06.拙い約束

 

「廻り逢うそのときに」06話。

【ダラクという人、拙い約束】

違和感

 

 

 

 

 

 

「す、ごっ……!!」

 

 

あのなにがいるだか分からない海と物騒な空を乗り越えた私たちは、空から落ちているときに見たお城の城門前まで来ていた。といってもお城はこの場所から更に奥に見えるから、正確には城下町前だとは思うけど……なんていうか、凄い。

草原に突如現れた島に間違えてしまいそうなほど大きな円状の堀、その中にあるお城と城下町。その場所に繋がる架け橋は一つだけで、あまり広くはない。橋を通る人がいる。人が――異世界に住む人たちがいる。

ダラクの後ろを追うように歩いていたけど、止まってまじまじとそれらを眺めてしまう。

 

お城、だよね……。

 

初めて生で見たお城は今まで教科書に載ってあったものとはまるで迫力が違う。灰色の城壁はどこまでも続いてそびえ建っていて、見るものを怖気つかせるような威厳を漂わせている。城門だって負けちゃいない。いまは開かれてるみたいだけど、それでも分かるこの迫力。何本の木を──それもどれだけ大木を──使ったか分からないほどの高さと幅を持ち合わせていて、怖くなるほどだ。きっと開け閉めにはかなりの人数の力が必要なはず。

ここは本当にお城なんだ。立ち止まってる間にも隣を行き来する人々がいるような、使われているお城。廃墟とか遺跡なんかじゃない。いま使われてるお城!

ココに来てからずっと高鳴りっぱなしの心臓はもとの規則正しい鼓動を忘れているみたいだ。ドキドキ、ドキドキずっと鳴っている。

ありえない、と思うようなことがありえるこの世界が、とてもとても新鮮で──心は歓喜に満ちていた。

 

見たい、知りたい……!

 

気持ちが、止まらない。子供みたいになんにでも目がいってしまう。

ふと、視線を感じた。

見ると笑いをかみ殺していたダラクと目があった。かあっと顔に熱が上る。

 

 

「ほら、突っ立ってないで入るぞ」

「あ、待って」

 

 

言った瞬間歩いていったダラクを追いかける。なにか急ぐのか足早で、なかなか追いつけない。しかも人が賑わってきてなかなか人波にのれない。ダラクの赤いハチマキを見逃さないようにしながら小走りで人の間を縫っていく。感慨深かった場所をことごとく通り過ぎていくのが惜しかった。

だけど架け橋の先にある城門前で、ついに足が止まる。

城門に立つ兵隊さんらしき人(!)の見咎めるような視線にドキリとしながら、はたから見たらおのぼりさんみたいだろうけど見上げる。大きな、大きな扉だった。釘のような大木の先が迫るような迫力で上にある。大木をかくすように前後にある灰色の城壁はいくつもの年代を越した古さを感じる。そして城門の先にある、色とりどりの世界。

入ることにほんの少し躊躇を覚えてしまうこの異世界。だけど、息を呑んで、飛び込むようにして──私は改めてこの世界の中に足を踏み入れた。

 

 

「う、わ……!」

 

 

城門を越えた自分の足がたまらなく嬉しい。城門を越えた先から聞こえるのは、人の声、子供たちの笑い声、生活を営む音、楽師によって奏でられてるだろう楽器の音──本当に異世界で、頬は勝手に緩む。

この場所に来るまでに初体験した魔法は海の上を浮遊しながら歩くっていうもので(落下を防いだのもあるけど……)、どんな原理が働いてるのかまったく分からなくて興奮した。だけど!それを越す興奮がここにはあった。理解できない魔法じゃなくて、リアルな違いがここにはあって……!

 

あ、れ?

