03.恐怖

 

 

「愛がない異世界でも生きるしかない」03話。

ショックを受ける梓が部屋で食事をしていると──

 

※ちょっと乱暴な表現あり

 

 

 

 

 

 

花の間に入るとすぐにカナリアが梓に部屋の説明とともに鍵を手渡してきた。それは魔法の鍵らしく、その鍵を持った者しか部屋を開けることができないらしい。神子の部屋1つにつき2つしか鍵は存在しない。1つは神子用でもう1つは男のものであることは想像に難くない。

カナリアはなんともいえない気持ちで黙り込む梓を一瞥したものの、何も口にすることなく花の間の隅にあるドアまで梓を案内した。

年季を感じさせる焦げ茶色のドアで、鍵穴がついている。

 

 

「このドアから自室の出入りができます。ドアを閉めた状態でそちらの鍵でドアを開けて入室してください」

「え?わっ……!」

 

 

ドアを開けると壁しか見えず部屋に繋がっていなかったので戸惑ったが、カナリアの説明の通りいったんドアを閉めてから鍵をまわして開けてみると──見知らぬ部屋に繋がった。改めて魔法というものが存在するのだと実感する。

梓は恐る恐る部屋に入る。部屋はとても広かった。梓と母が暮らすアパートの間取りすべてを足しても足りず、2倍にしてようやく同じぐらいの広さになる。

 

「浴室はこちら、お手洗いはこちらです」

 

カナリアが案内とともにドアを開けて中をみせてくれるが、どれも梓には縁のない豪華な造りのもので、梓の口からは感嘆の溜息しか出てこない。ウォークインクローゼットには既に何点かの服やアクセサリーが備え付けられている。どれもドレスを彷彿とさせる煌びやかなものだ。部屋を案内されているはずなのに、テーマパークに来てしまったような心地になる。

綺麗だとも豪華だとも思ったが、広すぎて落ち着かない。それが梓の素直な気持ちだった。

部屋の内装はシンプルなものだった。キングサイズのベッドとゆったりと眠れるぐらい大きなソファはインパクトがあるが、花の間を見たあとだと少々物足りなさを感じてしまう。

 

 

「こちらは神子様にあわせて作り変えていきます。後日家具職人や仕立て屋が参りますので、どうぞお好みの家具などをご相談ください」

「そう、ですか……」

 

 

呆気に取られて生返事をする梓をカナリアは静かに眺めている。その視線に気がついて、梓ははっとした。

 

 

「案内ありがとうございました。部屋を出て花の間に行きたいときは──」

 

 

梓はちらりと先ほど入ってきたドアを見る。ドアは部屋に入ったあと自動で閉まっていた。

 

「はい。あちらのドアを開けると花の間に繋がっております。部屋に戻られるさいは先ほどのように鍵をお使いください。鍵はなくされませんように」

「分かりました」

「最後に城下町に出ることもできますが、必ずメイドにお申し付けください。直ちに兵士を用意します。煩わしいかとは思いますが、神子様の身辺をお守りするためにも、どうかご協力をお願い致します」

「城下町……分かりました」

 

思いがけない言葉に梓は召喚されて初めて心が浮足立つ。教科書の1ページで見たことのある西洋の城に守られ賑わう市場や見世物が、現実としてある。それはなにかとても素晴らしく、夢のある光景に思えた。

 

「お部屋の案内は以上となります。なにか不安なことはございませんか?」

「いまは大丈夫です。また分からないことがあったら聞きに行きますね」

「さようでございますか。どうぞ遠慮なく私共をお使いくださいね。それではお時間を頂きありがとうございました。ゆっくりお休みくださいませ」

 

機械的な言葉ながら、カナリアのお辞儀はやはり美しい。

私があの歳の頃は外で駆け回ってたよなあ。

梓はカナリアが部屋を出ていくのを見送ったあと、ふらふらと吸い込まれるようにベッドに近づく。大きなベッド。そのまま倒れこめば、柔らかに梓を受け止めた。何度か小さく弾んだあとベッドに沈み込む身体に梓は目を閉じる。時間はまだ17時を過ぎた頃のはずだ。それなのに眠たくてしょうがなかった。ありえない事態に気持ちが参ってしまったらしい。眠りはすぐに訪れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──え、わ。あ!ごめんお母さん、私寝てた!」

 

 

 

遠いところから引っ張られるように眠りから覚めた梓は、薄暗い視界にぎくりとして身体を起こす。学校が終わったあと居眠りをしてしまったのだろう。身体を包む柔らかく温かな感触に母が布団をかけてくれたのだと思った。

