04.強がりの子供たち

 

 

ダブル姿が何度も何度も重なった。

──懐かしい声が、私を呼んだ。 

 

 

 

 

無言で泣き続ける女、その女を無言で見続ける男。

そんな光景に出くわしたらどんな反応を取るだろう。小百合は無言で、いや、静かに怒りを吐き出していた。

 

「何アイツ……凛泣いて……見んじゃねえよ」

 

可哀相なのは状況が一切つかめない巻き添えの男子達だろう。そわそわしながら泣く私と怒る小百合を見て戸惑いに顔を青くしている。

ふう、と溜息が緊迫した空間に響く。真月が笑った。

 

 

「ってことで、言い訳よろしく」

「へ」

 

 

真月が場違いな笑顔を見せて私の腕を引っ張る。驚いたのは私だけじゃなくて、突然の投げやり発言をされた男子達もだ。それぞれ戸惑いの声を上げて真月の名前を呼んでいたけれど、真月は私を引っ張ったまま階段を降りて行って、階段を降り切ったあとは廊下を走りだした。

頭がついていかない。

真月はただ彼らを置いて教室に戻ろうとしているだけなのかと思ったけど、いま走っている場所は教室とは真逆の方向だ。

 

「え、ちょ」

 

なにか言おうとしたけど形にならない。とりあえず手は放してほしかった。真月は私の腕じゃなくてシャツの袖を巻き込むようにして握っている。

そんな持ちかた服がシワになるんだけど……それにお前のツレさっきからすげー叫んでるんですが、無視ですか。

真月は更にまた階段を降りて走り続ける。本当に真月はどこに行くつもりなんだろう。まさかこのまま外にでも出る気なんだろうか。……そういえば昔、アイツと授業放棄だってふざけて1度こんなことしたっけ。後からこっぴどく怒られてからもうしなくなったよなあ。

 

ああ、また馬鹿なことを考えてる。

 

でも馬鹿なことを考えないとやってられない。いったいなにが起きてるんだろう。なんで私はコイツと走ってる?こちとら運動不足でかなり辛い。

確かコイツと会ったのは今朝で、コイツは転校生で、会話なんてろくにしてないけどいま一緒に廊下を走っている。意味わからん。

とりあえず今聞こえる大きな音はチャイムの音で間違いない。ああもう。

 

 

「止まれって、なあ!アンタなんなんだよ!それと服がシワになるから掴むの止めろっての!」

 

 

叫ぶと思いのほか素直に真月は止まった。けれど振り返った顔は悪びれたところはどこにもない。それどころか呼吸を整えて疲労困憊の私に眉をひそめる始末だ。

 

「言葉遣い」

「は?言葉遣い?つか、暑っ」

「……お前さ、口悪いよな」

「……はい?」

「オイとかハイ?とかナアとか」

「お母さんかよ!つかアンタだって人のこと言えねーじゃん。初対面の女の子に普通そんなこと言わねえだろ」

「アンタとか……って、女の子?女の子……」

「……」

 

真月からの思わぬ指摘にイラついて手を振り上げて真月の手をどける。

なんなのコイツ?

口元がひくつく。苛立ちがおさまらなくて睨み上げれば、目を見開く顔が見えた。笑っていないからいいものを、私が自分を女の子と言ったことにこんなに驚くのってどういう意味か聞いたほうがいいだろうか。

なんて思っていたら真月が思い切り噴出した。既に授業が始まって静かになている廊下で、体を九の字に曲げて膝を叩きながらの大爆笑だ。

 

「やっべウケル!お前が女の子って!ひぃーっ」

「なっ!?てめ、失礼にもほどがあるだろっ!」

「ダハハハハハハッ!」

「!?てめっ!」

「うぉ、あぶね。女の子が殴りかかんなよなー」

「言ってろ!逃げんな!」

「捕まえてみろよー」

 

笑って走り出した真月に拳を振り上げて追いかける。

本当にコイツってなんて奴だ。失礼だし意味わからんし腹立つ……だけど、なんだろう。なんの遠慮もない会話、不思議な空気。それが思いのほか嬉しくて、まるで、アイツといるような気がしてくる。気負わないでいい懐かしいやりとりに笑みが浮かんでしまうほどだ。

そんなことを考えてしまったからだろう。真月が廊下の角を曲がったとき、嫌な光景を思い出してぞっとした。

 

 

「あ……待てよ、なあ」

 

 

すぐに私も廊下の角へと走る。

笑うアイツの顔が浮かんだ。遊んで帰るときに『またな』と手を振ってそれで──真月はいた。それほど遠く離れていない場所を楽しそうに走っている。

安堵した瞬間胸に沸くいろんな感情は遠くなっていく真月を見ていたら消えてしまった。

 

「おい!もういい加減止まれって──真月!」

 

真月は足を止める。

かと思えば急に今までよりスピードをあげて走り出した。

 

 

「おいっ!?真月!」

 

 

また始まった追いかけっこをして気がつく。

なんで私はこんなに必死で走ってるんだろう。

遠くを走る真月。だけど見失うほどでもなくて、走るたびに揺れる真っ黒な髪は視界にあった。息はとうに上がっていたけど真月は止まる様子を微塵もみせない。真月が廊下の角を曲がって姿が見えなくなる度、スピードを上げてまで走る私。