 

首を傾げてしまう。自然と移った視線は、ココに住む人たち――異世界に住む人だ。それだけで膨らむ想像は、それこそ宇宙人だとか火星人だとかうにょうにょしたクラゲみたいなものを想像したんだけど、違うかった。

普通の、前の世界となんら変わらない人だった。いうなら外人ばかり。いや、ここでは私のほうが外人だろうか。とにかく、ダラクを見るに人型だということは分かっていたし、これまで見た人からも察していたけど、ちょっとした期待外れな気持ちは否めない。

異世界の人は火星人でも宇宙人でもクラゲみたいでもなくて、ただの人だった。新しい知識を加えてもうちょっと、気づかれないように観察する。

服装でさえもTシャツや長ズボンといった感じて大して変わらない。文明が似てるんだろうか。といっても見た感じ化学繊維で出来たようなものはなく、綿とかで出来た自然素材のものだけらしい。プリントTシャツなんてものは一切ない。なんだか旧ヨーロッパ文明と現代が微妙に混ざったような感じだ。

大抵の男の人はその格好に腰布を巻いていたり、たまに男の人用?な感じのワンピースみたいなのを着ている人がいて、女の人はサリーみたいなものやマキシ丈のワンピースが多い。ズボンは少ない、というか今までの間で一人ぐらいしか見ていない。他には──

 

 

「わ」

 

 

いた。

前の世界でもたまに見た、コスプレのような格好。旅をしてます、といった格好や、布を何枚も重ねた服とか、奇抜なデザインとか、かなり露出した格好とか……っ。しかし半裸に甲冑だけつけてるのって、どうなんだろう?防御力はあるんだろうか?

よく分からないけど見てる分にはとっても楽しい。異世界って感じだ。

異世界。

 

 

「セーラー服は目立つなあ」

 

 

自分が着ているセーラー服のスカートをつまみながら、また刺さった視線を見返せば、ふいと視線が逸らされる。セーラー服はこの世界では珍しい型なのか、やたら人と目が合う。痛いぐらいの視線にちょっと肩身が狭い。どこか好奇心を帯びた視線は全身に、それこそ下から上まで移っていく。

魔法が使えないといったら異世界だしね、って終わらせられるけど、まさかこんな、服っていう身近なもので異世界の壁を感じるとは思わなかった。

異世界っていう課題はまだまだ他にもありそうだ。

 

 

「……ダラク」

 

 

急に心細くなって、いまのいままで忘れていたダラクを探す。がやがや賑わう人ごみ。

いない。

辺りを窺いながら歩いてるせいで色んな人にぶつかってしまう。その度に謝りながら、でも辺りを窺うのを止められなくて──怖くなった。

あんなにも輝いていた場所が次第に遠く離れていく。ここはどこだろう。私は、私は……。胸が張り裂けそうなほど、どの言葉もあてはまらない感情で胸がいっぱいになる。弾けて、なにか壊れてしまいそうなほどの、とにかく怖い……不安なもの。血の気がひいていく。

見つからなかったら?見つけれなかったら?どうしたら……。

ひゅ、と息が声をあげる。

 

……見つけた。

 

瞬間、駆け出したくなったけど、足が動かなかった。人ごみに少しだけ飛び出した黄土色の髪。風になびく赤いハチマキ。飛び出した不自然な剣の柄。蒼の瞳。

ゆっくり近づいてくる。私もゆっくり歩いてダラクの近くに行く。

 

 

「どうした?迷子になってたか」

「別に」

 

 

笑うダラクから目を逸らす。行くぞ。そう言って歩き出したダラクはさっきのことを思うとひどくゆっくりとした歩き方で、なんともいえない気持ちになる。ダラクに見えないように口を尖らせる。人のいない端っこでいじけたいような気持ちだった。今度こそ見失ってたまるかと心に誓って、ダラクの背中を見ながら歩く。

 

ダラクって、不思議。

 

空から落下してるような怪しすぎる私のためにわざわざここまで連れてきてくれたし、ついでだからって城内まで案内してくれる。ことあるごとにからかうように笑ってくるけど嫌な奴じゃない。

