04.さようなら

 

  

「廻り逢うそのときに」04話。

【夢に見た現実、さようなら】

 

日常を捨てる日

 

 

 

 

 

 

はっとして目が覚めた。

勢いよく起き上がってソファから転げ落ちそうになる。慌てて背もたれを掴んでことなきをえたけど、身体半分落ちてしまっている。軽いパニック状態だ。とにかく、意識が現実に定まらない。

……私の部屋、だよね。

目に映るのはさっきの男の人じゃないし、暗闇でもない。ただ狭い私の部屋だった。

 

 

「夢、だった……?」

 

 

もうなにが夢でなにが現実なのか分からなくなってくる。あまりにもリアルな夢。本当にリアル。自分の意識も恐怖だとかの感情もすべて。

 

それに──まだ、感触が残ってる、気がする。

 

恐る恐る唇に触れると柔らかい感触がして、男の唇を思い出した。かあっと顔が熱くなる。

夢、なの?本当に?それにしてはいやに生々しかった夢だった。え、それとも……考えたくないけど私欲求不満?え、え?いやいや、ないない。

部屋を見渡す。夢だって分かってる。分かってるけど、ついさっきあったはずの――ううん。今もあるはずの出来事を探してしまう。

でも、どう見てもいつもと変わらない部屋が広がるだけ。物の位置が同じなのはもちろん、寝てしまう前に点けていたテレビもそのままだ。

 

「最近、巷で傷害事件が起きています。現在も犯人は分かっておらず……」

 

お笑いの番組からニュースになっていたテレビから機械的な声が聞こえてくる。心を静めるにはうってつけだった。数秒間、意味もなくテレビを見続ける。

 

 

「夢……。はは、なんだ。笑える」

 

 

モヤモヤする気持ちを持て余して、ソファから起き上がって点けっ放しのテレビを消した。

 

「……ウサ晴らしにでも行こ」

 

さっき見た夢がどうにも頭から離れない。

まだ震える手を握り締めながら玄関へと移動して靴を履く。ドアノブに手をかけた時、もう一度だけ、部屋を見渡してみる。暗闇の夢のなか振り返ったときのように。だけどココではなにも変わらず、見慣れた部屋が広がるだけだった。

 

あの男……最後に、なんて言ってたっけ。

 

ぼんやり思った。

外に出ると同時に容赦なく襲ってきた冷たい風に、上着を持ってこればよかったと心底後悔した。セーラー服が風にヒラヒラ動く。傍から見れば狂人に思われそうだ。

……でもまあ、さっきの馬鹿げた夢から覚めるにはちょうどいい。

最近、本当に寒い。冷え込みが始まった瞬間、待ってましたとばかりにぐっと気温が下がって、それからずっともう寒いの一言だ。葉っぱもどんどん散っていった。人が分厚いコートを羽織るのとは反対に、葉っぱが散って一人になった木は丸裸だ。

木の下ではその命を終えた葉っぱが溢れかえっている。

 

 

「あ」

 

 

ふ、と一枚のイチョウの葉が目に留まった。手にとって目の前でくるくる意味もなく回す。あちこち色がくすんで茶色くなってるだけの、なんのへんてつもないただのイチョウの葉っぱだ。なのに、なんでか愛着を覚えるというか、たまらなく大切だと思ってしまうというか──愛しいと思ってしまう。

 

 

「まただ」

 

 

時々、ふと何かを見たときに無性に懐かしいと思ったり、ひどいときにはなんのへんてつもない見慣れたものでも、それを見たとき泣いてしまったりする。

なんでなんだろう?情緒不安定なんだろうか。

首をひねっていると、いい加減考えるのを止めろとでも言うかのように強い風が吹いてきて、私の考えを中断させる。同時に手にあるイチョウの葉が、自分もその風に乗って他の葉と同じように飛んで行きたいんだとばかりに大きく揺れるから、名残惜しいけど解放する。

──あっという間だった。

イチョウの葉は何処かへと行ってしまった。

手にはもうなにもない。さっきは小さいながらも確かな感触があったのに、なくなってしまった。じっと、イチョウの葉が飛んでいったほうを見続ける。戻ってくるわけがないのに。

