03.錯覚

 

 

馬鹿だって分かってる。

でもアイツを見てると嬉しさに胸が震えて虚しさに息が詰まる。……馬鹿だよな。

 

 

 

 

 

季節外れの転校生、真月は昼休みになっても注目の的だった。席に座っている真月が見えないぐらいの人気ぶりで人が集まって離れない。ドアの近くの席だったために余計注目されるし話しかけられやすいのが原因だろう。

おかしなことに真月は自己紹介以来ほとんど口をきかず女子には一切笑顔をみせていないというのに、女子からの人気が高いようだ。賑やかな教室には女子の楽しそうな声が沢山響いていた。それと比例して途切れ途切れ聞こえる真月の声は固くなっていくように思う。男子はそんな光景に面白がってる奴もいれば微妙な顔をしている奴がいて、なんだか妙な雰囲気だ。

 

「大人気ね、転校生」

「……」

「凛なんかずっとアイツ見てる」

 

私も小百合も遠巻きに眺めているだけだったけれど、小百合が違和感を覚えたのか探るように私を見た。

 

「んなことないよ。それよりご飯食べよ」

「……屋上ね」

 

物珍しいだけだ。馬鹿な夢の余韻も手伝ってなんとなく見てしまうだけ。

言い訳を呟きながら小百合に追及される前にお昼の用意をする。そして教室を出ようとするも、後ろ側にあるドアは座り込んで食べる人たちがいてとても通れそうにない。ちょっとどいてもらおうにも苦手な人達でお願いするのも憚られる。

お昼休みになるとドアの周りは人であふれていることが多いから早く移動するのが鉄則だ。今日は行動も遅かったうえ真月のせいで人は更に多い。気は進まなかったけれど真月がいる側のドアに向かった。

その間も聞こえる真月の一挙一動に反応する甲高い声に、教室に漂うわずかな緊張と大きな好奇心。

いま真月はどんな顔をしているんだろう。

別に気になってる訳じゃない。ただちょっとアイツ自己紹介以来笑ってないなってだけで、それぐらいで。

 

「なんでわざわざドアの前でだべるのかしらね。邪魔」

 

小百合が苛立ちを露わに呟く。

こっちなら大丈夫かと思ったけれど後ろにあるドアより人が多い。よくよく見てみれば他のクラスの子もいた。珍しい時期の転校生はパンダのような扱いが運命らしい。

同情と感心が五分五分ぐらいの割合の気持ちで人混みを眺める。ついでに輪の中心を見てみれば、一瞬だけ人混みの向こうにいる真月が見えた。黒い髪と白い指。机に肘をついて窓のほうを向いていた。横顔でも分かるほど愛想の欠片もない真月は周りを囲む女子をガン無視しているようだ。凄い度胸。

 

真月。真月光──変な転校生。

 

ぼおっとしすぎていたらしい。視線を感じて隣を見れば、案の定、小百合が私を見下ろしていた。

『凛なんかずっとアイツ見てる』

また同じ台詞を言いそうな顔をしていたから、慌てて提案する。

 

「うーん。まあ、後ろから周れば」

「なあアンタら、さっきから邪魔になってんのが気がついてねえの?」

 

いいんじゃない?私の言葉を遮ったのは今のいままで口を開かなかった真月だった。「え」と戸惑う声が連鎖して一瞬静かな空気が流れる。揺れる人混み、そのなかから見えたのは真月の顔だった。こちらを見ていたらしい真月と目が合って、変に緊張を覚えた。

真月ってどんな奴なんだろう?

物珍しい時期にきた変わった転校生。でもきっとそれはクラスの連中だって同じはず。皆気になるんだ。だからこんなに見てしまう。きっと仲良くなりたいから、話して真月のことを知りたいから。

 

なのに真月は人との関係を拒絶しているようにみえる。慣れない場所による不安とか一方的なおしゃべりに参っているからだけじゃないような壁を感じた。そしてそれを強く感じ取ったのは真月の目の前に立っていた女子たちだろう。真月の言葉にショックを隠しきれていない様子だ。なのに真月はそれで終わるどころかあからさまな嫌悪の表情を浮かべた。

女子たちは恐らく反射的に身を逸らす。そして立ち上がった真月のためにに道を開け、ドアから離れた。

息を呑むクラスメイト、移動していく沢山の視線。暗い、どこか危ない感情をのせた空気がちらついていた。そしてそれは真月が教室を出た途端、弾けた。

 

