01.希望

 

  

「廻り逢うそのときに」01話。

【夢に見た現実、希望】

 

始まりました廻り逢うそのときに。ラシュラルの花シリーズです。

よろしくお願いします。

 

  

 

 

 

──ここは、どこだろう。

 

 

目を覚ましたら私は1人、荒れ果てた場所に立っていた。

見渡す限り瓦礫の山。大きいものから小さいものまで色や形もさまざまだ。瓦礫がない場所には緑のない乾いた地面がのぞいていて、そのうえにはガラスの破片とか鉄槌やレンガなどが散らばっている。

どう見ても危ない。

建物がなくてよく見える空はずうんと暗く灰色で、あちらこちらから上る煙を吸収しているようだった。

 

 

「……え?う、わ」

 

 

ぐらりと視界がブレてよろめく。おかしな光景に焦点がズレてしまったような変な感覚だった。トクトク音を鳴らして存在を主張していた心臓が息をひそめはじめる。

もう一度、辺りを見渡した。

だけど見える光景はまったく変わらない──これは夢だ。

不安を感じてしまう自分にそう言い聞かせながら、頬を伝った汗をパジャマで拭く。ああ、パジャマだ。これが夢だと確信して安心する。昨日確かに布団に入って寝た。だからこれは夢。ただのリアルな夢なんだ。

 

壊れたという言葉がしっくりくる光景は、テレビで見たことがある光景によく似ていた。被災地や戦地だ。瓦礫の色、陰影、焦げや造り、世界を暗く染める煙、崩壊した建物もすべて似ていて──だとしてもなんで私は被災地や戦地のような光景を夢見ているんだろう。確かに写真やテレビでなら見たことがあるけれど、細部まで再現できるほど真剣に見ていなかった。もしやアパートに爆弾?なんて。

想像して、すぐ却下する。そんなことになってたら確実に私は死んでるはず。

だったらここはあの世?

可能性にドキリとしたけれど、汗が流れて心臓も脈打ってるんだから死んでいないはずだ。夢なんだ。ほら、そういえばこの感覚には覚えがある。

 

これって夢だって分かる夢だ。

 

半分起きかけてるときにみる夢で、こういうときの夢はいつもリアルだ。ふわふわ、ふわふわ。不思議な感覚をひきずりながら進む出来事に、夢の中の私はちゃんと意識も意見も持って動いてる。

これは夢だ。

恐々、一歩前に進む。そしてもう一歩、また。慣れてきたら足は軽快に動き出して、もはや徒競走並みになってしまった。

急に、こんな場所に一人で立っていることが怖くなった。居心地が悪くて落ち着かない。自覚したとたん騒ぎ出した心臓は、まるで急かすように鼓動を早めていく。

 

「あ、れ?」

 

ふと気がついた。

耳元でひどく存在を主張する心臓の音を五月蠅いと思ってしまったせいだろう。こんなにも自分の心臓の音は聞こえるのに、ココの音はまったく聞こえないことに気がついた。人の声はもちろん水の流れる音や風の音さえ聞こえない。視界の端に瓦礫が崩れていくのが見えたが、やはり音は聞こえなかった。臭いもそうだ。あちらこちらから煙が上ってるのにまったく臭わない。しかも、さらに驚くべきことがあった。

 

 

「浮いてる」

 

 

掠れた自分の声はちゃんと聞こえるのに、どこか現実味がない。目に映るものが信じられなかった。パジャマ姿で裸足の私。ズボンからのぞく足は地面から浮いていた。というより私の足と地面の間に見えない地面があって、そこを歩いているみたいに感じた。ああやっぱり、これは夢。夢なんだ。

 

でもこれは本当に夢?