そしてぼんやりとした視界のなか見えてきだした見慣れない光景に、瞬く目がすっと影を落とす。ここは家ではない。地球でもない異世界だ。

馬鹿な夢ではなく現実だった。

梓はぼんやりとベッドに座り込みながら、合格届を見たときのことや召喚されたときのこと、シェントの話を思い出す。

 

 

「どうすればいの……お母さん……」

 

 

いない母に問いかける梓の頬に涙が伝う。暗い静かな部屋で梓は一人泣きながらこれからのことを、帰るまでにかかる5年をどう過ごしていこうかを考える。

この世界で5年。頼る相手は憎きこの国しかいない。この国から逃れても恐ろしい魔物がいるらしいし、城下町に出るだけで兵士がつくぐらい神子には価値がある。神子に限らず女性が少ない世界らしいから治安にも不安は出てくる。1人では生きていけない。

 

どう考えたって、この国を頼りに生きるしかないのだ。

 

そのためにすべきことは魔力を渡すことで、魔法を使える男と長い時間を過ごすこと。シェントがいうには長い時間を過ごすということは言葉通りで、ソウイウコトは……セックスは必要ないとのことだ。

だったら別にいいんじゃないのか。一緒に同じベッドで寝るだけでいいのなら、それだけで5年間の生活が保障されるのなら好待遇ともいえる。

それに一緒に過ごすだけで魔力というものは勝手に移るらしい。ならば夜のベッドで一緒に過ごさずとも、昼間に多くの時間を過ごせばいいだけじゃないだろうか。

 

 

そうだ、そうすればいいんだ。ヴィラって人に会ったら相談してみよう。

 

 

梓は気持ちを固めて立ち上がる。急にお腹が減ってきたのだ。

ご飯は花の間のメイドさんに言えばいいんだよね……?

梓は暗闇のなかドアまで移動する。部屋の明かりを点けるスイッチは見つけられなかった。梓はドアの前で深呼吸をしながら鍵をもっていることを確認する。

 

よし……っ。

 

腹を決めてドアを開ければ、眩しい光りが部屋に差し込んだ。花の間には話に聞いていたようにメイドが2人居る。他の人、神子はいない。

先輩の神子にはいつ会えるんだろう。

ぼんやり思う梓が無言で立ち尽くすのをみかねたのか、メイドの1人が話しかけてきた。彼女もカナリアのような年ごろで、幼い。

 

 

「神子様、どうかされましたか?」

「えっと……こんな時間だけど、ご飯食べられるかな?ちょっとでいいんですが」

「勿論大丈夫ですよ。なにかご希望ございますか?和食、洋食、中華、なんでもご用意できます」

「え!……じゃあ、カボチャスープとパンを少しって、出来ますか?」

「はい出来ます。おかけになってお待ちください」

 

 

この世界に来てから予想外のことに驚かされっぱなしだ。

建物も人もすべて西洋を感じさせるものだから和食はないものだと思っていたのに……それだけ長い歴史で召喚されているってことだろうか。

梓は壁に飾られていた時計を眺めながら時間が過ぎるのを待つ。この世界と地球は時間の考え方は同じなのだろうか。時計の表示は12進数と60進数が使われている。時間は21時30分を過ぎようとしていた。

秒数を刻む時計の音を聞いていると、眠さがまた襲ってくる。折角食事を頼んだのに寝てしまっては悪いと、梓はもたれかかっていたソファから身体を起こす。

 

──そのとき、ドンッと壁になにかぶつかる音がした。

 

はっとして梓は音がしたほうを振り返る。待合室のほうから音は聞こえた。てっきりメイドが間違えてドアを乱暴に開けてしまったのかと思ったが、誰もいない。それなのにまた、音は聞こえてくる。

何事かと思い梓は部屋にいたもう1人のメイドを見たが、メイドは困ったような表情で微笑みをかえすだけだ。

よく分からず様子を見に行こうかと悩み少し立ち上がりかけたところ、メイドが慌てたように梓に手を伸ばした。まるで止めるかのような動きだ。梓が思わず身体を止めたところで、悲鳴のような喘ぎ声が聞こえてきた。

 

 

「ああっテイルッ!もっと、もっと強く抱いてっ!」

 

 

欲を孕んだ嬌声は途切れ途切れに響いてくる。

花の間に誰かいることを、少なくともメイドが2人いることを知っているのにも関わらず声は大きく、まるで聞かせているようだ。濡れた声は続き、壁を打つ音も止まらない。言葉を失った梓は顔を真っ赤にして黙り込んだ。まず間違いなく壁一枚挟んだ向こうで神子がテイルという男とセックスをしている。

