07.フランの助言

 

 

「愛がない異世界でも生きるしかない」07話。

【フランの助言】。

 

フランという人。

 

 

 

 

梓はフランという男を見て優しそうな人だと思った。梓を驚かさないように断りをいれてから話しかけてきたこともそうだが、話し方も、なによりフランの雰囲気が柔らかい。少し癖ッ毛のある茶色の髪がフランという男にとても似合っている。

 

「初めまして、樹と申します」

「これはご丁寧に」

 

梓が挨拶を返すとフランはにっこりと人懐っこく笑う。

近所のお兄さんみたい……。

梓は肩の力が抜けるのを感じる。フランはそんな梓に気がついたものの、怯えさせないためか距離を詰めることはしなかった。近くの健康器具をベンチがわりに座る。

 

「珍しいところに人がいたから気になって見てみれば神子だったからね。余計驚いて思わず声をかけたんだ。運動しにきた?」

「そうだったんですか。……運動もしたいなと思ったんですが、実は魔法が使えるかなって思って、あー、ちょっと試してみてたんです」

 

ここまで素直に言わなくてよかったなと思いつつ梓はフランから視線を逸らす。言っていて恥ずかしくなってきた。しかしフランは梓を嗤いはしない。穏やかに微笑んで梓に尋ねる。

 

「それで?成功した?」

「失敗しました。まったく分かりません」

「そっか……、よっと」

「わ!」

 

項垂れる梓の周りに風がたちこめて、梓の着ていたワンピースをふわりと浮かす。もしかしてと思いフランを見れば、目が合ったフランは目元を緩めたあと指揮をするように人差し指を動かした。そして驚くことに人差し指が動く通りに風が移動していく。梓の顔を起こすように巻き上がった風は梓の髪をすくって暗い気持ちを吹き飛ばすようにふわりと広がった。広がった髪は風がなくなってゆっくりと元の位置に戻っていく。

 

「すご……。凄いですねフランさん!今のって風の魔法というものですか?うわ」

「そうだよ。気に入ってもらえて嬉しいよ」

 

感動のあまり律していた言動が緩んでいく。久しぶりに会話らしい会話ができる喜びも手伝って、梓は目を輝かせながらフランに近寄った。

 

「どうやったんですか?魔法って使えたらすっごく楽しそう!本を読んでみてもぜんぜん分からなくって。女性は使えないってあったけどやっぱり試してみたいし」

 

これに驚いたのはフランだ。話に聞いていた様子とは違いおかしいなと首を傾げる。けれどすぐにこれはいい傾向なのだから別にいいかと考えを改めて微笑んだ。

 

「魔法はね、正確な使いかたはないんだ。多分納得できないだろうけどいつの間にか使えるようになるだけのもので、使えない人は男でもそう使えない」

「ええ……」

「でもそうだな……。俺の場合だと使えるようになれーって毎日考えてたら使えるようになったよ」

「それだけでいいんですか?」

 

驚く梓にフランは少し意地悪く微笑む。

 

「いやーこれがなかなか難しいんだよ?本当に。毎日ずっと魔法のことだけを考えて過ごすんだ。なにかしていてもこれが魔法で出来たらいいなーとか、魔法が使えるようになったらこんなことがしたいなーっていっぱい、なんにでも魔法を絡めて考えるんだよ。そしたらもうご飯に魔法って言葉が浮かんでくる。なかなか危険な方法だから」

「それは確かに怖いですね」

 

フランの大袈裟な言い方に梓は笑ってしまう。フランも梓の笑い声に合わせて笑った。

ぜんぶに魔法を絡めて考える、か。時間ならいっぱいあるし私もフランさんに習ってしてみよう。

流石にご飯に魔法という言葉が浮かぶようなノイローゼ状態になるまでしたくはないが、気を紛らわすにもうってつけだろう。

 

「あと他になにか悩んでることはない?ちなみに普段運動しないんだったらここにある健康器具を1日ですべて制覇しないことを薦めとくよ。筋肉痛がひどいからね」

「フランさんぜんぶ試したんですか?」

「ここが出来たときにね。この世界にはなかったものだったから面白くてぜんぶ試したよ。それで次の日筋肉痛。しかも団長がいたくこれを気に入って訓練でも使うようになったから大変さ」