 

ぞっとする疑問が頭を支配する。この夢は現実ではありえないことが多くあるけれど、どれもあまりにも生々しい。

ちょうど目の前に転がっていた瓦礫が音もなく崩れていく。割れて粉々になっていくさまは、この世界の果てを表しているようで身体が震えた。

恐怖は胸の奥で重りになって息を詰まらせる。夢というよりは時間が止まっただけのような場所でただ一人。酷く荒れ果てているうえ音も臭いもない世界が崩れていくのをただ見るしかできない。

夢を見始めてから数分も経っていないのに、焦りや不安に恐怖が混じって気が狂いそうになる。気持ち悪さに口を覆ったけれど、乾ききった口は涎もない。

 

私には届かない風が破片になった瓦礫を巻き上げて空を汚す。風は強いらしく、先ほどから視界の端に映っていた黒い塊を揺らした。歩く最中にも見たソレは遠目に見ても分かるぐらい歪な形をしている。ぐらぐらと揺れたあと塊を残して欠片が空にのぼった。

恐ろしさに崩れ落ちそうになる足を見えない床で踏ん張りながら、手を強く握りしめる。

考えたくはないことだが、周りの様子を見れば元の形は想像できなくても、確かに形を作っていた物体だったことが理解できる。それが瓦礫になってしまうような、破壊されてしまうようなことがここで起きた。それは間違いなく異常な事態だし、もしそれが今も起きているのだとしたら……?

 

「夢、だ」

 

不安になって呟いてみたけど、もちろん返事なんてない。私の言葉はただこの世界で沈んでいくだけ。それがひどく不気味で余計に怖くなってくるから始末が悪い。ほんと、嫌になる。

 

──その時だった。

音が……違う。悲鳴のような男の人の叫び声が聞こえた。

そうだとすぐに分からないぐらい初めて聞いた声で、言葉を叫んでいるんじゃなくて、言葉にならないものを吐き出しているかのような声だった。怖いほど悲痛な叫び声に身の毛がよだつ。

 

「な、に」

 

硬直した筋肉と激しく脈打つ心臓が私をこの場に止めていた。どっ、とわいた汗が首筋を伝う。声が聞こえたほうからを離すことができなかったこの瓦礫の向こうから叫び声は聞こえた──泣きそうな声。

 

……行かなきゃ。

 

唐突にそう思った。

気づいたときにはもう足は動いていて、自分でも訳が分からないぐらいがむしゃらに走っていた。

早く行かないと……っ!

使命感のような感情は恐怖を超えていた。理由は分からない。ただ、行かなければならないのだ。理由はそれで十分だった。

行く手を阻む瓦礫は乗り越えればいいだけだ。瓦礫に触れずともこの世界と私の間にある透明なソレには触れるのだから、ソレを取っ手にすれば問題はない。

身を焼く急かす気持ちのせいで長い時間がかかったけれど、とうとう積み重なる瓦礫の頂上へ辿り着いた。視界を塞いだ瓦礫の向こうは汚れた空が広がっていて、視界を邪魔するものはなにもない。なにもなかった。

 

「……え」

 

登り切った瓦礫のうえから見える果てを見下ろし、座り込む。

信じられなくて瞬きをしてみたけど、やっぱり変わらない光景だけが見えた。

瓦礫の向こうにはなにもなかった。正確には視界を埋める瓦礫が巨大な崖を境になくなっていて、そのあとは果てまで荒野が続いていた。

巨大な崖は帯のようにも見える。黒い帯は続いていた茶色い地面を塗りつぶし、対岸が見えない海が弧を描くようにどこまでも続いている。随分遠くにあるはずなのに、帯はゆったりとした広い幅であることが分かった。地球が口を開けたならこんな感じだろうか。

震えだした手に危ないなと他人事に思いながら、馬鹿なこと考えて気を紛らわせてみる。地面を飲み込んだ口の奥は暗くて底なんて見えやしない。

 

……逃げないと。

 

先ほど思考を占領した使命感が塗り替えられる。今度は筋の通る理由もある。どう見ても異常な現象が目の前にあるんだから、向かっていくほうがおかしい。

黒い帯の向こうは荒野が続くだけでなにもない。帯という線を境に世界が分断されたように、なにもないのだ。瓦礫ばかり広がる光景も随分酷い光景だと思ったのに、あそこは、より酷い。殺伐とした荒野に行こうとはとても思えない。

 