 

私はなにを錯覚してるんだろう。

 

グチャグチャドロドロ嫌な感情が、声が、頭を真っ黒に埋めてくる。

見覚えのある薄暗い階段室に辿り着いた。フラフラの私に止めを刺すような階段を上っていく。でもようやく鬼ごっこはこれで終わりらしい。真月の足音が聞こえなくなった。

ギィ、と古びた音が鳴る屋上のドアを開けると、少しだけ暑さを増した日差しが襲い掛かってくる。昼休みには気にならなかった暑さが体に染みて、汗が頭から伝ってきた。

真月は校内一周でもしたかったんだろうか。屋上からスタートしたのに、また戻ってきて何がしたいんだろう。当然だけど小百合たちはもういない。

真月は……少し離れたところにいた。

 

 

「お疲れ」

 

 

肩で大きく息をしている私と違って、真月は平静そのままでフェンスにもたれかかっていた。

 

「つーかおっせーよ!」

 

人の気も知らないで楽しそうな真月はノリの悪い私にも負けることなく話を続ける。

本当にコイツはよく分からない。

 

「なんでまた屋上に戻ってんの」

「リフレッシュ?」

「そんなんで私は走らされたのかよ。ふざけんなっての」

「バテバテじゃん」

 

咳き込む私を笑う声が聞こえなくなる。顔を上げると人の感情に疎い私でさえ分かるぐらいの優しい表情で真月は笑っていた。口を開けて大笑いするんじゃなくて、唇をつりあげて微笑んでいる──その顔はとてもアイツに似ていた。

私はおかしいんだろうか。それとも熱にやられたからか疲れたからなのか、真月の身体がゆらゆら揺れて見えた。蜃気楼のようにぼやがかかってこのまま消えてしまいそうだ。

真月はアイツとは違う。

いい加減馬鹿みたいな考えというより気持ち悪い考えを捨てようとしていたら、真月がわざわざ中腰になって顔を覗き込んできた。

そして、

 

 

「お前やっぱ口悪いよな!周りの男ひくぞ!それ!」

 

 

無邪気に笑って毒を吐く真月に、その頬をぶん殴る私の姿をイメージしてしまう。

 

「アンタに関係ないだろ!」

「真月くんには関係ないでしょ」

「──っ!」

「真月くんには関係ございませんわー」

「あー!うっせーわアンタ!それになあ!こんな話し方アンタにしかしてねえよっ!他の奴らには完璧な敬語だよ!だからなんの問題もねえんだよ!ガチうぜー!」

 

いまならちゃぶ台返しもできる。やり場のない苛立ちを握り拳に変えて、肩で息をしながら大声で叫んだ。なんだか子供みたいだと思うけれど感情がおさえられない。

でも真月は私の予想とは違う反応をした。てっきり応戦してくるかと思ったら、真月は静止画像のように驚いた表情から動かなかった。

 

「え?」

「へ、え?前もしかして今の話聞いてない?」

「お、おう。お前以外はいまの言葉遣いはいいと思う」

「つまり聞いてねえのかよ!」

「俺だけ?」

「は?」

 

噛み合わない話に頭がこんがらがってくる。

 

「な、に」

 

真月の驚いていた表情が静かな無表情になっただけでも戸惑うのに、無表情から変わった暗い表情にひどく動揺する。どこかで見たことがあると思って重なったのは、アイツが死んだあとしばらく鏡で見た私の顔だ。

あのとき身体中にまとわりついた暗い気持ちが、私の頭の中を優しく撫でる。

ぞっとする感覚がして一瞬後、真月は微笑んだ。優しく、というにはちょっとからかいも混じる大人びた微笑み。

数秒、呆然と真月の顔に魅入ってしまう。目が奪われて心臓が息をひそめて──はっとした。

 

 

「──っ!アンタなんかに敬語使っても意味が無い!それだけ!私授業あるし戻るっ!」

 

 

妙な空気に耐え切れなくて真月に背を向けた。

なんでこうなった?それになんだよ、私ここになにしに来たんだ?というか、いままでなにしてた?今日初めて会った転校生と追いかけっこ。ああもう意味が分からない。

ここから出るためのドアが救いの手に見える。力任せに開ければ大きな音がした。

 

「物は丁寧になー」

「うっさいわ!……え」

 

叫ぶ私の声を掻き消す音が流れる。授業の終わりを告げるチャイムだ。

ああ本当に、なんだっていうんだ。

間抜けにも口を開けたまま呆然とチャイムが鳴り終わるのを聞いてしまう。

もう意味わからん。

 

 

「クッ。授業ね、いってらっしゃい」

 

 

コイツなんなの?

 

 

「──っ」

 

 

脳内パンク状態の私に止めを刺した真月はヒラヒラ手を振っておかしそうに笑っている。なにか言おうとしたけど言えなくて、口をぱくぱく意味もなく動かしてしまった。ああもう。

ムカつく、意味わからん、失礼。

言いたいこと全部飲み込んだあと真月を睨んで屋上をあとにする。

薄暗い階段室はなぜだかお昼休みより明るく見えた。

 

 

 

 

 



 

 

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