「こ、怖かったー。なんか真月くん怖くなかった?」

「女子うるせー」

「転校生ノリ悪くね?」

「やっぱ真月くんカッコイイよね」

「すかしてんなー」

「でもまぁ、さっきのは同意だけどな」

 

別に、なんでもない。気になってなんかない。

これ以上小百合の視線が耐えられなくて、通れるようになったドアを小百合の手を引きながら通り抜ける。真月はもう廊下にはいなかった。

 

 

「──あ、もう場所取られてる」

 

 

きっとそうだろうとは思っていたけれど、屋上で食べるときにいつも行く私と小百合のお気に入りの場所には既に人がいた。そこは屋上で唯一の日影がある場所だ。これから暑くなってきたらすごく重宝するから特等席と私たちは呼んでいる。

小百合も特等席にいた男子たちを見つけて口を尖らせた。

 

「生意気~私たちの特等席なのに」

「ははっ。……あ」

 

それならと手頃な場所を探す小百合の向こうに特等席で仲良さげに談笑する男子達が見えた。その1人に知っている人を見つけた。昔よく遊んでいた京也(きょうや)だ。あの事故以来ほとんど話さなくなって今では挨拶するかどうかの関りしかない。

昔と変わらず大きな口を開けて笑う京也は大声で「マジか」「マジだ」と誰かと話している。誰と──そう思って見つけたのはまさかの真月だった。教室にいるときとは違い、京也と同じように楽しそうに笑っている。

瞬間、思い出す光景があった。

『うっげーマジかっ!』

『おおっマジだっ!』

聞いてもよく分からない内容で大笑いしていたアイツらの姿。アホだとお互い言い合うアイツと京也は暴言を吐きつつも笑っていた。

おかしなことにいま同じ光景が目の前で広がっている。……いや、なに馬鹿なことを考えているんだ。

 

 

「凛?ご飯食べないの?」

 

 

私を現実に引き戻すのはやっぱり小百合だ。包みを破る音にはっとして小百合を見れば既に開封済みのパンの袋がいくつか見えた。

 

「もうそんなに食ったの!?」

「気のせい」

「隠せてねえ!」

 

笑いながらおざなりにゴミを隠す小百合の手元にはまだ一口も食べていないパンがある。小百合の食欲を尊敬しながら私もお弁当を広げてご飯を食べ始めた。

 

「ねえ、あの転校生、変、だった、ね」

 

ドキリとする。

返事をする代わりにつまんでいたご飯を口に放り込めば、小百合がまた新たにパンの袋を開けようとする。味のしないご飯を噛んで飲み込み、できるだけ自然に話すように努めた。

 

「とりあえず食ってから話せ……って、まだ食うのかよ」

「ねえ凛。転校生はなんか凛を知ってる様子だったけど知り合いなの?」

 

たまたまだと言うには何度もしっかりと視線が合ったことを思い出して言葉が詰まる。私をよく見ている小百合のことだ。私を見るついでに真月の視線も拾ったかもしれない。

ああ、なんで私がこんなに考えなきゃならない。

遠くから聞こえてくる笑い声もよけいな考えをつれてきて耳障りだ。

 

「……知らない。初めて会ったし」

「ふーん。……初めて、ねえ」

 

含みを持たせて私を見た小百合は次の瞬間表情を変えて明るい笑顔を見せた。

 

「凛惚れられたわね!あの転校生に」

「は?!」

 

小百合らしからぬテンションと理解できない言葉に固まってしまう。小百合も小百合で自分でしでかしたくせに固まっていた。

静かな私たちの空間に周りの楽しそうな声が響く。

 

「……」

「……」

「……慣れないことするもんじゃないわね。なんかどっと疲れたわ」

「うん、そだな。今のテンション初めて見たわ」

「あの転校生のせいね」

「理不尽……」

 

心底そう思っているだろう表情で溜息吐く小百合に呆れるけれど、珍しくもある言動に引っ掛かりを覚えた。

 

「珍しいな。小百合が他人にそんなに興味持つなんて」

「……あの野郎観察してたら凛ばっか見てるからね。本当マジなんなのアイツ」

「気のせいだろってか真顔こぇーよ」

「気に食わない」

 

本当に珍しい。

 

「……もう昼休み終わるよ」

「げっ!デザートが!」

「ひくわー」

 