──逃げたい──でもさっきの声は──逃げるの?──行かないと──何も出来ないのは嫌──誰かが泣いてた──いろいろな感情が責め立てるように頭に交差する。

 

 

なんでこんなことに。

 

答えを探す頭がパンクしそうになる。

私を助けたのは奇妙な光景だった。この世界ではおかしな光景だ。ピタリと動きを止めた世界に動く人影があった。奇妙な夢に変化を望んだとはいえ、見えた人影に息どころか心臓さえ止まりそうになる。今度は現れた変化が怖くてしょうがない。なんと人影はよくよく見れば二人分だ。

 

帯の境界線の手前で背を向けてうずくまる男の人が、服装からして女の人を抱えてうずくまっていた。先ほどの声はあの男の人のものだろう。

体が、動く。手はまだ震えていたけど立ち上がれた。転ばないように気をつけながら瓦礫の山をおりて、ゆっくりとその人たちに近づく。

近づくたびに、掠れた男の人の声がよく聞こえた。……そして、血まみれの姿がよく眼に映る。

 

最初は何か分からなかった。

 

だけど、破れた服からのぞく皮膚に伝うのは間違いなく血。男の人も女の人も頭から首から腕から──身体中のいたるところから血を流していた。直視するには耐えられないほどの血の量、破れて煤だらけになった服。

これは一体なんなんだろう。なんの間違いだろうか。私は呆然と二人を見下ろしていた。

 

 

「なんで死ななきゃならないんだっっ……!」

 

 

突然の言葉に思わず後ずさる。これでもかというぐらい現実味のない言葉に、私は意味を探しかねた。

すると疑問に答えるかのように男の人はまた叫ぶ。

 

 

「なんで殺さないと駄目なんだっ!?」

 

 

涙声で紡ぎ出される言葉はひどく悲しいもので残酷だった。

死んじゃったの……?

ゆっくり、視線を男の人の背中から下に移していく。

 

駄目。

 

破れた服、そこから覗く血にまみれた腕、肘……。

 

駄目。

 

そして、その逞しい手に支えられた……。

 

見てはいけない。駄目。見たら駄目。そんな警告が何度も頭に強く鳴り響くのに──私は、男の人の腕に抱かれる女の人を見てしまった。

顔こそは見えなかったけれど、男の人に抱きしめられるようにして支えられている女の人から、おびただしいほどの血とその生々しい色を見た。その肌は赤黒くなっていて汚れている。元は輝いてたんだろうと思える金髪がちらちらと覗くだけで、あとは全て赤黒く固まっていた。動かない。

 

 

「なんで……なんでこいつが死なないと駄目なんだ!?」

 

 

男の人は身体を震わせながら自分の腕の中にいるその人だけを見つめていた。私はそんな二人を瞬きもできないままで見ていた。

 

 

「なんで俺じゃないんだっっ!!!」

 

 

その言葉に耐え切れなくて目を逸らす。

逸れた視線に映ったのは女の人から流れ出たであろう血で染まった赤黒い大地と、灰色の雲が広がる濁った空だった。

決して相容れないはずの天と地が映すその姿はひどく似ていて無性に悲しくなった。天と地はしっかりと分かれているのに、無情にも境である水平線によって天と繋がっている。

 

 

「なんで……なんで……」

 

 

枯れたような声に視線を元に戻せば、長い前髪で顔の見えない男の人から、涙が落ちていくのが見えた。

ちょうど女の人の頬に落ちた涙は、女の人についたすすを集め寄せて、黒い液体となりながら下へと流れ落ちていく──それはまるで洗い流しているようで、どこか神聖な儀式のように見えた。

綺麗。

素直にそう思った。純粋な想いが込められたものが洗うのは、その人が想う愛しい人だったから。

そして、ふと思ってしまった。

下へ落ちたものはどうなるんだろう。

……たぶん、悲しみと同じように蓄積されて、それこそいつまでも残り続けるんだろう。

 

 

私は目を閉じた。

 

 

そうしなければならないと言われた気がしたから。

涙が落ちた音がする。

それと同時に嫌な音がして、全てが消えた。

 

 

 

 

  



 

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