24.忠告

 

「廻り逢うそのときに」24話。

【欲しいもの、忠告】

探り合い、黙り、暴き合う

 

 

 

 

 

窓の外から吹雪く音が聞こえてくる。耳を澄ませば薪の燃える音もした。人が居るんだ。

暗い視界のなか、なるべく音を立てずに移動する。夜の視界に慣れたら真っ暗に見えていたものに線ができた。物が、人が見える。暖炉の火に照らされて浮かび上がる姿は昼間と様子が変わらないように見えた。

 

「早かったね」

「……まあね」

「どうしたの?ユキ。こんな夜中に聞きたいことって」

「ん、ちょっと。……ごめんね?リオ」

「大丈夫だよ」

 

振り返って私を見たリオは穏やかな笑顔をみせた。私も調子を合わせて席に座る。リオはむかいの席に座った。そして早速本題を切り出した。

 

「リオは私とダラクのことについてなにを知ってるの?」

「それはどういう意味?」

 

リオが子供の様子をみるように笑う。きっと私も似たような顔をしているだろう。

 

「初めて会ったときリオはなんで私がダラクと一緒に居るのかって聞いたよね。リオはダラクの素性について詳しいみたいだけど、なんでそのダラクが私といることが疑問になるの?リオはダラクのこともだけど、私のことも会う前から知ってるよね」

 

リオから目を逸らさないよう注意する。自信がない憶測だから余計だ。でもリオは私の気苦労を笑うように呆気なく答えた。

 

「そうだよ知ってた。でもユキが思うほどじゃない」

 

きっとリオはあまり答えをくれないだろう。

だけどこうやって機会をもらえたのは事実だ。言葉を選ばなきゃいけない。どうやったら教えてくれるだろうか。

 

「もし、これから聞く言葉に答えられなかったらなにも言わなくていい。答えられるだけでいいから教えて」

「……言ってみて」

 

マスタード色の瞳が暖炉の火に照らされてゆらり色を変えながら弧を描く。だけどすぐに一切私情を挟ませないものになった。

 

「リオがこの旅に同行するのは私のコントロールが出来るようになるまでの様子見?」

「そうだよ」

「それは守人、魔導師、リオ個人としてどの立場からしてるの?」

「……全部、かな」

「リオの旅の目的は?」

「さっき言ったやつだよ。ユキの様子見」

「じゃあ、目的はそれだけ?」

 

リオは微笑んだ。答えられないということだ。

 

「そう。前にラミアの国の物語を聞かせてくれたでしょ?あの話はオルヴェンでよく知られてる話?」

「そうだね。話が誇張されていたり省かれたりしているものも多いけどね」

「リオはこの話、信じてる?」

「……いいや、信じてないね。呪一つで国を消せる力を物語の女性は国を滅ぼす直前まではずっと抑え込むことができていたんだ。それほどの精神力があって、しかも利益が得られるように使いこなせていた人物だ。それだけ聡明な人間だったら万が一自分が力を制御できなくなったときの手段を講じていたはずだ。だから、慕っていた両親が死んだとしても民を巻き添えにするぐらいに力を暴走させることはなかったはずなんだ。それなのに“物語 ”の最後は女の力が国を滅ぼし、そして再生させた土地に人々が集い国をまた立ち上げたで終わりだ。納得いかないね」

 

確かに同感だ。現に私もそれを回避するために画策している。勝手に魔法が発動してしまう事態を物語の女性がしなかったなんて考えられない。だけど、どうだろう。大好きな人を失っても理性は意味を成すんだろうか。

脳裏に浮かぶお父さんとお母さんが私に笑いかけて消えていく。対策が意味を成さないほどのものだったら、どうすればいいんだろう。

 

「ラミアが正式に国として出来たのは何年前?」

「……157年前だよ」

「157年前、ね。最近だね」

「そうだよ。そんなに昔のことじゃない。物語に出る女だって160年前には生きてたんだ。……次は?」

「……昼間リオは同盟国の中で最近不穏な動きを見せた国はラミアだって言ったね。最初に不穏な動きを見せたって認識、合ってる?」

 

ダラクもリオもオルヴェンを説明する際にこの話をしていた。だけどここ数ヶ月暮らしてきたなか寄ったラミアや町でそういった類の話は噂話でさえ聞かなかった。いままでの旅では兆しが起きている土地は避けてきたと言っていたけれど、私はオルヴェンに来てからずっとこの世界の人を注意して見てきた。