結局デザートは諦めたものの見事5つのパンを食べた小百合は、最後、凄い表情で口の中に詰め込んだパンを無言で噛みしめながら立ち上がる。私もギリギリ食べ終わったお弁当を片付けて小百合に習って立ち上がった。既に屋上には人が少ない。

歩きながら向日葵の種が詰まったハムスターの頬袋のようになっている小百合を心配すれば、頼もしいグッドサインがかえってきて安心する。いつもの小百合だ。

積極的に人から距離をとる小百合は、視界に誰か映っても見えていないかのようにふるまう。なのにあの転校生には嫌悪だとしてもはっきり感情をもってみた。

『気に食わない』

私にそう言ったあのときのように。

 

「このドア大分傷んでるわよねー凄い音」

 

屋上の出入り口のドアを押すとギギギと古めかしい音が鳴る。ポイントをうまくおさえれば音はならないけれど、そろそろ替えどきだと思う人は多いはずだ。

 

「だなー。すげー音」

「卒業するころには潰れてるわね」

「かもな」

 

小百合がドアをくぐって屋上とは違い暗くなった階段室に出る。私もドアをおさえながらドアをくぐろうとしたところで、屋上に残っていた数少ない人の声が聞こえた。特等席に座っていた男子達の声だ。大きな笑い声は京也のもので、笑いを滲ませる低い笑い声は真月だ。

ドクン、と鼓動が高鳴る。

階段室に着地できた足に追いつこうと、ドアを支える手が力をなくしく。

 

 

「お前さー馬鹿だろ!ってかさ」

 

 

近くなってくる声に足が前に動かなくなって、かわりになにを思ったか後ろへ下がる。暗くなった場所を唯一明るく照らすドアがゆっくりと閉まっていくのが視界に映った。

──なに馬鹿なことを考えてるんだ。

狭くなっていく視界に1人の男子が目に映る。楽しそうに笑う真月。私の視線に気がつくと笑っていた口を下に落とした。黒い目がじっと私を見る。

 

「おい、“──”!」

『おい、“──”!』

 

──別になんでもない。

ただ昔聞いた会話が目の前で流れているだけで、声が重なって聞こえるだけだ。

 

「そろそろ時間ヤベエぞ!」

『そろそろ時間ヤベエぞ!』

 

──違う。

なにを考えているんだ。アイツじゃない。たまたま似ているだけで、京也がいるから、京也がアイツと話すように真月と話してるから錯覚しているだけだ。

アイツじゃない。

分かってるのに叫びたい衝動にかられる。

 

──違う、アンタはそんな名前じゃない!

 

 

「光っ!」

 

 

物陰から出てきて叫ぶ京也の顔に震えるほどの悲しさや怒りが沸いた。昔とまったく同じ会話、同じ表情でアイツを呼ぶ。

──違う。

それなのに答えるのは真月だ。

 

「はーい、了解っと」

『はーい、了解っと』

 

──違う。

なのにアイツとまったく同じ表情で同じ言葉を返すんだ。

違う違う違う違う違うちがっ

ぐちゃぐちゃな思考はドロドロした感情を呼んでくる。バタンと大きな音を立てて閉まるドア。暗くなった視界は私の感情にぴったりの色をしていた。

──アンタはそんな名前じゃない。

金縛りにあったように身動きができなくなって、ドアを見続ける。

 

 

「凛……?凛、なんで泣いてるの?」

 

 

降りていただろう階段を上がってきて私の顔を覗き込んだ小百合が目を見開いて呟いた。指摘されて頬を触ってみれば、確かに頬が濡れていた。私は泣いているらしい。

頭の中がゴチャゴチャだ。もうあれから7年が経っているのに、言葉に出来ない感情が溢れて止まらない。グチャグチャべっとり真っ赤な血──涙で濡れた手があのとき血まみれになった手に見える。あのときの服、家に帰ってすぐに捨てたなあ。

 

 

「お前さ、なにやってんの」

 

 

──違う。

反射的にそう思ったけど、ようやくぼんやりとした頭が働きだしたようだ。顔を上げれば太陽を背中にじっと私を見下ろす真月がいた。

ドアを開けて無言で泣き続ける女がいたらひくだろうなあ。

そう思うのに口元は歪な笑みになる。

真月を見ているとまた凝りもせず涙が頬を伝った。

 

 

 



 

 

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