05.互いの気持ち

 

 

「愛がない異世界でも生きるしかない」05話。

【ヴィラと過ごす時間】始まります。

 

お互いの印象は、最悪だった。

 

 

 

 

 

梓は大きな問題が片付いて心の底から安堵していた。

帰るまでに過ごさざるをえないこの国で見知らぬ男と過ごす恐怖は梓の中でとんでもなく大きかった。召喚という誘拐をしてきた人達に微笑まれ歓迎されてもそこに親しみや嬉しさはまったくこみ上げてはこない。それが話すだけならまだしも同じ部屋で一緒に過ごさなければならないのだ。それが当たり前のような考えなのだから梓にはとても受け入れられなかった。

 

……でも、シェントさんのお陰でなんとかなる。

 

梓は紅茶を飲みながら先ほどの出来事を思い返す。

『樹様が厭うものすべてを拒絶できるように』

そう言って僅かに表情を緩めたシェントの顔は、精神が追い込まれていた梓でさえ見惚れてしまうものだった。憎たらしく思える魔法がとてもご利益のあるもののように感じたぐらいだ。

余計なお世話だろうけど、シェントさんってもっと笑ったらいいのにな。

そんなことを思えるほど出来た心の余裕は梓に強い願望を抱かせた。

ティーカップを机に置く。梓は目に映った自分の手に心臓が正直にもドキリと脈打ったのが分かった。シェントが梓にかけた魔法は梓の望みを叶えた。梓の手をすり抜けたシェントの手。

一瞬で終わった召喚や目の前で打ち上げられた花火のような魔法よりも、一番魔法というありえないものを体感した瞬間だった。胸がどくどくと脈打つ。

 

 

――私も、使ってみたい。

 

 

心がそう呟く。

男しか魔法が使えないと言っていたけれど、女だって使えるかもしれない。やってみなければわからないだろう。試してみて損はないはずだ。それに、他にすることが思い浮かばないのだ。

 

シェントに魔法をかけてもらったあと梓はシェントに今日の予定とこれからの生活について詳しく聞いた。そこで知ったのは今日もヴィラが部屋に来ることと、そしてそれは1ヶ月我慢しなければならないということだ。

神子も魔法が使える男たちも7名ずつだが、1名固定ではないらしい。丁度1ヶ月周期で受け持つ相手が変わるのだ。シェントが言葉を選び言っていたが、梓はそう解釈している。

どちらにせよ嫌なことには変わらないし、シェントのお陰で得た対抗策があるので梓はそれに関しては諦めているし問題にはしていない。変わったルームシェアだと思えばいいだけのことだ。

ただ問題なのはすべきことがないことだ。担当する相手と過ごす時間は作らなければならないが、それ以外を占める時間に費やすなにかがほしい。

 

真っ先に浮かんだのは学ぶことだった。

 

勉強はとくに好きではないけれど今まで詰め込んできた知識が5年の間にすべて失われるのはなんとなく勿体ない。かといって5年後元の世界に戻れても、そこから大学をまた受け直すのかと言われればよく分からない。それならせめて1人で生きるためのスキルを磨くことぐらいはしておきたかった。幸い文化は似ているようだし、折角だから色々試していきたい。

なにせこの召喚という出来事は不幸でしかないが、見方を変えれば働かなくても自由気ままに過ごすことが保証された生活なのだ。

 

 

利用されるのだから、されるだけじゃなくて利用していこう。

 

 

梓はこの世界で過ごしていく腹を決める。そうとなれば切っても切り離せないのが自分自身が持っているという魔力だ。そして、魔力を用いた魔法という不可解な奇跡。

魔法を使えるようになったらここでの生活も変えられるかもしれない。

魔法が使え、自活できる力がつくことはこの国を出られる可能性も示していた。もっといえば魔法を使えるということは、自分の力で元の世界に帰る可能性さえ生み出す。

梓はいてもたってもいられなくなってメイドを呼んだ。

 

 

「あの、すみません。あの本は読んでもいいんでしたよね?」

「はい。なにかお手伝いしましょうか?」

「……魔法とか魔力について書かれた本を読みたいんです」

「ああ、それでしたら一番手前の書架にございます。ご案内しますね」

「ありがとうございます」

 

 

聞いてすぐに返ってくる答えに感心しながら梓は小さなメイドの後ろに続く。そして案内された書架を見て驚いた。書架まるまる1つぶん魔法や魔力についての本が並んでいる。梓はてっきりそういう本は少ないと思っていた。魔力についてよく知る神子は彼らにとって使い勝手はよくないような気がしたからだ。

 

「本はこちらでもお部屋でも読めますので、お好きにご利用になって下さい。私どもにお申し付けくださいましたら片付けますのでお部屋に本を置いたままでも結構です」

「ご丁寧にありがとうございます」

 

至れり尽くせりの待遇と、質問など不要になるメイドの案内に梓は嫌みではなく素直に礼を言った。しかしメイドは困ったように微笑むといったなんともいえない態度だ。梓は彼女を引き留めては悪いと思い、本を探すと言ってメイドを下がらせた。

なんか調子狂うんだよな……。

梓はいくつか目に留まった本を取りながらメイドたちについて考える。

メイドは神子の生活をサポートするだけではなく、機嫌をとるための役割があるんだろうか。だとしてもなぜ少女ばかりなのだろう。メイドとして働くのであれば少女だけでなく梓の年頃の女性や年配の女性が働いていてもおかしくはないはずだ。