 

 

「もう迷子になるなよ。ここ、大通り」

 

 

……ヤな奴。

振り返って笑いながらそういったダラクに文句の一つでも言ってやろうとして、言えなくなる。

角を曲がって見えたのは大通りって言葉がぴったりな場所だった。いままで歩いた道の中で一番人で賑わってるのは当たり前のこと、綺麗な花や樹木が景観を考えて植えられていて、カラフルな色調のお店がズラリと立ち並んでる。レンガで造られたレトロな雰囲気の壁で囲まれて、人の笑い声や売り文句が飛び交う。

すごい。

あれは、なんだろう。あそこに並んでるのは食べ物?あれは?

屋台というには物足りないほどに綺麗な出店に置かれているのは色とりどりの果物や野菜や肉。と思えば綺麗な布や高価そうな置物なんてものもある。隣を行き交う人の中には頭にかごを乗せて歩きながら商売をする人までいた。道に布を敷いてバザーのように店を出している人もいる。

 

 

「わ、わ、わー」

 

 

なにを見たらいいのか分からなくなるぐらい色んなものがある。

さっき誓ったことも忘れてダラクそっちのけで見てしまう。幸いなことにダラクは私に合わせて歩いてくれたからはぐれることはなかった。そんな気遣いに気がつけたのはしばらく経ってからだ。もうダラクには感謝の言葉しかない。

 

ああ。異世界の課題なんて、こんな素敵なものたちに比べたら小さいもんだ。

 

それに私は初心者なんだから、分からないことだらけで当たり前だ。考えても仕方がない。いまはただ目に映るものをしっかり見て、これからいっぱい覚えていけばいい。

そう、これから。

 

 

「初めて見るのか?首都ラミアだぞ?」

「うるさい。初めてですけど?いいじゃんか」

 

 

またダラクに田舎者にされた。本当に何も知らない田舎者だけどなんだか悔しくてぶっきらぼうに返す。睨んでも笑ってくるところとか見てると、私が子供みたいで悔しい。

 

「え」

 

驚いた。

手元に感じた生暖かい感触に眉間に寄っていた力が緩む。私の手に絡む自分のものじゃない長い指。ダラクのだ。

引っ張られて、私は引っ張られたままに動く。息を呑んだ。

 

 

「案内してやるよ」

 

 

……う、わあ。

ダラクが笑った。からかうようなものじゃなくて、楽しそうに笑ったのだ。まるで子供のような無邪気な笑顔に、初めて男の人を可愛いと思ってしまった。……不覚だ。きっと赤くなってる頬を抑える。いまは背中しか見えないことにほっとした。

海の上でだって手を握ったけど、なぜかいますごく恥ずかしい。あのときは興奮状態だったからなにも思わなかったんだろうか。

自分のものとは違う男の人の手。柔らかくなくて硬い。大きな掌に、カサついてる長い指。ところどころ皮が膨らんで肉刺ができていた。きっとダラクの背中でガシャガシャと小さな音を鳴らしている大きな剣によってできたものなんだろう。

大分使いこんでる。

……ということはRPGでいうところの敵キャラがこの世界にはいるんだろうか。スライムとか?どうだろう。いるんだったら見てみたいとは思うけど、それは置いておいて──他に、ここでいうところの敵キャラってやっぱり盗賊とか賞金首とかだろうか。武器を持って城下町を歩いてもなんの咎めもないんだから、武器を持つことは別に普通のことなんだろう。だったら仕事だって武器を使ったものが在るはず。トレジャー、ハンター、賞金稼ぎとか!というかそれしか思いつかない!

 

うわあ!楽しみすぎる!!

