02.日常

 

  

「廻り逢うそのときに」02話。

【夢に見た現実、日常】

 

ユキの日常

 

 

  

 

 

 

 

――ジリリリリッ!

 

 

鼓膜を破りそうな音が聞こえてはっとする。目覚まし時計だ。慣れ親しんだ五月蠅い音が小さな部屋に響き渡っていた。

手探りで目覚まし時計を止めれば、部屋は一気に静かになる。聞こえるのは冷蔵庫の動く音、私の呼吸の音だけだった。

今の季節は秋が終わりを向かえ始めた身も凍る季節であって、決して寝汗をかいてしまうほどに暑い真夏じゃない。だけど肌を伝う汗は止まらなくて、しかもいまのいままで全力疾走でもしてたかのように呼吸もままならない。とてもじゃないけどすぐ起きる気にはならなかった。

 

 

 

「夢、だった」

 

 

 

見慣れた部屋に虚しく響く自分の声に、妙に安心した。だけど夢の余韻が尾を引いていたからか、まだ冷静にはなれなかった。重たい身体を起こして、自分の両手をじっと見る。

 

……血はついていない。

 

夜寝て、朝目が覚めたとき両手に血がついていることなんて普通ではありえないのに、血のついていない自分の手に心底安心した。夢で見た男の赤黒い手が目に焼き付いて放れなかったから、もしかしたら自分にもついているんじゃないかと錯覚してしまったんだろう。

 

 

「夢だったんだ」

 

 

当たり前か。

そう思うのがしっくりこない私は頭の中が容量オーバーらしい。もう一回だけ、夢だったんだって自分に言い聞かすように口にした。

そう。アレは夢だった。

 

「さ、寝ぼけていないで学校」

 

痛いぐらい頬を強く叩く。パンッ、と響く乾いた音が気持ちをすっきりさせた。少し時間が押してることもあって布団から跳ね起きて、肩より少し上まである髪をゴムでくくりながら洗面所に行く。

蛇口から景気よく流れ出た水をすくって、ゆっくり顔にかける。……冷たい。

冷水に怯んでいるあいだ、睫毛に溜まった水滴がぼたぼたと落ちる。落ちた水滴は洗面台にできていた水溜りに小さな波紋を作るも、蛇口から流れ出てくる水にいとも簡単に消されていく。

 

妙に目が離せなかった。

 

それはまるでさっきの夢に出てきた男の人が流した涙のようだった。男の人の怒りや悲しみが詰まった叫び声、そしてその涙。

あの男の人の涙と違う水滴が私の頬を伝って、ぼたぼたと落ちていく。ボタボタ、と。そう、こんな感じで──ぅ、わ!

ぼおっとする私を叱咤したのは目覚まし時計だった。どうやらさきほど設定を変えれていなかったみたいだ。タオルで顔を拭いたあと今度こそアラームを切る。とたんに静かになった部屋。なんだかどっと疲れてしまった。

布団は後でしまおう。

さっき跳ね起きた際にめちゃくちゃになった寝床を一瞥したあと、キッチンに向かう。

 

……?

 

横目に鏡に写る私が見えた。なぜか、鏡に映る自分がひどくぼやけているようにように見える。

確か、なにか考えていたはずだったんだけど……。

同時にそんな思いがよぎったけど、とくに何も思い当たらなくて鏡から目を逸らした。最後に視界の端に映った私の姿は、さっきと違ってしっかりとした輪郭を持っていた。

 

 

 

 

 

+++++

 

 

――校舎に聞き慣れた学校のチャイムが鳴り響く。すると待ってましたとばかりに静寂を保っていた学校が賑やかになっていった。皆これから部活動に行ったり友達と遊んだり塾に行ったりするんだろう。楽しそうにクラスメイトは話している。私はそんな光景を眺めて思う。

ああ、今日もつまらなかった。

花の16歳のはずなのに、1人溜息を吐く。

 

「河野(こうの)さん、また明日」

「うん、また明日ね」

 

クラスメイトと目が合って、言われた言葉に笑って返す。お互いそれ以上は言わない。それは他のクラスメイトに関してもそうだった。苛められているわけでも、はみごにされているわけでもないけど、とにかく私はぼっちだった。挨拶はするけれど、個人的な会話は特にしない。そんな立ち居地にずっといる。

幼稚園の頃からエスカレーター式で通ってきた厳粛なこの学校は外部性からの入学は少なくて、クラスも成績順のため、さほどクラスメイトに変わりはない。よって一度出来たグループや立ち位置を変えることは難しい、なんて。最近は言い訳ばかり得意になってしまった。

 

どうしてそうなったかなんて色々理由はある。

優秀な成績をとることに躍起になって、上位になれば下位を見下すなんていう、成績が自分の価値全てだと思うふしのあるクラスメイトを見ていて疲れた。そういう考えじゃない人もいたけれど、話してみればなかなか共通の話題がなくて、今現在。

結局のところコミュ力が足りませんでした。恋愛話とかオシャレは二の次、バイト三昧で部活に入れない。女子でダメなら男子と話してみようとすればあーだのうーだの言って会話が成立しない──早々諦めた。

せめて身体を動かしたいけれど、最近はなかなか時間もなくて道場にも行けないし、相手もいない。

 

つまらない。つまらないんだ。

 

校門から出ると学校から解放された私を今日も眩しい太陽や薄い水色の空や冷たい風が出迎えてくれる。学校帰りということもあって、キラキラと輝く眩いばかりの綺麗な景色。綺麗。