オルヴェンに初めて来た人に話す常識として話された内容が本当に常識なら、必ず動きがあるはずだ。でも私はこれからの生活や行く末に不安を抱く人や、 まして戦争を予期して備えている人なんて一切見なかった。

 

もしこれが知っている人しか知らない情報だとしたら、どうだろう。 

 

リオは答えない。ある程度予想していたことだった。

だけど、予想外なことにリオは口を開いた。

 

「合ってるよ」

 

この世界の地位はよく分からないけれど、ラミアの魔導師で守人であるリオはおそらく高位に所属しているはずだ。そのリオが言うからには間違いない。そのことを知っていたダラクにも疑問をもつけど、 一歩間違えれば国家機密になりかねない情報を話してくれたリオをどう捉えればいいだろう。信用されてる?試されてる?それは結局リオになんのメリットがあるんだろう。

 

「ラミアだけ?」

「裏でキルメリアも関与してる」

 

キルメリア。

聞き慣れない、それでいて印象の強い言葉に驚く。いままでキルメリアに良い情報を聞いた覚えはなかった。自由の国。快楽の国。その国が協定を危うくさせたラミアに関与している?この場合組んでいるのか、それともどちらかの国がどちらかを従わせているのか。

 

「ラミアとキルメリアは同盟でも?……目的は同じ?」

 

リオは黙ったままだ。

 

「……分かった。リオは各地で内乱が起きているところがあるって言っていたけど、それはいまリオが教えてれたことがオルヴェンに住む人達にも知れ渡って、それに反感を抱いた人たちによってのもの?」

「正確には違う。保たれていた均衡が崩れ始めたきっかけもその影で動いていた国もほとんどの人は知らない。知っているのはほとんど国のトップだよ。内乱が起きたのは不景気の煽りと闇の者の出没が異常なほど増えたことによる不安が根底にある。それにキルメリアの民が不安を招くような噂を流したり態度をとり始めたのに対して国がなにもしなかったからだね。自国を守ろうという意識を持つ者が民で多くなって、それを国が制御できなくなってる」

「それはどの国でも起こってることなの?」

「うん」

「内乱は起こってるんだね」

「うん、起きてる。もうその被害に遭ってる村もあるよ」

 

知らない間に知らない場所で誰かが叫んでいる。もしかしたらそれはいまも起こっていることなのかもしれない。 知らなければならない。これからのことを考えて、怖さで手が震える。

 

 

「リオ。戦争は、起きる?」

 

リオは断言していた。

”戦争が起こるようなことがあったら”という私の質問に対して”戦争が始まったら不可侵領域にでさえパスが必要になる”と。 もう答えは分かってる。

 

「……もう遠くないと思うよ」

 

だけど信じたくなかった。

ただの考え過ぎ?自意識過剰なんだろうか。私の力が欲しくて私をオルヴェンに呼んだあの男。あの男は私の力を利用する気なんだろう。私自身のことなのにどう扱えばいいか分からないこの力をどうする気だろうか。分からない。

だけど、戦争が起こるだろうと予測される不安定なこの時期に、ありえない禁呪を使ってまで力を欲しがった男の考えを予想すれば嫌な予感も抱きたくなる。 

 

私はその戦争に巻き込まれる、なんて。 

 

これから先、きっと。……これから?

ふと思う。

ダラクはどうなるんだろう。晃はなんだかんだいって傍にいてくれる気がする。でもダラクは違う。戦争。どうなる?どうする?ダラクは。

 

「ユキ……?」

 

リオが訝し気に私を呼ぶのが聞こえたのにろくに返事も出来ない。いま口を開いてしまうと不安から余計なことを言ってしまいそうだった。

異様に喉が渇いて手が冷たくなっていく。すぐ近くに暖炉の火があるのに熱を感じられない。あの暗い部屋も肌寒さを覚えるひんやりとした空気があった。暗い部屋。リオにダラクとの旅を止めるように言われたあの夜の出来事を思い出す。

『ダラクは私と旅をしていてその間に……私とダラクが対峙するようなことがあるって、思ってる?』

『そうだな。それは避けられないだろう』 

恐る恐る、小さな願いをかけて聞いたけれど、ダラクは静かに断言した。 あれから私はダラクと対峙してしまう可能性も考えて、これからどうするかを決めた。ダラクの目的の手助けをするけど、止めなきゃいけないようなものだったら止めるって決めたんだ。 

でもこれは偶然だろうか。あまりにもタイミングが良すぎる。

対峙する可能性のある私とダラク、戦争が起きるオルヴェン、そんな不安定な時期に禁呪を使ってまでして私をこの世界に召喚した男。

手を握り締める。開いて、閉じて、手の感覚を確かめた。

私はオルヴェンにいる。

それは変えられない。なら、どうする?