 

わくわくして顔が緩みに緩む。本当に久しぶりだった。こんなに感情むき出しになれるのも、笑えるのも。なにもかもが新鮮で、嬉しくて、興味を持ってしまう。この世界でなら──前の世界じゃないこの世界なら──私の生きる意味というか、私の場所が見つけられるかもしれない。そう思えた。

課題は多いけど、ね。

また感じた視線にうんざりしてわざと視線を合わせてみると、案の定視線はすぐに逸れた。

 

うーん。本当に私のほうが異世界人なんだなあ。

 

なんて感心してしまう。あらかたここを見学してて分かったのは、日本人に似た人が一人もいなかったことだった。これは結構大きなことだと思う。

なにせ周りはみんな背が高いバランスのとれた方々ばっかりで、ほとんどの人が金髪、茶髪、赤茶、プラチナブロンド。黒い髪に茶色の眼、加えて低い身長の人なんてほとんどいない。黒髪の人や、ついでにいうと茶色の眼の人を見たのは片手ほど。私と同じぐらいの身長の人なんて子供──だと思うけど──ぐらいしかいない。きっとこの世界で日本人は珍しい存在なんだと思う。

城門からずっとあった視線の謎が解けたけど微妙に嬉しくない。セーラー服とのコラボで異世界人ですって気づかないうちにアピールしてたと思うと、なんだか恥ずかしい。せめて服だけでも着替えたい心境だった。自然と服に似た布売りの店に目がいってしまう。

 

 

「らっしゃい!寄ってってねえ!いまなら安くしておくよ」

 

 

眼が合った店主が気のいい笑顔と一緒に声をかけてきた。

えっと、どうしたらいいんだろう。

悩んでる間にも動いてる足が店から距離を作っていく。結局、愛想笑いを返すだけしかできなかった。

凄い活気だ。家の近くにある商店街は賑やかといえば賑やかだけど、ここほどじゃなかった。なにより人の表情が違う。あそこは、ただ忙しそうに無表情で歩き回る人が多かった。誰とも目をあわさないでひたすら通り過ぎていく、あの世界。

 

駄目、だ。

 

同時に思い出すのは、独りで過ごした部屋、お母さんお父さんが死んじゃった日のこと、それからのこと──。いまのいままで気分も景色も鮮やかだったこの世界が段々色褪せていく。

 

駄目。

 

異世界に逃げてきてまでこんなこと考えてたらなんの進歩もないじゃない。ここはあの世界なんかじゃないんだから大丈夫。

思い出さないでいいんだ。もう、なにも、思い出さなくていいんだか……ら。

『ごめんな……。約束……守れそうにない』

───え?

突然、頭に響いた誰かの声。それはすごく切ない響きを持って頭に何度も木霊する。

な、に?苦しい……。

胸が締め付けられて、なんでか悲しくてたまらなくなる。

『もう、なにも、思い出さなくていい』

だけど、思い出さなくていいと言うから──

その言葉を機に耳鳴りのような音が頭の中で響く。ビィン、と。

 

……あ、れ?

なんだろ。頭、痛い。って、意味分からない。……悲しい。

 

胸にぽっかり穴が空いてしまったような虚無感が心を支配して、ズキズキ痛む頭がただ悲しいって私に伝えてくる。

 

 

「どうした?さっきから黙りこくって。しんどいのか?」

 

 

ダラクの声が聞こえて、現実に引き戻される。考えごとに夢中だったらしい私は、歩くのも止めて立ち尽くしていたらしい。ダラクが心配そうに私の顔を覗き込んでいる。

あれ、私なに考えてたんだっけ?

