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08.伝説

 

 

「描かれなかった物語」08話

物語に出てくる人々

 

 

   

 

 

これはとある小さな小さな村で囁かれ続けた物語。

それは有名な勇者様のお話でした。

しかしそれは普通のものとは少し変わっていて、だからこそ人々はその歌を歌物語の一つとして楽しみながらたまに訪れる旅人へと詠うのでした。

 

 

 

荒れた世界

嘆き悲しむ人々空仰ぎ 終わらぬ言葉叫ぶ世界

赤い大地横たわり 救いを希望を描く手 空掴む

繰り返される夜に 剣を寄る辺に 眠る日々

世界に救いを希望を

緩やかに 緩やかに世界は死を迎えていく

 

小さな村で奮い立つ者あり

 

血の涙流し彼は笑う

言葉なく叫ぶ彼は幼い手に死をのせた

小さな小さな者

すべてを背負い背伸びし足掻いていた

世界に救いを希望を

 

その者 希望と死と歩み 願いのために自らの命を捧げん

想い憎み焦がれた彼は笑みを口に横たわる

その者 手に温もり携えて 言葉を遺す

 

勇者は生まれた

 

光り輝く剣を手にその者 弱背を背に立ち上がる

世界に救いを希望を

勇者とは、勇者とは、勇者とは

私達は伝えよう

彼らが勇者なのだと

 

生を望み死を望み 受け入れるその姿を私たちはいつまでも追うだろう

そして共に涙を流すでしょう

消えゆく命を想いましょう

私たちは彼らをこう呼ぶ

勇者

誰よりも穢れ 誰よりも無垢な心もつ彼らを──

 

 

 

慣れ親しんだはずの勇者の物語。

 

それが聞き慣れない内容で、旅人はしばらく口を開かなかった。歌物語を終えた村人はにこにこと笑っていて、近くの切り株に腰掛け楽器を地面に置くと、旅人に構わずのんびりと村を眺めてくつろぐ。旅人は少し驚いた様子を見せたが、村人があんまりにも幸せそうに村を眺めているので同じように村を眺めた。

 

素朴で小さな村だった。特徴的なのは村の三分の一を占める湖だ。湖は村の中心にあって、陽の光を浴びてキラキラと光っている。透き通った湖は周りの景色を鏡のように映しだしていて、映し出された民家に間違えて入ってしまえそうだ。水面が揺れる。肌を撫でるような優しい風が吹いた。湖を囲う背の高い木々は風にくすぐられてさわさわと揺れている。あんまりにも気持ちよかったからか、木の葉が親から離れて空に飛び立った。……美しい光景だ。

そんな素晴らしい環境だから子供は健やかに成長したのだろう。楽しそうな笑い声があちらこちらから響きわたる。元気なことに小さな村を走り足りないとばかりに端から端まで駆け回っている。

 

 

「まるで勇者が複数いるようだ」

 

 

旅人の呟きに村人は「ふむ」と顎鬚を撫でる。

 

「そうかもしれません」

「……どういうことだ?」

「分かりえないことです」

 

微笑む村人に旅人は首を傾げる。シャラン、と楽器を鳴らす村人は楽しそうに鼻歌を歌っている。どこかで聞いたことがある。ああ、そうだ。これは昔から語り継がれた歌物語だ。自分の道を歌うのだという。

 

──道、か。

 

旅人は先ほど聞いた歌物語を想う。あの歌物語に出てくる勇者はよく知る勇者とは違う。完全無敵で悪を一網打尽にする強さを持ち、人々を絶望から救い出した光。その声で人々が奮い立ち、その姿に生きる希望を抱き、その勇姿に人々が続いた。

 

 

「この歌物語の勇者はただの人間のように思える」

「ええ。勇者も人間ですよ」

 

 

家事を営む音が聞こえる。恰幅のいい女が騒がしい子供たちを叱りつける声が聞こえる。狩から帰ってきた男たちが笑い声を上げているのが聞こえる。

小さいとはいえ立ち並ぶどの家からも誰か人の声がしていて、温かさに満ちていた。

 

「そうか……そうだな。では、誰もが勇者となりえるのだな」

 

旅人の言葉に村人は目をぱちくりさせたあと、顔を緩ませた。

 

「そうです。想いを持つ者はとても強いんです。見ているとその背中を追いたくなるものです。そして気が付けば、隣に並びたいと思うようになる。想いは人を集わせていくんですよ」

「そうだな」

 

そして村人と同じように笑った旅人の視線が、村人の背後にある花へと移った。村を眺めるように森にそい広いスペースを陣取っているのは真っ白な花、ラシュラルだ。ここら辺りでは有名な花だ。なにせ国花にもなっている。所狭しと咲くラシュラルはなにかを囲っている。見れば年代を感じさせる石が置かれた小さく盛り上がった土の山がある。なぜかラシュラルはそこにしか咲いていなく、どことなく石を守っているようにも見える。旅人はそれが妙に気になって村人に尋ねる。

 

「あれは……?」

「ああ。塚です」

「塚。このようなところに」

 

村の離れた場所ならいざしらず、村のすぐ近くに墓があるというのはこの地域では聞かない話だった。死を引き寄せるなどという言葉も聴くからだ。そんな思いを滲ませている旅人を見て、村人はなんでもないように口を開く。

 

「墓が村の近くにあるというのは不吉とも言われますが、近ければここで眠る者も寂しくはないでしょうし。……なによりこの塚の者が私たちも見守ってくれているようで落ち着くんですよ。なにせ昔からあり続けているものですからね」

「昔から?それはいつ頃からなんだろうか?」

「歌物語に出てくる荒れた世界が平和へと変わっていった時期にはもうあったそうです」

 

ほう、と旅人は興味深げにじっと塚を眺める。旅人は古びた墓石をじっと見つめながら呟いた。

 

「……この者も勇者であったのかもしれないな」

「ええ」

 

村人は頷き、旅人はその小さな堀へと歩み寄る。そしてきわで立ち止まると膝を折って手を合わせ、目を閉じた。村人は黙ってその姿を見続けていた。旅人の目が開く。

 

「……この二つの塚の主はどのように生きたのだろう」

「それは本人だけの物語ですよ」

「ああ。だが知りたいものだ。どのように生きて、生きて、最期はどうあったのだろうかと」

「他の者が描く物語を知れるのは、同じ時代に生きて共にあった者だけ。そう考えれば、そう想える者がいるということは素晴らしいものですよね。それに、貴方のように時代が違う者からも人生の物語を聞きたいと想われるこの者たちは幸せでしょう」

「そうだな。私もいつしかそうあれるだろうか」

「私は想いますよ。こうして出会えて、貴方はこの平穏な村の中に現れた人として私の物語に刻まれる。私が死を迎えるとき私は全ての思い出を思い返してそれと共に逝くでしょう。そのとき、私は記憶の中の貴方を辿って想います」

 

村人の言葉に旅人は驚きに目を見開いたあと、嬉しそうに笑った。そして手を村人へと差し出す。

 

「ああ。私もだ。もう私の物語にあなたは登場している。私もあなたを想うでしょう」

 

2人は強い力で手を握る。

 

「では」

「では」

 

そして、別れる。

 

『また逢いましょう』

 

儚く、固い約束を結んで。物語にまた互いを見つけることを願って。

こうして描かれることの無い己だけの物語は紡がれて、色鮮やかに彩られていく。

 

勇者の物語のように。

 

 

 

 

 

 

 

 



 

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