「団長?訓練、ですか」

「そ。この世界に魔物っていうのがいるって聞いた?」

「はい」

「魔物と戦うためにこの国には兵士がいるんだけど、そのトップが団長だ。兵士、班長、兵長、団長の順で団長はトップの位だね。樹はもう会ってるだろ?ヴィラだよ」

 

梓は驚いてフランを見るが、フランは嘘を言っている様子ではない。そもそもここで嘘を言ってもなんの意味もないだろう。

フランはフランで目をぱちくりとさせて驚く梓を見て内心頭を抱えていた。

ヴィラの言動で神子との会話は少ないとみていたが、ここまでなにも知らないとは……。

 

「ほら銀髪で黒い目したでかい男」

 

フランはヴィラの身体的特徴をわざとあげてみる。それは知ってるよという反応を待ってのことだったが、相変わらず梓は目をぱちくりとさせていた。しかも小声で「あの人銀髪だったんだ」と呟いてまでいる。

フランは堪えきれず笑ってしまった。

 

「ふっふふ、はは!ヴィラの奴!ははっ!魔物倒しまくってる奴が!今度これをネタにからかってやろっ!」

 

ひーっと笑うフランはよほどツボにはまったのかお腹を抱えて笑っている。彼の笑いが静まるのは先になりそうだ。梓はそんなフランを眺めながらぶら下がり器に捕まった。ぶらんとぶら下がりながら空を見上げて笑うフランの声を聞いていたら、なんだか悩んでいるのが馬鹿らしくなってきた。

そもそも梓は悩み続けることは苦手なのだ。

目下の問題は片付いていることだし、帰りたいという望みはすぐには叶えられないことは分かっているのだし、ならばさっさと気持ちを切り替えたほうが得だ。

 

 

「大丈夫?頑張りすぎると明日筋肉痛だよ」

 

 

笑い終わったらフランが梓をからかうが、梓もにんまりと笑顔を浮かべて軽やかに地面に着地する。

 

「これぐらいじゃなりませんよ。これでも私鍛えてきたんですから」

「へえー本当に?」

「動ける身体はなにより大切ですからね。あ、フランさんありがとうございます。お陰でスッキリしました」

「それはよかったよ。……よく分からないけどね」

「ふふ」

 

穏やかに微笑むフランがわざわざ付け足した言葉を梓は追及することなく笑って終わらせる。

フランが落ち込む神子の様子を見にきたのだということは梓も薄っすら気がついている。それでも自分を心配し声をかけてくれことや、和やかな会話は梓を癒した。

 

 

「じゃあ俺もうそろそろ訓練だから戻るけど、敬語なくていいからね。そんな年変わらないでしょ」

 

 

フランは梓の頭を撫でると背を向けて走って行く。現れたときと同じように突然だ。

梓は撫でられた頭を触って、魔法が効かなかったことに驚く。いや、魔法は効いているはずだ。自分が嫌うものを拒絶する魔法なのだから。

 

 

「風の魔法が得意って納得できる人だ」

 

 

フランは梓にとって拒絶する人ではない。

この短い時間にそう思えたフランという人に梓は負けたと妙な気持ちを抱きながら笑った。

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

──物騒な金属音鳴る訓練場には男たちが魔物との戦闘に備えて技を磨いている。

 

兵士たちはそれぞれ組み分けがされている。新兵は組手もするがほとんどは体力づくりに励み身体を鍛える。朝から晩まで、それこそ気を失って倒れこむぐらいのメニューをこなしている。ようやく身体が出来上がってきたら今度は木刀での組手を中心に、そして次は真剣で、最後は実践だ。

遠征で無暗に命を落とさないようにするとはいえ彼らの毎日は過酷で、とてもじゃないが笑顔を浮かべるものは一人もいない。

それが出来るのは数人ぐらいのものだ。その一人フランがにこにこと笑顔を浮かべながら汗だくの兵士たちの横を通り過ぎていく。兵士たちはあからさまにフランを見たりはしないが、それぞれ確実に視界の隅に捉え内心ひどく落ち込んでいた。ただでさえ今日は団長による直々の指導だというのに、教官が増えたのだ。メニューはより過酷なものになるだろう。教官が一人増えるだけで目が届かず適度に休めた空間はなくなっていく。

そんな兵士の邪念を感じ取ったのか、フランは微笑みを浮かべながら兵士を眺めた。ガン、とわざとらしく響き始める音にフランは肩をすくめる。

そして先ほどからずっとこちらを見ていた男に軽く手を上げて挨拶をした。

 