 

わ、あ。

 

考え込んでいたのが悪かったのか、重なる本のずしりとした重さに梓は少しよろめいてしまう。はっとしてようやく手に持っていた本が厚さは様々なれど7冊にもなっていたことに気がついた。

いったん本を置かないと……。

梓は本を落とさないように持ち直して先ほど座っていた席に戻る。

この分だと後でもう一回お茶を頼んでおいたほうがいいだろうな。

積み重なった本の一番上を手に取ってソファにもたれかかる。さあ本腰をいれるか。そう気合いをいれてページをめくったとき、ドアが開いた。花の間から神子の各部屋に繋がるドアだ。

梓は自分で大袈裟と思ってしまうぐらい勢いよくドアのほうを見てしまう。ドアは丁度書架に隠れていた。人が歩く音と、慣れたようにメイドに食事を指示する女性の声が聞こえた。神子だろう。そしてきっとまだ会ったことのない神子だ。

 

 

 

「……あら?ああ、新しい子」

 

 

 

梓は目を疑った。

現れた神子が貴族のお嬢様という言葉を連想させる格好をしていたからだ。レースを贅沢にあしらった華やかなピンクのドレスは花嫁衣装のように長い裾をしていて、床の上を滑っている。綺麗に整えられた茶色の髪にはキラキラと輝く飾りがつけられていて、彼女を華やかにしていた。少し垂れ目がちで顔だけを見れば大人しそうな雰囲気なのにも関わらず、彼女から溢れる自信が彼女を勝ち気な女性に見せていた。

彼女は手に持っていた孔雀の羽かと思うぐらい鮮やかな色で作られた扇子を開く。梓は驚きで言葉を失ったままだ。彼女は梓の全身を眺めたあと梓が持つ本や机に重なった本を見て、扇子で隠した口元をにんまりとつり上げた。

 

 

「ああいいわ。あなたは別に大した問題じゃないわね。ねえ?私美海(みみ)って言うの。よろしくね?」

「あ……はい。私は樹と申します。宜しくお願いします」

「見た目通りかったい子。まあどうでもいいけど」

 

 

美海はくすくすと笑いながら梓とは離れた席に座った。そしてまだ食事を運んでこないメイドに苦言を吐く。謝るメイドと鼻を鳴らす美海を見て梓が思ったのは花の間の広さの理由だ。まだ見ぬ他の神子が全員美海と似たような服装だったら場所をとってしょうがない。

 

……とりあえず美海さんとは仲良くなれなさそうだ。

 

もしかしたら先の神子全員そうなのかもしれない。そう思うと本を持つ梓の手に力が入る。やはり打ち込めるものが必要だ。

梓はメイドに手伝ってもらい本と紅茶を部屋に運んだあと、時間を忘れて本にのめり込んだ。

7冊を読み終わればまた本を借りにいき、そしてまた――良いのか悪いのか美海と会ったきりメイド以外の人物に会うことはなく、梓の心が乱されることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――意識がなくても触れないのか。……これだと寝かせることもできない」

 

 

暗い梓の部屋に淡々とした男の声が響く。ヴィラだ。ヴィラは表情をほとんど変えない男だが、いまは少しばかり呆れと疲れを浮かべていた。

神子である梓に魔力を貰うために部屋へ赴き、結果怒りの言葉とともに思い切り足を蹴られたのは新鮮な記憶だ。それには少しばかり自身にも落ち度はあると思ったが、シェントにくどいほど注意をもらったせいか正直なところなぜ自分ばかりが努力をしなければならないのだという不満を抱いていた。

けれどそうは言っていられないからと、それなりに気をもみながら部屋に来たというのに今日も部屋は暗く、今度は寝息が聞こえてくるのだ。

 

――この神子は外れだ。

 

ヴィラは不運に溜め息を吐くが、魔力の回復はなにをおいても優先しなければならないので、小言を言いたいのを我慢して梓の寝るベッドで横になろうとする。だが広いベッドとはいえ真ん中で丸くなって寝る梓は体格の大きいヴィラにはとても邪魔な存在だ。しかも布団のうえで寝ているものだから、布団をかけることもできない。

また脛を蹴られてしまう恐れはあるがヴィラは梓抱き上げ、移動させようとした。しかしヴィラの手は梓を擦り抜けてしまう。驚きに肝が冷えたが、ヴィラはシェントの話を思い出して納得し、同時にさきほどの言葉を吐くはめになった。

梓は机だけではなくベッドにも本をいくつか置いたまま眠っている。

 

なぜ魔物討伐から帰ったあと神子の部屋の掃除をしなくてはならない……。

 

ヴィラはベッドの上に転がる本を集めて机の上に置く。そこに懐かしい本を見つけて、少しばかりささくれた心が癒やされた。魔法と魔力の基本と書かれた本はヴィラが少年時代よみふけった本だ。必ず魔法使いになって魔物を倒すのだと、聖騎士になるのだと夢を持っていた。

 

 

 

「これが聖騎士とはな」

 

 

 

自分を嗤うヴィラの声が部屋に虚しく響いた。

 

 

 

 

 



 

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