27.雪に隠れた秘密

 

「廻り逢うそのときに」27話。

【とある願い、雪に隠れた秘密】

 

 

 

 

 

真っ暗な夜空のした星明りに照らされて浮かび上がる白い雪。黒と白のコントラストは美しい。絶景といえばそうだけど、寒いのが苦手な私にはなかなか恐ろしくもある光景だ。溜め息を吐けば、吐いた息は真っ白になって夜空に消えていった。

寒い。なんていうかもうその一言に尽きる。何枚も重ね着して防寒着も着てマフラーも手袋もしているのに物足りないってどういうことだろう。

私の格好は雪だるまみたいだ。防寒のためとはいえおかげで手を上げるのも足を動かすのも重労働。首だって動かそうと思ったらかなりのエネルギーを必要とする。防寒のためと言い聞かせたけれど防寒もさほど意味がないんじゃあ、やってられない。

でも明日発つことが決定したから最後ぐらいはこの景色を堪能したかった。あるルートを使えば半日もかけず雪のない場所に着いてしまうらしい。寒いのは嫌だけどそうと決まると勿体なく感じるのだから我儘なことだ。

雪はここに来てから今日までずっと振り続けている。よくも飽きないもんだ。お陰で一向に景色は変わらない。

飽きない美しい景色は何度見ても魅入られる。

空を見上げれば真っ暗な空から白い粒がふわふわ風に揺れながら落ちてくるのが見えた。目を、閉じる。顔に雪がのった感触がしてヒンヤリする。目を開けながら、重たくて軋む手をゆっくりと空へ伸ばしてみた。

 

「ユキ」

 

低い声が暗い空間に心地よく沈む。いつのまにか背後に立っていたその人、ダラクは感情の読み取れない表情でじっと私を見ていた。ゆっくりと近寄ってくる。

 

「ダラク。どうしたの?」

 

私の声も暗い空間に落ちていく。不思議な感覚だった。視界が暗いせいなのか少し空気に酔っていたせいか、ダラクとこうして話しているのがひどく夢のように思える。

 

「眠れなくてな」

 

肩をすくめるダラクは私の横で立ち止まり、私の隣に並ぶとさっきの私と同じように空を見上げた。

気がつかれないように少しだけダラク横顔を覗き見る。私よりも軽装なダラクは帽子を被っていないせいで髪にも雪が積もっていた。雪はダラクの体温で解けて、 でもすぐに凍って髪にまとわりついていく。

 

「髪、凍っちゃうよ」

 

そっと手を伸ばして──少し背伸びして──ダラクの髪に触れた。 髪に手を通すとパリパリと小さな音が鳴る。雪の欠片はぱらぱらと落ちていく。

ダラクが驚いたような顔をして直後、目を細めて笑った。

 

「ユキこそ」

 

伸びてきたダラクは私と違いまだ余裕を持ったままだ。私の前髪を指で擦る。目の前をぱらぱら落ちていく雪の欠片。

目の前で動く大きな手が不思議だった。確かに熱を宿すそれはちゃんといま動いている。生きて、動いている。

私はなにを考えているんだろう。

そっ、と手がぎこちない動きで私の顔に触れた。右頬を覆うようにして添えられた手は冷たい。 私もダラクの髪から手を離してダラクの顔に添えた。

これじゃあまるで恋人同士みたいだ。

雪の中で一組の男女がお互いに触れているだなんて。そんなことを思って、クスリと笑ってしまった。するとダラクも同じように笑ったあと、静かに話し出す。

 

「なにか悩んでるのか?」

 

それは唐突だった。

だけどなんとなくそう聞かれそうだったから、さして動揺はしなかった。これからはもっと気づかれないようにしないといけない。反省だ。

 

「ちょっとね」

「……ユキは本当に悩んでることは言わないよな」

 

自嘲気味に細まった目に釘付けになる。

誰だっただろう。昔、誰かにも同じことをいわれた。お前は救いようがないな、って言われた。馬鹿だなって言って、悲しそうに笑って、私の頭を撫でてくれた。 ……誰だっただろう。

 

「お前は抱え込みすぎだ」

「……そんなつもりないんだけどね。環境が環境だったからかな」

 

私の言葉で不思議そうにダラクが首を傾げたのを見てしまう。だからつい独り言を呟くようにして言ってしまった。

 

「両親に捨てられた女の子がいました」

 

 記憶にないけど。

 

「その女の子はある夫婦に拾われて育てられました」

 

懐かしい記憶。

懐かしいと思えるほどにもう遠い思い出だ。幸せな時間。

 