 

「……なんだっけ?」

「はっ?」

「あー、なんでもない。それよりさ、ラミアって広いよね。他の国の首都ってぜんぶこんな感じなのかな……って、どうしたの?」

「──いや?ラミアは他国と比べるとまだ狭いほうだな。質はいいけど」

「そうなんだ」

 

妙な反応を見せたダラクの様子が気になったけど、それどころじゃない。考えてみれば普通のことかもしれないけど何せこの国(この世界?)に来てせいぜい2時間ぐらいだ。なんにも知らない。自分で簡単に言っちゃったけど、前の世界と同じように他にも国があるんだ。自分の眼で見える世界が自分の世界の全てって無意識に思ってた。

 

知らないことがいっぱいある。ぞっとするぐらいなにも知らない。

 

通貨は?──そもそも持ってないし──地理は?服は?常識は?他国って、他には?魔法は??──私って、本当に異世界の人間で、ただの無知な人間なんだ。

……現実ってシビアだな。

でもいま独りじゃない。さっきと変わらずじっとこっちを見てくるダラクは、思えばこの世界に来てからずっと一緒に居てくれてる。ダラクが居てくれてよかった。心底、そう思った。

 

 

「──って、なんだよ。俺の話聞いてた?俺に見惚れてんじゃねえよ」

 

 

うん。

こんなことう人が身近にいると救われる。ばからしさに悩んでても、まあいいかって思えてくる。

 

「あはは、まさか。それと、ゴメンだけどもう1回。他の国ってどんな感じ?」

 

……まさか、ってひどくね?

呟くような声が聞こえたけど、きっと気のせいだろう。

 

「あー、そうだな。4大陸を治めてる4カ国が特徴的っつーか、大まかに言ってしまえば軍事国家のカナル・貿易国のラザルニア・自由の国のキルメリア。そして、この魔法国家のラミアがあるな。他には──」

 

4大陸を治める4カ国?まるで国がそれしかないみたい。4つしかない分覚えやすいけど、たった4つだけに分けられるってことはそれだけ特色があるんだと考えれば軽視できない。

 

 

「なんか、凄いね」

 

 

遮ってしまって悪いとは思ったけど、つい口に出してしまった。だけどダラクは気にも留めなかったみたいだ。代わりに「そうだな」と返してくる。

 

「ユキ、ほんとになんも知らないみたいだから言っとくけど絶対にキルメリアに近づくなよ。あそこは、ヤバイ」

 

いままで事あるごとに田舎物と言ってからかってきたのとは違った。なんでそんなに真剣な顔でいうんだろう。“自由の国”なのに。

 

 

「……何で?」

「何て言ったらいいかな?ま、良い意味でも悪い意味でも自由なんだ。何しようと、な?個人の楽園が普通に実現できる場所だ。最もあそこの普通は一般の普通とは違う楽園だけど。薬でも殺人でも奴隷でもなんでも、したいと思えばさせようと思えばできる場所……強さの方向性が違うが、キルメリアではカナルのように舞台をのし上がる力があるならすぐに望むものを手に入れられるようになってる」

「……。よく国として成り立つね」

「そこはとんでもない力を持った奴が上に立ってることで守られているらしいな。見たことはねえけどソイツは常軌を逸してるだろうよ。作ろうとした楽園が他の奴と重なるなら血みどろの奪い合いだが、そんな場所でずっと上に立ち続けてるんだしな」

「なんか、力が全てみたい」

「そうだ。勝てばこの世の楽園を、負ければ這い蹲り泥をすする最期を。選ぶことの出来る自由だ」

 

 

普通じゃないことが普通、それが自由の国──キルメリア。ダラクはどこかやるせないような苦々しい顔だ。いまの私の顔はどうだろう?ふと、疑問に思う。

自由──自由……っ!

 

「ユキ?」

「へっ!?何?」

 

どうやら何度か私の名前を呼んでいたらしい。目の前に怪訝そうに私の顔を覗きこんでくるダラクがいた。なにか見透かすような視線にいたたまれなくなって顔を逸らす。まだダラクの視線を感じたけど、なにも言ってはこなかった。少しして、まあいいか、と言って歩き出す。大きな背中が見えて私も歩き出した。

……ああ、よかった。

胸を撫で下ろして、気がつく。なんで私いま、よかったって、思ったんだろう。

 

 

「見てみろよ」

 

 

少し先を歩くダラクが上の方に指を向け立っている。ちょうどよかった。考えることを止めてダラクに見習う。

 

う、わ!