 

「何してんだ?」

 

突然した声に振り返ると、いつからいたのか晃が怪訝そうな顔つきで立っていた。気がつけばいつも背後にいる晃にちょっと恐いな、と思って笑えた。

 

「ん……ちょっとね。なんか、切ないなあ、みたいな?」

 

馬鹿みたいだけど。

自分から手放したくせに戻ってほしいとか笑える。

声を出して笑いそうになったとき、晃の眉間にシワが寄ったのが見えた。ああ、危ない。また変な心配をかけてしまってる。長い付き合いだから、こういうとき晃はなにがあったとか問い詰めたりしないけど、そうしてくれるって分かってるんだから、私はまずそんな顔をさせちゃいけない。

 

「何じゃそりゃ。……そういや、お前どっか行くのか?」

 

いつものように話題を変えてくれた晃に、私ものろうとしてのれなかった。晃の言葉に、なんだか嘘を見抜かれた子供のように、ドキリと心臓が跳ねて言葉が出てこなかった。なにも悪いことも、嘘も吐いていないのに。

あ。

そこまで思って脳裏を過ぎったのは、いまのいままで忘れていた夢だった。生々しく、思い出していく。

銀髪に赤眼なんてどこまでも変わったあの男。なんであんなに切なそうに笑ったんだろう……。

なんで。

確かに触れた厚い唇──口に軽く手をあてた。少し、カサついた感触。

 

 

「ん~……。軽く散歩かな」

 

 

晃に動揺していることを悟られないように何気ない口調で話す。だけど、そんな心配とは裏腹に、晃はなにも問いかけてはこなかった。気を抜いて、息を吐きそうになってしまう。

 

「へぇ。じゃあ俺、本屋行くから。じゃな」

 

晃はそう言うと手を振って本屋に向かって行った。

何も気がつかなかったみたいだ。ほっと胸を撫で下ろす。

 

「ばいばい」

 

大きい晃の背中が小さくなって、角を曲がって見えなくなるまで見送った。振り返らない晃に振っていた手をゆっくり下ろす。

 

「はあ」

 

溜息が出た。無意識のうちに息を止めていたらしい。一人になって当然静かになったこの場所が少し居心地悪くなる。あまり喋らないのだとしても晃がいるだけで違う空気がもうここにはない。寒い風で身体が冷えきってく。

 

……そういえばあの男の手も、冷たかった。

 

さっき見た夢がまた蘇る。

冷静な状態であの夢を思い返してみれば、不思議なもので、あんなに動揺していたくせに夢を現実じゃないかと思っていた自分が馬鹿らしく思えてしまった。

あんな非現実的な事、あるわけがない。だいたい、初めて会う人に、『ここで死ぬか?』なんて普通、聞かない。ありえない。夢に決まってるでしょ。

でもまあ……小さい頃から、空飛ぶ夢だとか、ファンタジーチックな服を着て剣を振るっている夢だとか、日本ではまずないだろうって感じに広大な景色の場所で走る夢だとか、西洋のお城の中でドレス着て過ごす夢だとか……とにかくちょっと変わった夢をいっぱい見てきたわけだけど、今回のはその比にならないぐらいに変だった。

最近、バイトを詰め込みすぎたからかもしれない。絶対バイトの疲れが私の脳内を狂わせて夢までおかしくさせたんだ。だって今日なんか二週間ぶりの休みなわけだし。……散歩から帰ったらいっぱい寝よう。それで、終わり。

頭がこんがらがっても一度決めてしまえば幾分スッキリする。ついでに肺の中も綺麗な空気にするために思い切り息を吸い込みながら空を見上げた。

あー……綺麗。

ちょうど目に映ったのは薄い雲を淡い水色が囲んでいる綺麗で独特な秋空だった。電柱が空をなぞるように黒いラインをつけていて、その合間には飛行機雲を出しながら進む小さな小さな飛行機が見えた。

そんな景色を見ていると、なんだか妙に寂しくなってしまう。

私に見えるものはこれが精一杯だけど、空は大きくて、私が見ているのはそんな大きな空の一部でしかない。私の全てはあまりにも小さい。

 

 

「何で私はここにいるんだろ」

 

