13.守人

 

「廻り逢うそのときに」13話。

【約束と秘めた言葉、守人】

不穏な空気

 

 

 

 

 

絶望的に薄暗くなっていく景色を横切りながらリオのことを考える。

女顔だったけど男らしくて、戦い慣れしていた。そして……私を覆ったあの身体、耳元で聞こえた低い声、私を見たあの真っ直ぐな瞳――なにを考えているんだ。

ただ単に私が男に免疫がないことが理由なんだろうけど、どうにも落ち着かない。

それに不思議だ。恥ずかしいのと同じぐらい、私は彼に安心感を覚えていた。しばらくこのままでいたいなんて思っていた。

 

私、おかしい。それに馬鹿だ。

 

おかしな自分に気が動転してあの場から逃げ出してしまうなんて、本当に馬鹿だ。

この世界でまた会うなんて簡単なことじゃない。シリアさんから貰ったコクトのような物がない限り、携帯電話どころか住所もなさそうなこの世界でどうやってまた会えるだろう。可能性はどう考えたって低い。

最後に見た顔が忘れられない。そういえばなにか言っていた。なんて言っていたんだろう。なんならいま引き返してみようか。魔法が込められた武器に詳しそうなリオならコクトも持っていそうだし……。

いや、駄目だ。

ダラクが待ってるし、そこまですることでもないだろう……。

 

ああ、でも――なんであんなに驚いてたんだろう。

 

私の名前を復唱しながら驚いたリオは誰かに似ていた。誰かに……ああ、カリルさんだ。カリルさんも私の名前を聞いて驚いた顔をした。なんでだろう?知り合いと同じ名前だったんだろうか。

他にも疑問がある。なんでリオはあんな場所でからまれていたとき、大人しくしてたんだろう。最後に男を気絶させたリオの動きは無駄がなく素早かった。そのあとの言動を見るに、からまれるのを含め戦闘や略奪は慣れきった行動みたいだ。3人だから勝てないと思って動かなかった、なんてことはまずありえない。外見とは裏腹に攻撃的な性格みたいなリオが喧嘩を売られて黙っているのも腑に落ちない。

アイツラなにか言ってなかったけ?リオが喋らないとか何とかって。

 

「なに、考えて、のかっ」

 

無意味なことだと分かってるのに、走って息が切れる私の頭を次から次に疑問が埋め尽くしていく。また会える可能性が低い人の言動を気にしてもしょうがないし、初めて会った人に分からないことがあるのも当然のことだ。

変な人、それだけでいい。

そう終わらせないと景色と同じように気持ちが暗くなってなにも見えなくなりそうな気さえした。

薄暗い景色のなか、うっすらと待ち合わせ場所が見える。そこに一つの大きな人影も見えた。

ようやくなにか吹っ切れたような心地になる。

 

 

「ごめん遅れた!」

 

 

待ち合わせ場所にすでにいたダラクに謝りながら近づく。

するとダラクは輝かんばかりの笑顔で「昨日よりかは大分ましだから大丈夫だ」などと嫌味に感じられるようことを言った。事実嫌味だろう。どうやら少々お怒り気味らしい。15分程過ぎただけでなにさ、と思ってしまうけれど、私だって待たされたら怒るだろうから、ブ ツブツと嫌味を言うダラクの言葉に文句は言わないでおく。それよりも――

 

「ダラクは魔導師の手掛かり見つかった?」

「まったく」

 

 予想通りの返事ながらもどうしようもない脱力感が襲う。もう別に魔導師に会わなくてもよくないか?そんな願いともいえる思いを抱いてしまうのはしょうがないと思う。

 

「私も同じく。どうする?もう日が暮れてきてるしさ」

「できれば今日中にここを立ちたかったんだけど魔導師には会っておきたいし、今日は適当に宿探してまた明日探そう。明日探して見つからなかったら次に行く」

「分かった」

 

どうやらダラク流でいくと、色々な場所へと旅する合間に寄る街などにはほとんど宿泊することはないらしい。必要なものを仕入れるだけなのだそうだ。ラミアの城下町に劣るとはいえカルティルは見所満載なのに……凄く勿体ない。

 

 

 「で?」

 

 

街に思いを馳せて夢心地になっていたら、ダラクが目の前で腕を組みながら立った。しかも真顔だ。気のせいじゃなく怒っていた……。待ち合わせに遅れたことが理由じゃなさそうだ。

 

「……なにが?」

 

ダラクが顎を軽くあげる。視線は私の腕から離れなかった。そこはちょうどあの路地裏にいた男たちに絡まれたとき掴まれた場所で、はっとする。

見てみればそこはうっすらと手形を残して赤く腫れていた。それはダラクの居ぬ間に喧嘩してしまったことを如実に物語っている。

痕が残るほど捕まれたのか……どうりで痛かったはずだよ。

 

 

「で、なにがあったわけ?」

 

 

私が一人で納得していると、ダラクはいまもなお腫れたままの腕を見ながら言った。慌てて答える。

 

「ちょっと絡まれただけ」

 

ここは一つなんの問題もないことをアピールしよう。腕を上下に振って「大丈夫」と胸を張ってみる。でもなぜかダラクは更に不機嫌そうに顔を歪めるから焦ってしまう。

そしてその顔つきとは裏腹に私の腕を優しく掴んで動きを止めさせる。その動きがまるで壊れ物でも扱うように丁寧だったから、不可解な熱が頭にのぼった。

 

