにあの空気のなかで会話をするのは凛には辛いだろう。

それにしても、知り合いの妹に似てる?

俺が疑りながら光を見ると、光は意地の悪い笑いかたをする。にんまりと、弱みを握ったかとでもいうような。

 

 

「京也。あいつに惚れてんな?」

 

 

……え。

光の言葉を脳内が受け付けなくて放心状態になる。頭をこれでもかってぐらい思い切り壁にふち当てたような衝撃が走った。

好き?俺が凛を?

意味が分かるけど分からなくて、あまりにも衝撃的な言葉に声を失う。

 

「……って、おい。もしかして無自覚かよ?うっわーマジか。え?ってか気付こうぜ」

「な、え、は?」

「なえは?」

「いやそうじゃなくって!!」

 

必死に講義しようと口を開きかけたとき、それを遮って光はニヤニヤと笑いながら口を開く。

 

「坂上さんならもう帰ったぜ?」

「か、帰ったっ!?」

 

決死の覚悟で来たっていうのに、もう帰ったっ!?

一気に肩の力が抜ける。凛に避けられる覚悟までしてかなり気合入れて来たんだけど……。

落ち込む俺に笑う声が落ちてくる。

 

「……しょうがねえなあ。坂上さんに会いたかったんだろ?会いたくてたまらなかったんだよなあ」

「ちょ!」

「話したくてしょうがねえんだよなー」

「なっ!」

 

パニック状態の俺をからかう光は俺を見て笑ったあと、俺の肩を叩いた。そして指を窓に向ける。なにかと思って見てみれば、指の先にある渡り廊下で1人歩く女子を見つけた。ぴょんぴょんはねる茶色の髪、細い身体、ストラップもなにもない鞄を肩にかけている──凛だ。

ゆっくり凜は歩いていて、ゆっくり、校舎に姿を消していく。

意を決して教室に来たものの、いざ凛を見つけるとこんなにも足がすくんでしまう。また切り捨てられるかもしれない可能性が怖かった。情けない。こんなに大きくなったってのに、未だに怖くてたまらない。

 

「なにやってんだよ」

 

光が笑うように呟く。

なにを知っているのか、それとも感づいただけなのか、真月は暗い表情で苦く笑う。

 

 

「……いいから行けって──行けよ」

 

 

背中を叩かれ、ようやく足が動いた。走りだした俺の後ろから刺々しい声で真月に話しかける女子の声が聞こえる。何事かと思ったけど振り返る余裕もなくて、早く早くと凛が居た場所に向かう。渡り廊下、下駄箱、そして──見つけた。

昔したみたいに手を伸ばす。今回は、届いた。

 

「ちょっと待って──凛」

 

驚かせるだろうと思ったけど凛の腕を掴んで引き留める。

振り返った顔が俺だけを見ているのが凄く嬉しい。何年も合わなかった目を見返す。これだけのことがこんなにも嬉しい。

乱れた呼吸を深呼吸して整える。

 

「……話したいことがあるんだ」

「きょ……や……」

 

案の定、あの事故から抜け出せない凛は俺を見ると悲しさを混ぜて怯えたような顔をする。この顔を見るのは辛い。だけどもうこのままは嫌だ。

決意を新たにして凛の返事を待つ。

掴んだ腕が思いのほか細くて柔らかいのだと知ったのはこのときだった。

 

 

 

 



 

 

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