花の間は男が入れないからここは大丈夫。

梓は自分に言い聞かせながら声が聞こえなくなるのを祈り続ける。なのに声はますます大きくなっていく。たまらず耳を塞いだ梓にメイドが声をかけた。

 

 

「神子様──お食事をお持ちしました」

「あ……はい。ありがと……ございます」

 

 

先ほど声が大きくなったのはメイドが食事を手に待合室から花の間へ入室したせいなのだろう。ということは目の前の少女はたったいま情事を見てきたはずだ。なのに動じず微笑んでいる。これは日常茶飯事のことなのだろうか。いずれにせよ少女たちが年齢にそぐわない落ち着きがある理由の1つを垣間見た気がする。

メンタル鍛えられるわ……凄いよ……。私は、駄目だ。

少女たちより随分年齢を重ねているだろうと梓は自分を叱咤したが、なに食わぬ顔で食事をすることはとてもじゃないが出来なかった。梓は幼いメイドに断りをいれて食事を部屋に持ち帰る。

 

薄暗い部屋は静かなままで、梓はそれがこんなにも落ち着くのかと驚きながら机に食事を置く。メイドに明かりの点けかたもついでに聞くはずだったのに、戻るに戻れず頭を抱えた。

それでもカボチャスープの湯気から漂う匂いに「いただきます」と手を合わせてスープに口をつける。柔らかい甘さが口に広がって梓の顔が綻ぶ。なんでも用意できるとは言っていたけれど、本当にカボチャスープの味だったことに妙な感動を覚えた。

この世界は地球と文明が似ているんだろうか。作物も似たようなものばかり?

パンをちぎってスープに絡め、一口。

 

「美味しい……」

 

ようやく訪れた幸せな時間はあっという間に崩れ去った。

 

 

「新しい神子はこんな暗い中で食事をするのが趣味か?」

「……っ!げほっ!」

 

 

聞こえるはずのない誰かの声に、それも男の声に、梓は驚いて立ち上がる。カチャカチャと食器が鳴って危うくスープが零れかけた。

男はドアの前に立っていた。ドアの向こうから明るい光が差し込んでくる。なぜかドアの向こう側に見える景色は花の間ではなく別のところのようだった。花の間は女性専用とのことだから、男が入れる場所を別に作っているのだろうか。

男は部屋を知ったように移動すると、机に置いてあった飾りに火をつけた。何事かと思ってしまったが、よくよく見れば飾りは蝋燭のようだ。ゆらり、オレンジの明かりが動いて男を照らす。とはいっても見えるようになったのは無表情な男の顔だけだ。

 

 

「あなた誰……もしかしてヴィラ?さん?」

「そうだ」

 

 

話しながら近づいてくるヴィラを見て、梓は後ろに下がりつつ逃げられる場所を探す。

 

「戻るのは明後日じゃ」

「早く討伐できたから戻ったまで。それで神子」

「なんですか。あと、ちょっと離れてください」

 

男のほうがドアに近い。どうすれば逃げられるだろう。いま走ったほうがいいだろうか。でも距離が近すぎる。失敗するかもしれない。

梓は感じている恐怖をヴィラに知られまいと手を握りしめ、気丈に目の前に立つ男を見上げる。男がぐらりと揺れた。蝋燭が机の上に置かれたのだ。

 

 

 

「──悪いがもう限界だ」

 

 

 

言葉が降ってくるのと同時に、梓の頬に触れたのは男の手。肌をなぞり耳をくすぐった手は髪を絡ませながら梓を引き寄せた。悲鳴は男の口に飲み込まれる。

男の胸を押す手は恐怖ですくんでろくに力が入らない。背中に回された手がより梓の身体を強張らせた。重なる口づけの合間にぬるりとした舌が梓の口内を犯し、離れる。

男の顔が間近に見える。元々なのか暗がりのせいかは分からない。黒い瞳はじっと梓を見ていた。そして男は驚きに目を見開く。

梓は泣いていた。

 

「ざけんな」

 

震える小さな声は勿論ヴィラの耳に届いている。驚くことばかりだ。

 

 

 

「ふざけんなっ!」

 

 

 

怒声とともにヴィラのむこうずねに強烈な蹴りが入る。予想外の展開に油断してヴィラがよろめいた瞬間、梓が走り去って行く。悔しさと怒りを混ぜたような、歯を食いしばる表情をしていた。ヴィラは不思議そうに眼を瞬かせながら閉まっていくドアを眺める。

 

 

「なぜ泣く……?」

 

 

梓に聞かれたらまず間違いなくもう1度蹴られるだろう言葉を、ヴィラは心からそう思って、暗い部屋に1人呟いた。

蝋燭の火はいつの間にか消えてしまっていた。

 

 

 

 

 



 

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