ダラクはいつも私に触るとき大抵そっと触れる。

 

それは触られるほうにしたら凄く恥かしくてたまらない。 ……そういえばリオもそうだったけど、ダラクに触られても嫌だって思わない。

アイツらとの違いはなんだろう?信頼しているから?……絶対に私に危害を加えないって確信してるからだろうか。

 

「なんでこんなふうになってんだよ」

「大袈裟だよ。こんなの怪我にもならない。話の通じない人たちだったから帰ろうとして腕を掴まれただけ」

「複数だったんだ?」

 

睨むような鋭い視線が私を貫く。いつもヘラヘラしてるくせになんでこうやって急に怖くなるんだろう。もう質問じゃなくて尋問されているような億劫な気持ちで答える。

 

「うん、よ――三人だけ」

 

リオは別に関係ないかと思って言いなおすと、ダラクはまた私を睨む。

いい加減、その視線がうっとうしかった。

 

「四人なのか?」

「絡んできたのは三人。リオは助けてくれたの。というか人数はそこまで重要?」

「……リオ?」

「うん。助けてくれた人の名前」

「男なのか?」

「…………男だよ?」

 

あえて私が即答しなかった理由は控えておこう。

 

「ねえ、早く宿とらないとうまるかもよ?」

 

理由の分からないことで怒られるのは好きじゃない。だからちょうど沈黙が流れたときしめたとばかりに話を変えてみる。ダラクはまだなにか渋るような顔をしてたけど、宿探しを了解してくれた。

よかった。これでまだ話が続いたら非常に面倒だった。

そしてさあ宿探しに行こうとしたときだった。誰かに腕を引っ張られた。

 

 

「ユキ、探した」

 

 

もう聞くはずがない声だった。

驚いて振り返るとそこには少し息を 荒げたリオがいた。え!なんで。探したって、私を?

 

「な、なんでここにいるの?」

「ユキの後を追ったから」

「な、んで?」

「……その質問の前に答えてね。こいつはなんなわけ?」

 

私の腕を握る手がわずかに強まったと同時にリオは顔を険しくした。ダラクもリオに負けない威圧的な表情でリオを睨んでいる。間に挟まれた私はもう視線を上げることが怖くて俯く。

この状態怖すぎるんですけど。

黙る私に代わってダラクが先に口を開いた。その口調からリオの登場を歓迎してはいないようだ。

 

「お前に名乗る必要がない。それよりもユキの手を離せ」

「お前の名前なんて聞いてないね。お前はユキのなになんだと聞いているんだ」

 

ヒュウッと冷たい風がダラクとリオの合間を通り抜けた。私はというと笑えないこの状況にただ黙るしかできない。ダラクも怖いけれど、リオに関しては柔らかかった口調ま で変わってるもんだからかなり怖い。おかげで手を握られてドキドキしてしまうのが違う理由でドキドキするようになってしまった。

 

「――なにが言いたい?」

 

リオが更に顔を険しくさせる。そして肩をすくめたあと(気のせいじゃなければ)嘲るような笑みをして言った。

 

 

「なんでお前がユキといる?ダラク=カーティクオ」

「っ」

 

 

リオの言葉にここで初めてダラクが狼狽した。リオは相変わらず喧嘩腰で冷たい視線のままダラクを見ているけど、ダラクは驚きのあまり言葉を発するのも忘れてしまったかのように呆然とリオを見ている。その目はなにか暗いものを宿していて、揺れていた。

ダラク=カーティクオって……ダラクの本名?

状況についていけない私はせめて会話を理解しようとするけど、疑問が浮かぶだけで会話にもついていけない。

 

 

 「お前はなにもんだ?」

 

 

間を置いて発せられたダラクの低い声が聞こえたと同時に、辺りに気味の悪い重たい空気が流れた。前にも感じたこの慣れないものに肌が粟立つ。

なんでこうもダラクはリオを警戒するんだろう。

知られたくなかった?

知られてることが信じられない? 本名を?

対してリオはダラクの殺気に動揺することなく、むしろ望むところだったのかこの状況を楽しんでいるようだった。

 

 

「名はリオだ。お前なら守人のことを知っているだろう?俺はその一人だ」

 

 

リオの返答にダラクが固まる。そして息をするのも憚られるぐらい空気がピリピリした。

沈みかけている陽が濃く薄暗いオレンジ色で世界を覆い尽くしていく。この時間帯にはもうこの街の人は出歩かないらしく、辺りはとても静かだった。それにも関わらず、リオが放った言葉でこの場は更に静まり返って廃墟のようだ。

リオの言葉がなにを意味するのか私には分からないけど、夕日に照らされたダラクの横顔からそれが“ありえないこと”なんだって分かった。

ダラクの顔は驚きと、そして僅かな恐怖が滲んでいた。守人だなんてファンタジーだなあ、なんて思ってる場合じゃない。

 

 

「場所を変えよう」

 

 

辺りに人なんていないのにリオはそう言って、戸惑う私の腕を引っ張る。ダラクはなにも言うことなくリオの後ろをついてきて、それから3人無言のまま街を歩き続ける。

 

どうしよう。

話についていけれない。

 

 

 

 



 

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