「その夫婦が本当の両親ではないことを知ったのは数年後。女の子は落ち込んで悲しみましたが、それでも幸せでした。捨てられたのだとしてもその両親がいなければ生まれていなかったのだし、 本当の両親じゃないにしてもこうして育ててくれた人達がいるからです。幸せでした。 けれどある秋の日でした。育ててくれた両親が2人とも事故で亡くなって女の子は独りになりました。女の子は悲しくて毎日泣いていました。幼馴染の男の子がずっと側にいてくれましたが、それでも女の子は悲しくてずっと泣いていました」

「ユキ」

「だけどあるとき笑えるようになりました。……お母さんお父さんがいなくなったと言って泣く女の子に、幼馴染の男の子がある日言ったのです。俺がいるから、と。こうも言いました。確かに女の子のお父さんとお母さんはいなくなったけれど一緒にいた記憶は確かにある。なくなったことにはならない。女の子は愛されて育ったじゃないかと、それを忘れたのかと言いました。それに女の子を産んだ人だっていてそのお陰でいま生きているんだろうと、それを忘れたのかと言いました。 ……女の子は忘れていませんでした。忘れていなかったからこそ辛くて泣いているから。けれど本当の意味で忘れていたことに気がつきました。…… それ以来女の子はぎこちなくとも笑えるようになりました。その女の子はいまは幸せ、です」

 

ダラクが私を見ているのには気がついていたけれど、あとはもうなにも言えなかった。言い切れなかった幸せという言葉。 つい区切ってしまった。それがどういう意味なのかこの人は分かってるんじゃないかと思う。

幸せだと感じるからこそ、その幸せがなくなるときが恐ろしい。それを知っているからこそ敬遠したくなる。だけどいつまでも幸せに甘えていたい。

 

「ある、少年がいた」

 

視線を空に向けながらダラクがポツリと呟いた。

 

「少年は小さな島に住んでいて、そこ以外に他の世界があるだなんて考えもせずに毎日を過していた。家族がいて友人がいて、幸せだった。大切な時間だった」

 

過去を意味する言葉の先を考えるのは残酷だった。 だけどその言葉を紡いでいるはずのダラクは淡々としていて──でも、だからこそ怖い。

 

「だがそんな世界は呆気なく崩れ去った。侵略者。そいつらが、島に奇襲をかけて全てを奪った」

 

前の世界でもあったように、オルヴェンでも大きなものは少ないけれど小さな紛争はざらにあるらしい。

 

「目の前で全てが無くなった少年は気が狂いそうになり、だがそれを止めて誓いを立てました。全ては幸せを獲った者たちに」

 

ダラクの声は震えていなかった。確固たる意志がそこに見える。

……そしてダラクは口を閉ざした。

少し前に私がダラクに、私がどう役立つのかを聞いたとき答えてはくれなかった。まだ全部を聞けたわけじゃない。だけどこの話をしてくれたことが嬉しかった。ダラクの過去の一片。 まだ、まだ秘密。私もダラクもまだ秘密。

 

「ねえ、その少年はいま幸せ?」

「……ああ。幸せ、だ」

「そっか」

 

ダラクがそっと指を動かして撫でるようにして私の顔をなぞる。寒さで感覚がないはずなのにその動作がいやに身近に感じた。

 

 「……その女の子の幼馴染、いい奴じゃねえか」

「そうだね」

 

そうなんだ。

だから、だからここにいちゃいけない。

 

「それに役得だな」

「なにそれ」

 

器用にも唇を片方だけ吊り上げて笑うダラク。私も笑ってしまった。

一歩。

きっと私達はたった一歩を踏み越えようとしないんだろう。まだ踏み込めない。限界に線を引いて相手が近づいてきたら一歩二歩と下がる。 必ず距離を置く。なんでだろうね。

 

「……明日、昼から出るけど早く寝たほうがいいぞ」

「……ん。分かった」

 

明日も雪は降っているだろうか。空を仰ぎ見れば、降り注ぐ綺麗な雪は気のせいか更に輝きを増していた。

すっ、と濃い影が差す。最初に見えたのは白い粒を乗せた黄土色の髪。碧眼の綺麗な眼。そして触れたカサついた唇。 頬に、そっと。

白い息が重なって消えていく。

 

「……お休み」

「……お休み」

 

そうして去っていくダラクはいまなにを思っているんだろう。踏み出せない領域は私を雁字搦めにして虜にしていく。それこそもう抜け出せないんじゃないかっていうぐらいに。だけど私は気がつかないふりをして……キツク、キツク、キツク蓋をする。

こんなこと駄目だ。

訳も分からずそう思う。私は……ダラクは、それを知っている気がする。遠ざかる背がやけに遠く感じる。

……ダラクの目的、いくつか想像がついたけれど決まったわけじゃない。

だけどそのとき私はどうしようか。どうするんだろうか。 前に決めた覚悟。

 

 

どうしようか。

 

 

──雪は止んでいた。

 

 

 

 

  

 



 

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