 

この世に何の未練もない。心残りも無いし別にしたいこともない。なのになんで私は生きなきゃならないんだろう?……分かってる。私がいま生きているのはお母さんやお父さんが私を育ててくれたからだ。いつかは死のうと思ったけれど、それじゃあ折角ここまで育ててくれたお母さん達に申し訳が立たない。だから、生きてきた。生きる意味はただそれだけ。

でもこんななんの刺激も無い同じ毎日の中で、たった一人であの部屋にいるのは寂しすぎる。

何処か違うところへ行きたい。いっつもそう思ってる。こんな毎日から抜け出したいって。夜に1人そう思っては一人で眠って──そして一人、あの部屋で目を覚ます。

 

「ははっ……」

 

今日は違うと、そう思った私が馬鹿だった。何の変わりもない。

自分の愚かさに反吐が出る。こんな想い消えてしまえばいいのに。溜め息をついて視線を空から下ろす。そして自覚できるぐらい歪んでた自嘲の笑みが緩んだ。

……わあ、住宅街だ。

考え事をしながら、しかも空ばかりみながら歩いてたのが悪かったんだろうか。見慣れない光景にすごく嫌な予感がした。私の家の周りには家はあまりなくて、ほとんどアパートとかデパートとかマンションが建っているところだ。なのにいま私がいる場所は、一軒家の住宅街。

……うん、なんだろここどこ?これはあれだろうか?道に迷ったということなんだろうか。

しかも運が悪いことに、本当に人が住んでいるのかと疑いたくなるほどに閑散としているこの住宅街の周りには道しるべが全く無い。車も通らない道路が寂しさをより際立たせる。

 

「どうしよ」

 

周りを見ても人がいないから、道を聞こうにも聞くことができない。道の真ん中で立ち尽くしながらオロオロする自分に嫌気がさす。

あー。うん、まあ、うだうだしててもしょうがないか。こっちに行こ。

気を紛らわせるために適当な道を選んで歩き出してみる──けど、あれ?いつまでたっても知っている道にたどり着かない──おかしいな?むしろ更に奥に迷い込んでしまった気がしないでもない。

あれ?

しまいには歩きつかれてふらふらになってしまって、途中で見つけた公園に入って木製のベンチに腰かけることに。自分の体重を支えないでいることがこんなに楽なんて。バイトで立ち仕事をしているからといっても、やっぱり歩き続ければ辛い。パンパンになった足をさすりながら、回復するまで公園を眺めることにした。

小さな可愛い公園で、ブランコと砂場と滑り台は勿論、真ん中には小さな噴水があるという、なかなか素晴らしいところだ。周りには木が沢山植えてあるし、この公園は最近多くのビルが立ち並ぶようになったここら辺りでは珍しいものだった。

一つ言うなら、公園の真ん中にある噴水が今の季節には寒々しかった。水があちらこちらへと飛んでいる。絶対に近づきたくない。でも、夏にこの場所に来たなら子供たちがこの噴水に集まって遊んだりして賑やかになるんだろう。

そう思うとなんだかこの公園に親近感を持ってしまう。寂しい自分の気持ちと何か似ていたものがあったのかもしれない。

 

ああ、冷たい風が心地良い。

 

居心地のいい公園にリラックスして伸びをしようとしたとき、膝に一枚の葉っぱがのっていることに気がついた。さっきの風が運んできたんだろう。少し黒ずんでるイチョウの葉だ。

なんだかさっき飛ばしたイチョウの葉に似ていて、嬉しくなった。私のところに戻ってきてくれたような気がして……すごく嬉しかった。手にとってまた、くるくる回す。そして空に掲げた。

雲から抜け出しのか太陽の眩しい陽が差したから、日除けにイチョウで視界を覆ったんだ。イチョウの葉を通して見る光は心地よくて、目を閉じた。

 

 

「え?」

 

 

ビィンと、鈍いけれどつんざくような耳鳴りが聞こえて目を開ける。

おかしなことはそれが最初だった。

そして次はもっとおかしなことが起きた。

どう表現したらいいんだろうか。私を除いた全てのものが止まってしまったのだ。

噴水から溢れる水はその場で止まり、跳ねている水も止まり、風に吹かれた葉も空中で静止し、音が途絶えた。

止まってしまった。

……え。え?