綺麗だけど、見飽きてしまった景色に小さな溜め息を吐いてしまう。

 

 

「暇だなあ……」

 

 

自然に口からこぼれた本心、そして口癖。

暇なんだ。毎日、毎日暇で暇でしょうがない。面白味なんてまったくない普通の日常。刺激なんてまったくない生活。暇なんだ。小さな世界が嫌でしょうながない、そんな毎日。

 

 

「ユキ。お前また1人で帰りやがって」

 

 

歩いていた隣にぬっと現れた影と、聞き慣れた低い声。突然のことだったけど、これもいつものことだから別段驚きはしなかった。

 

「いつものことじゃん」

「俺がこの台詞を言うのもな。いいから1人で帰るな」

「晃ってお母さんみたい。それに私幼稚園児じゃないから」

「お母さんじゃねえ。それに、なら、いい加減待つってことを覚えろ。馬鹿」

 

他に言い方はないのかと、少しふてくされながら顔を上にあげる。予想通りというかなんというか、そこには不機嫌そうな顔があった。本人曰く地顔らしいんだけど、やっぱりいつ見ても愛想の欠片も無い。水宮晃(みずみやこう)。私の幼馴染で、同じく帰宅部っていうのと、家が隣だということもあってか、気がついたら隣にいてこうやって一緒に下校してる。

……というか首、痛い。晃はこの夏で一気に背が伸びて身長が177センチになったもんだから、身長が158センチしかない私からすればかなり見えにくくて首が痛む原因になる。ついでに言ってしまえば影をしょってしまうからもっと愛想のない顔に見えるんだけど、顔に反して事あるごとに気配りしてくれるようないい奴だ。

すると、晃はいつもと同じようにそんな私の視線に気付いて顔を向けてくる。

 

「なんだよ?」

 

だけどいつもと違って特に何も用事もなしで、ただ単に晃の顔を見ていただけだったからその問いに苦笑いで返す。

 

「んー、無愛想すぎるのが玉に瑕で不良に見えなくもないけど、あー、やっぱり顔が整ってるなと思って」

 

今日もクラスメイトの女子が晃の話しをしていた。

晃は体格が大きくて、目が細くて、鼻は少し低めで、短髪の黒髪だ。方耳にピアスを3個ぐらいつけて、いつも無愛想だから少し不良みたいに見えるけど、根は優しい奴だ。加えて運動もできるし成績も良いもんだから、モテルモテル。

 

「まあ、な?つか余計な言葉多すぎだろ」

「はいはい。ごめんなさい。じゃあ気を……あー、ばいばい」

「おう、じゃあな」

 

ぼんやりしている間にもしっかりと前へ進んでたみたいで、気がつけば家に着いてたから晃に別れを告げた。

晃が家のドアを閉めるのを手を振って見届ける。晃も私がそうしているのを知っているから、必ず先に帰ってドアを閉める。

 

 

「……まだ駄目か」

 

 

閉まったドアにほっとして苦笑い。晃に言いかけた「気をつけて」の言葉はやめようやめようと思っているのに口から滑り出そうとしてくる。

隣の家に帰るのに気をつけてはないでしょう。

そう自分に言い聞かせるのに、去っていく背中をみると不安が沸き立ってどうしようもなくなる。これじゃあいつまでも、晃は放課後私と一緒に帰ろうとするだろう。

 

幼少の頃に捨てられた私を育ててきてくれたお父さんとお母さんが死んだのは、去年。

あの日は2人とも早朝に家を出てたから、顔も見れなかったし、いってらっしゃいとも気をつけてとも声をかけることができなかった。

 

だから……ああ、でもそっか。

 

すごく、すごく長い時間が経ったような気がするのに、まだ1年しか経っていないんだ。あの日のことは勿論、お父さんとお母さんの顔は今でも鮮明に思い描けれるけれど、それでも、お父さんお母さんがいなくなってからの日々は長くて、長くて、それは気が遠くなりそうなほど長くて。

残された財産で学校に通って、将来に備えてバイトをして、この古びたアパートで毎日を過ごす。晃の両親が私の保護者的立場になってくれてるからこその生活。甘えさせてもらってるなと思う。それでも、なにか物足りなくて、なにかもどかしい。

 

自分の家を見上げる。灰色で統一されているなんの飾り気もない古びた二階建てのアパートの周りには、気持ち程度にしか植えられていない植木や草花があるだけ。寂しい場所だと思う。

大好きだった人たちは死んで、私は一人で、本当に頼れる人はいなくなってしまった。

軋む階段を上がりきって一番奥にある部屋、自分だけの家へと向かう。そして鞄から取り出した鍵で開錠して、まだあまり汚れていないドアノブにそっと手を乗せてからゆっくりとドアを開ける。

『おかえり』

出迎えてくれるのは聞こえるはずがない優しい声。分かってる。お母さんはもういない。でも、聞こえるような気がして──

 

 

 

「……ただいま」

 

 

 

言葉は虚しく部屋に響く。部屋には私1人だけ。

テレビを少し大きめな音で流す。疲れた体をところどころ痛んだソファに寝転がらせた。ぼおっと見慣れた天井を眺める。変わらない天井のシミを眺めて、ただただ時間が過ぎていく。なにも、考えられない。

テレビから聞こえてくる笑い声がただ虚しい。

 

 

……会いたい。お母さん、お父さん。

 

 

 

 

 

 



 

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