 

 

「……分かった。教えてくれてありがとう」

「いいよ。これは知っておいてほしかったことだしね」

 

 

妙な言い回しだった。 口を閉じておけばいいのに、言葉が滑り落ちる。

 

「ならなんで昼間の話し合いには言わなかったの?晃もオルヴェンに詳しくないから知っておいたほうがいいし……ダラクがいたから?」

「ここでダラクの名前を出した理由は?」

「ダラクに戦争の話は駄目?」

 

話を誤魔化そうとするリオの癖がでかけたことが堪えられなくて、質問に質問で返す。目の前にずっとあった笑みが消えた。リオは一度考えこむように視線を落としたあと、ゆっくり視線を起こして私を見る。観察する視線だ。

 

「ユキはなにを考えてる?」

「リオはなにを。ううん、魔導師そして守人としてのリオはなにを考えてる?」

 

痛いほどの沈黙が流れる。静かな部屋。いつのまにか暖炉にくべられた薪のほとんどが燃えきっていて、部屋を照らす灯りはひどく小さい。外に吹き荒れる雪だけが視界の端に動きを作っていた。

 

 

「……リオはオルヴェンとは違う世界があることを前から知ってたよね。私が異世界から来たことも知ってた」

 

 

リオは晃が神木に願いをかけたことでこの世界に来れたことに驚いていたのに、私が人の魔法でオルヴェンに来たことにはなにも疑問を感じていなかった。そして私が前の世界からオルヴェンに来たというのに対して、リオもダラクも”渡る”という言葉を使っていた。リオは表情を変えずに答える。

 

「そうだね」

「じゃあ晃が世界を”渡る”ことで負わなきゃならない契約は何だと思う?」 

「それは分からない。信じられてきたとはいえ神木を確かに見たことがある人はいないとされているんだ」

 

きっとこれは半分本当で半分嘘だ。本当はもう晃がなにを負ったのか薄々と気がついてる。

私はオルヴェンに来てまだ1ヶ月ほどしか経ってないのに、晃は前の世界では3ヶ月が経ったと言った。だから話し合いが終わったあと晃に私がいなくなってから正確に何日が経過したのかを聞いて、私がオルヴェンに来てからの日数を調べた。前の世界とオルヴェンは暦が変わらないから計算は簡単だった。半端な数字を切り捨てて大雑把に見積もれば、オルヴェンで1日が経つと前の世界では2日が経つ。単純に考えてここで1年が経てば前の世界では2年が過ぎ去ってる。

 

晃は私に会うために時間を犠牲にした。

 

どうすればいいだろう。おばさんおじさん、絶対に心配してる。早く晃を前の世界に戻さないといけない。禁呪。禁呪を知れば、使えれば……。

 

「……聞きたいことはこれだけ。今日はありがとね」

「ん。あんまり役に立てなかったけどね」

 

お互いゆっくり立ち上がって、笑う。

 

「それじゃあ寝よっか。時間も遅いし」

「暖炉に薪くべとくから先に寝てて?お休み、ユキ」

「ありがとう。お休み」

 

手を小さく振って、背中を向ける。

背後でゴトッとなにかが落ちる音がした。きっと薪だろう。部屋を照らす明かりが大きく揺らぐ。一瞬真っ暗にもなりかけた部屋は徐々にオレンジ色に染まってパチパチ音が聞こえてきた。さきほどの異様な雰囲気は柔らかな温もりに塗り潰されて影もない。

振り返ればリオの背中が見えた。きっと私が立ち止まったことに気がついているのに、手はゆっくりと動き暖炉に新しい薪をくべている。炎がまたぐらりと揺れた。

 

 

「探してた文献は見つかった?」

 

 

小さくなっていた火がくべられた獲物を糧に大きくなっていく。部屋を照らす明るい光りのお陰でリオの姿はしっかりと見えている。僅かにはねた肩の小さな動きだって見えた。リオは立ち上がりもせず振り返りもしない。火かき棒の擦れる音が聞こえる。

 

「いいや、見つからなかったよ」

「そっか」

「ユキ」

「なに?」

「お休み」

「……お休み」

 

はっきりと告げられた終わりの言葉に抵抗する理由はどこにもない。 今度こそ部屋に戻った。

  

 

 

 

 

 



 

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