目を閉じた一瞬の間に起こった出来事に驚いて、もう声も出ない。立ち上がってどうなるわけでもないけど、とりあえず立ち上がって辺りを見渡す。そして、またもや驚くことになった。この場所にいたのは私だけじゃなかったらしい。

人がいた。

最初に見えたのは、不自然なこの空間で目立つ金髪に近い茶色の束。髪の毛だ。長い髪の毛のせいで、一瞬女の人かと思ったけどそうじゃないみたい。長い前髪の合間から見えた碧眼が小さく弧を描いて私を見ている。整った顔だった。日本人とは違う、外人の顔。外人というだけでも私の周りにはいないもんだから珍しいのに、その外人は格好までもが珍しかった。何枚もの布をかけあわせるといった変わった作りのワンピース──古代ローマみたいなイメージの服。

思わずまじまじとその姿を眺めていたら、目が合った。慌てて逸らそうと思ったけどなぜか身体が動かない。

目が、逸らせなかった。

吸い込まれるように碧い目を見ていたら、急に頭がチクリと痛んだ。同時に胸が変にざわつく。なんなんだろう、この気持ちは。

変な感情も含めて、貴方は誰?ってそんなことが言いたくて口を動かしてみるけど、言葉にならない。乾いた音が零れただけだった。

この異常な空間もだけど、目の前の人も異常。そして、この場にいる私も異常だ。ああ、変な夢を立て続けに見たからなのかもしれない。それに、そうだ。もしかしたらこれも夢なのかもしれない。じゃないとこんなことありえない。というか、今日だけで何度目?私の目の前に突然なにかが現れるこの展開は。

微笑む男に引きつった笑顔をかえしながら頭の中で計算してみた。余裕があるのかないのか分からない。そして、まだ計算も終わらぬうちに男は口を開いた。

 

 

 

「行くか?」

 

 

 

なに、を……。

わけが分からない状態に加えて、誰だかわからない男の言う言葉で更に混乱してしまう。脈絡の無い話にどこからつっこめばいいのかが分からない。男はただ、私を見て笑っている。なにがそんなにおかしいんだ。

機嫌の悪さも手伝って男を睨みつけた瞬間、心底後悔する羽目になる。微笑んでいるくせに男は笑っちゃいなかった。眼が笑っていない。これ以上ないぐらいに冷めた眼で……背筋がゾッとした。

いったいなんなんだろう。これは夢?夢なの?

そうであることを望んでいまだ笑顔の男を見る。だけど、悲しいかな。どうやら今起こっていることは現実らしい。くくられた髪から零れた髪が動いて、男の顔がよく見えた。男は、もう開かないと思ったその口を開いた。

 

 

「行くか?」

 

 

非現実的なことが目の前で起こっている。そう、これは非現実的だ。

だけど、なんだろう。この非現実的でありえない提案に心を動かされていた。もしここでYesと言ったら、明らかに普通じゃないところへと行けるんだろう。この、いつも抜け出したかった現実とは違う場所へと私は行けるんだ。

生きる意味は無いけど死ねない。だけど、もうそれには飽きてしまった。

私がもう一度目の前にいる男を見ると、男は私を促すかのように、また笑った。

……非現実。いいじゃないか。夢だっていいじゃないか。現実じゃないんだから。こことは違う場所に行けるんだから。

私は決めた。

いつも望んでいたことの、チャンスが来たんだ。

 

 

「行く」

 

 

それに男は応えた。

 

 

「心得た」

 

 

信用ならなくてよく分からない男だけど、何かあったとしても、そのときはそのときだ。

開き直った私は、差し伸ばされた手に私の手も差し出す。

そのあいだ、私の頭は今まであったこと全てを思い出していた。お母さんや、お父さんや、晃のお父さんや、晃のお母さんや、晃が頭によぎった。

だけど、私は男の手を握った。

バチャッ

勢いよく噴出された水が、地面に落ちる。

 

 

代わり映えしない日常だった。

けれど、あの日もそうだったように、これが晃とのお別れになった。

 

 

 

 

 

 



 

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