 

そこには、全てを圧倒してしまう威厳を持つ大きくて真っ白な城があった。純白のお城なんて、夢でしか見たことない。しかもお城の周りにはさっきもあったはずなのに灰色の長い大きい城壁があって、どれぐらいの太さなのかが分からない大木で出来た城門もある。二重防護なんだろうか?それにしても規模がでかい。

なにか言おうとしても、すごい、としか言えないほどに立派なお城だった。綺麗で立派で眼が離せなくなるような──理想的なお城。

なのにどこか違和感がある。そんなことを思ってしまうお城。あんまりにも夢で描いたような完璧なお城のせいか、変、と思ってしまう。

 

……え?

 

目を擦ってもう一度お城を見上げる。だけどそこにあるのはやっぱり完璧な姿を保つお城で、当たり前だけどその場所から変わってない。

……ブレて見えた気がした。

正確には動いたように見えたお城に首を傾げる。まるで生き物みたいに動いたように見えたんだけど、まさか、ね。

 

 

「これがラミアの王がいる城だ」

 

 

隣で聞こえた声はひどく淡々としていた。きっとダラクの声だ。確信を持って言えないのは、その淡々とした声にゾッとするものを感じたからだ。さっきまでの明るい表情からは考えられないほどに、ヒヤリとしたものが漂う。ふいに指の先が冷たいなと感じた。見れば、小さく震えていた。

恐る恐る、なんておかしいけれど、とにかくゆっくりダラクのほうを見る。ただの私の勘違いであってほしい。きっとなんでもないような顔で、笑っているはずだ。

──ダラクは、無表情でお城を見上げていた。

瞼の下から上を見上げ動かない瞳からはどんな感情も見つけられない。薄く開いた口は呼吸をしているのかも分からない。止まっているように見えた。そしてそれは一瞬だった。鼻に一線シワが寄ったかと思うと、瞳は歪み、眉間にぐっと寄ったシワがとんでもない感情を押し殺すように深く刻まれる。力の入った手が軋むように拳を作り、耐えるように歯を食いしばる。

様子がおかしいというレベルじゃなかった。ピリピリとした空気が伝わってきて、刺さる。

怖い。

ダラクから発せられる気配。こんなの知らない、知らないけれど肌で感じるぐらい強い感情。粘つくような負の感情がたくさん詰まったもの。……きっとそうだ。これは殺気というものなんだと思う。でも、なんで殺気を出すって、なにに?──ラミアに?

足が震えた。同時に手の震えが更に大きくなり、全身まで微かに震え始める。自制が効かない震えは怖くて、目の前のダラクが怖くて、頭がいっぱいいっぱいだった。

 

もし、もしダラクと眼が合ったら……?

 

考えて、恐ろしくなった。あんな眼で見られるなんて、考えたくない。

だけど、私の視線に気がついたダラクはゆっくりと私のほうに顔を向けてくる。風が吹いているのか、ダラクの髪がそよそよと波打っている。赤いハチマキが宙に浮いて、大きな身体が次第に私のほうに向いていく──怖く、ない。

予想とは違い、怖くなかった。だけどその綺麗な蒼い瞳は私に恐怖じゃなくて、言葉にできないもどかしい感情を与えた。私を見ているんじゃなくて、なにか別のものを見ているような気がして……一体、なにを見ているんだろう。

数秒後、ダラクは急にはっとした表情をしたかと思えば、少し動揺した素振りを見せながらもすぐさま笑顔になった。

 

 

「気に入ったか?」

 

 

そう言ったダラクの顔はいつのまにか普段のものになっていて、さっきの面影は消え去っている。……きっと、これが、ダラクなんだろうな。

笑顔の下に異常さも持ってるような人。平気な顔をしてどんなことでもしてしまうだろう。そう思わせる凶暴性を持ってる。もしかしたら私はとんでもない人に関わったのかもしれない。