「ヴィラ、楽しんでる?」

「……いまは訓練中だ」

「団長楽しんでる?」

「……訓練中だ」

 

ヴィラはフランを見ながら言葉を続けようとしたが、止める。この男に口で勝てる訳がないのだ。ヴィラは身に染みて分かっていたので、いつも通り口を閉ざしてフランを無視することにする。

 

 

「樹に会ってきたよ」

 

 

天気の話をするような調子で、しかも聞き慣れない言葉にヴィラは理解するのに時間を要した。訓練場では金属音や声をはりあげる兵士たちの声が聞こえる。

樹。

誰だと思った瞬間、思い出したのは自分の神子だ。シェントが神子の名前を樹と言っていた。

理解してすぐヴィラはフランを見る。フランは顔が合うやいなや噴き出した。

 

「どんだけ時間かかって!ああ、もう。樹と反応が同じじゃんか」

「……?それはどういう意味だ」

「銀髪で黒い目をしたでかい男がヴィラって話をしたらこーんな感じで首傾げてたよ」

 

フランが目をぱちぱちとさせて首を傾げる姿に、いわんとしていることが分かったヴィラは無言でフランを小突いた。

 

「……お前の神子は樹ではないだろう」

「そうだけどさ、ヴィラを見てたら心配になってつい」

「余計なお世話だ」

「そう?じゃあ余計なお世話ついでに樹とちゃんと話す時間は作ったほうがいいよ」

「……」

「あの子、大人しいだけの子じゃないよ」

 

楽しそうに笑うフランを見てヴィラが思い出したのは、思い切りすねを蹴られた夜のことだ。確かに最初一言二言会話をしたときは大人しそうな印象を受けたが、あの蹴りを食らった身としてはもう彼女を大人しいとは思えやしない。

 

「知っている」

「あ、そう?ならよかった。じゃあやっぱり話しておくべきだね。あの子自分の立ち位置を理解しようとじっくり人のことを観察してるんだ。それまでは地味で大人しく、一般的に良いって思われるか害がないって思われる態度でやり過ごしてる。ある程度情報が集まって状況が把握出来たらきっと見事にいろいろ切り捨てるし立ち振る舞いを変えるよ」

「……」

「あの子と暮らすひと月が楽しみだよ。可愛いし、妹みたいだ」

 

一体どれだけ樹との時間を過ごしたのか、自分の神子ではないのにヴィラ以上に樹のことを知っている。ヴィラは深く眉間にシワを寄せた。距離を置いたのは自分だしある程度現状はしょうがないことだとは思うが、癪に障ると言えば癪に障る。フランが相手だから余計だろう。

幼いころからフランはいつも立ち回りがうまく、人を動かすのにも長けている。ヴィラはそんなフランに少々の嫉妬と憧れを持っていた。フランより上の立場である団長になってもそれは消えることがない。

 

「いまは俺の神子だ」

「そうだね。じゃ、仕事頑張って。俺これから遠征だから」

 

手を降ってフランは訓練場を後にする。

その後姿を見て喜んだのは兵士だ。てっきり教官が増えるのかと思っていたが、フランはいなくなった。しかし喜んだのは束の間、兵士たちは訓練中だというのに手を止めてしまった。

丘の上に立って訓練を監視していたヴィラが剣を抜き、下りてきたのだ。訓練場へまっすぐ下りてくる。兵士たちがそれに気がつくのは早かった。すぐに気がつかなかった兵士たちも周りの兵士の反応にまさかと思い、そして遂に全員がヴィラの存在に気がつく。

ヴィラは訓練場に立っていた。そしてヴィラから遠く離れた兵士でさえ分かるほど不機嫌だった。近くの兵士は気の毒なことに苛立ちに任せた舌打ちさえ聞いてしまう。

 

 

「俺がこうしたらどうするか、もう忘れたか」

 

 

地を這うような声に近くの兵士たちはやけくそのようにヴィラへ向かう。剣を持たぬ者はすぐに代わりの武器を手に取ったり武器庫へ飛んでいく。遠くにいる兵士たちも数人がそれぞれに指示を出しながら陣形を組みヴィラへ挑んでいった。

 

この日の訓練は兵士たちにとって幸いなのか不幸なのか、誰も立てるものがいなくなり早くに終了となった。

 

 

 

 

 

 



 

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