19.誰かの呟き

 

「廻り逢うそのときに」19話。

【戸惑いと誘惑、誰かの呟き】

禁呪の作られ方

 

 

 

 

パチパチと音を立てる焚き火の前はほんのり暖かい。抱えた膝の下にまわした手で足をぎゅっと引き寄せる。ゆらゆら、ゆらゆら火が動く。熱くて目を焼く光は消えまいとばかりに身体をどんどん燃やしていく。

 

「考え事?」

「え?あ、はは、ちょっとね」

「そ?」

 

隣にリオが座る。

ダラクは……そうだった、いまは温泉に入ってるんだ。私は明日に備えてそろそろ寝なくちゃ体力が回復しないなあ。どうしよう。分かってるのに寝れないや。

ザートとシリアさんの言葉が頭にこびりついて木霊する。ずっと考えてるんだ。ダラクの目的、隠してること、リオの言った言葉、これからのこと――なにか考えていないと不安に押しつぶされそうだった。

全く使い勝手の分からない魔法だって大きなネックだ。初めて魔法を唱えたとき、自分自身のことなのに半信半疑で、ダラクに言われて確信を持った。なのに、いまは自分で分かるんだ。私が魔法を使えることも、その魔力の強さが分かってしまう。リオの話した物語の女の人を重ねてしまう。あの女の人は魔力の強さが招く惨事の可能性を知ってたのに、力は暴走して一つの国を滅ぼした。

なら、私は?

どうなるんだろう。ソレを招かないって言えるだろうか。

 

私、怖いんだ。

 

オルヴェンに来た理由なんて前の世界から逃げたかっただけ。なのにこんな危ない力があるなんて怖くて、もしかしたらまた……ううん。それじゃ、駄目だ。ここに来たことの後悔はない。色んな幸運に巡り合って、楽しいってこれをしたいって思えるようになった。ここに来れて本当によかったし、ここで生きていきたい。

だからもう逃げない。そのためにはここで生きていけるようにしていかなきゃ。怖がってるだけじゃ駄目なんだ。

 

「ユキ」

「え?あ、ああごめん。なに?」

「それ止めときな。言ったろ?しすぎると体力奪われて倒れるって」

 

膝の下で隠していたのに見つかってしまった。恵の雫が奪われる。

顔を上げると目の前に厳しい顔つきをしたリオがいた。

 

「ごめん。ちょっと、早くコントロールできるようになりたいなあ って」

「なに焦ってるの。時間はあるでしょ」

「まあね」

 

時間あるかな?

そう言いそうになる自分を抑え込む。だって私、考えたんだよ。目的の為にそれを叶える誰かを探すダラク。その人に繋げるだろう私。禁忌を犯して命を狙われているダラク。どうしても、なにをしてでも叶えたいだろう目的。私とダラクが対峙する確信。それはどんな状況?そのとき私たちはどうなってる?

怖いぐらいの力を持ってるダラク。それだけなら比較にもならなかった。なんの問題もなかったんだろう。もし目的を邪魔されても黙らすことが出来る。 

でも国一つ滅ぼす魔力を持っているらしい私が邪魔をするとなったら問題だろう。

 

どんな状況だろうか。

 

ダラクの目的が止めたいものだったら、止めようと私がしたなら、 そんな邪魔な私をダラクは――私は――この魔力をコントロール出来るだろうか。 パンッ、なんて。

 

「なにがあったのさ?」

 

ちらりと隣を見れば、リオの視線は焚き火に向けられていた。私も焚き火に視線を移す。パチパチと音を立てて消えていく炎はとても綺麗だ。

 

「……もし、だよ。もしリオの大切な人が死んじゃったときリオならどうする?」

 

さっきとは違ってリオから痛いほどの視線を感じる。私はその目を見ることができなかった。少しの間をおいて、リオは口を開く。

 

「どうするって、どうなるかってこと?」

「そ、だね」

 

本当は、違うけど。

そう声には出さずにリオの返事を待った。期待はしていなかった。

 

「……分からないね。中には発狂する人もいたりするって聞くけど、俺にはまだ分からない」

「そっか」

 

 私なら……ダラクなら――

 

「昔、大切な子と別れないと駄目になったことがあるんだ」

 

思いがけない言葉に驚いて、リオを見る。リオも私を見ていた。しばらく視線だけが絡む。リオは真剣で、だけど寂しそうに笑っていた。

 

「大切な子だった。笑った顔が可愛くて、いっつも欲しい言葉を言ってくれて、側に寄り添ってくれる子だった。幼心に絶対にこの子は俺が守ろうって思いながら毎日修行してたよ。……でももうその子は、いなくてね。あの子を守る為につけてきた力は結果的にはあの子を守ることになったけど、その代わり俺の側からあの子は消えることになった。あの子が生きていてくれたらいいって割り切ろうと思っても割り切れない。でももしあの子が、あのとき俺が何もしないせいで死んでしまったら……。そうだな、俺は狂ってしまっていたかもしれない。……それこそ、 禁呪を使っていたかもね」

 

リオは相変わらず真剣な表情で、それでいて私の反応を見るかのような冷静な態度だった。その目が訴えることがなにか分からなくて、言葉に出来なくて、ただリオを見返すしかできない。 “禁呪”という言葉に思い出したダラクにひどく動揺して、身体が少し震える。

なんでいまその言葉を言ったのか。

 

「……禁呪はね、名のとおり禁じられた呪のこと。魔法にも系統とか特性とか弱点とかメリットとかデメリットとか色々あるんだけどね、それら全てをひっくるめて絶対に使ってはならないんだ。使ってしまったときの代償が大きくて、それは自分のみならず他のものを巻き込んでしまって影響が大きいんだよ。一つの望みに他全ての望みを失う覚悟が必要なんだ。大切なものを失うことをね。あの物語に出てきた女のように」

 

リオは私に聞かない。

なぜ、急にこんなことを聞いてきたのか。

リオは私に言わせない。

なぜ、そんな話を自分にするのかと。

 

「ユキ。力があるのは怖いことだと思う。だけど使い方を覚えれば被害を避けようと思えば避けられるんだ。だからこれから知っていけばいい。それにね、ユキ。なにがあったかは知らないけど、ユキには俺がいるから。……一人で悩むなよ」

 

リオは私の頭を撫でたあと、そっと立ち上がった。離れていく体温に名残惜しさを感じてしまって、手を伸ばしそうになったのをなんとか堪えた。溢れてくる涙がこぼれないように歯を食いしばって、乾いた喉をなんとか動かす。

 

 

 「ありがとう」

 

 

リオに届いたのかは分からないけど、リオは一度肩をすくめたあとまた自分が元いた場所へと戻って行く。

 

大切な人が死んじゃったらどうする? 

お母さん、お父さん。 私はその現実から逃げたよ。そして今ここにいる。……どうするんだろうね。もしまたそんなことが起きたなら私は――もう逃げ場なんてないのに。

パチパチ、パチパチ。

焚き火の音が遠くに聞こえる。ゆらぐ温かい風。視界は真っ暗で、なにも私を脅かすものはない。暗く静かな夜の時間。

 

 

 

「もし、ね」

 

 

 

誰かがそんなことを言った気がした。

 

 

 

 

 

 



 

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