そんな思いが胸をよぎるけど、なぜか私は、そうなんだろうなあ、ってさほど動揺していない。むしろしっくりして落ち着いた。ダラクから見ても私は普段どおりで見えるんだろうか。ふと、そんなことを思った。

 

「気に入った、わけでもない」

「なんで?」

 

本当になんでなんだろう。

視線をお城に戻して見上げる。白亜の白は綺麗で、圧倒される。けれど好きじゃない。凄いけど、ずっと見ていたいとか思うものじゃなかった。一時見て、それで十分。今なんか、もうここはいいから他の所に行きたいなんて思ってる。

 

「なんでだろね。凄いけど、好きじゃないや」

「お前……」

「えっ、なっ何?」

 

お、お前?

呼び方が変わって動揺した私が馬鹿に思えるほど、ダラクはまた一人で考えるような素振りを見せる。そして、見事!と言ってしまいたくなるほどコロリと表情を変えて満面の笑みを浮かべた。クセのある妙な笑顔だったのに、動揺していたせいかあまり気に留めなかった。

私の気持ちをかき乱し続けるダラクはさらに私を驚かせる。

 

「なんでもねえや。じゃあ他のとこにでも行くか?」

「え?」

 

もしかしたらもうそろそろ、じゃあこれで、とか言われてしまうかもしれないと思っていた。なのにダラクはこんなに簡単に笑顔で次のことを持ち出して、戸惑う。でもそれ以上になんだか凄く嬉しい。

するとダラクがどこか遠慮気味に尋ねてくる。

 

 

「あの、さ。ユキってあてとかあんの?」

 

 

ふいに出された言葉に私の現実を思い出す。無知なうえに無一文。知り合いなど皆無だ。今後の自分の行く末を見てしまった気がする。間違いなくのたれ死ぬだろう。

どうしよう、ダラクと別れてから……。

今更元の世界には戻れないだろうし、その前に戻りたくもないし。考えあぐねていると、なぜかダラクがほっと溜め息を吐いた。

 

 

「俺さ、人を探してるんだ。その人を見つけるのを手伝ってくれないか?そうしてくれたら助かるんだけど……」

 

 

え、え!!?

 

 

「本当!?うん、手伝う!!!でも私この国のことなんにも知らないから役に立たないよ?」

 

 

自慢じゃないけど、この世界のことをなにも知らない私が人助けなんてできるわけがないと自信を持って言える。

だけどダラクは、私からすれば仏様のような顔で私に言ってくれた。

 

 

「全然いい。じゃあ、成立ってことでいいよな?」

 

 

ああ、貴方様が仏に見えます。いや、神様?まぁどっちでもいいや。とりあえずこれでのたれ死ぬことはなくなった私は心底安心して大きく返事をする。

 

 

「うんっ!!」

「じゃ、よろしく相棒」

 

 

嬉しそうに無邪気な顔で笑うダラクを見て私もつられて笑顔になった。嬉しいと感じて笑う。普通のことのはずなのに、あのとき以来それができなかった私には、こうやって普通に笑っていることに、自分で驚いた。

それがきっかけになったのか、たくさんの感情が生まれる。

ココで生きていきたい。ココのことを、知りたい。

 

 

「私はここでなにができるんだろう……」

 

 

本当に私がココでできることってあるんだろうか。

するとそう呟いた私の心配を他所に、ダラクが少しだけ視線を外しながらもきっぱり言った。

 

 

「ユキがいてくれたらいい」

 

 

どういう意味で言ったのかは知らない。だけど熱くなってしまった顔の熱を消す理由は知っているから、私は慌てて熱を冷まそうと手で仰ぐ。

後ろで悠然と構えている城が、そんな私達をただじっと見ていた。

キラリと光を放ちながら。

 

 

 

  



 

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