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05.争の意味

 

 

 

「描かれなかった物語」05話

誰もが戦っていた。誰もが、傷を負っていた。

 

 

 

 

 

髪の毛から滴り落ちてくる水滴が頬を伝っていく。目に入っていくる水滴に視界はブレてなにもかもを歪ませる。クォードの歪んだ視界には、ここにいるはずのない男と、下卑た笑みをしている賊と、すでに絶命しているだろう賊と、肩から大量の血を流しているヴァンが映っていた。

なぜ、こいつがここにいる?こいつは兄の傍にいるはずじゃないのか?

なぜ、ヴァンは血まみれなんだ……?

 

 

「おいおい久しぶりの再会だってのに無視かよ?クォード。それにこのガキはなんだ?お前いつのまにこんなガキ連れて歩くようになったんだよ」

「っっぅぁああ!!」

「ヴァンッ!!」

 

 

茶色の短い髪を持つその男はクォードを見てニヤニヤと笑いながら、ヴァンの肩に刺していた剣を乱暴に抜いた。森中にヴァンの叫び声が響く。血のついた剣を手に持つ男とその仲間らしい賊はヴァンとクォードを囲むように立っている。低い笑い声や、つんざくような笑い声が四方八方から聞こえてきて聴覚が、視覚が麻痺し始める。

ヴァンは大きな呼吸を繰り返しながら血の流れる肩を左手で押さえている。右手にはクォードからもらった黒い剣が握られていた。ハンカチはもう白くはなく赤く濡れている。

 

「ああ、ラッジュの予想は当たっていたな。……もうそろそろお前がダイロドナスに来るってあいつが言ってたんだよ。ここにいるとは予想外だったけどな。……なにしにここへ来た?」

 

男はすっと目を細めながら剣の切っ先をクォードに向ける。まだ、クォードは湖の中だった。

クォードは男を見ながら笑む。

 

「俺も予想外だったよ。兄の側を離れないはずのお前がこうまでして俺を追ってくるとはな。……リグラ」

 

リグラと言われた男の顔が奇妙に歪む。

 

「当たり前だろう?俺はラッジュの害になる奴を野放しにはできねぇ性質だからな。例えラッジュがお前に会うことを望んでも俺は許さねえ。……お前は危険だ。クォード」

「お前も大概同じだろう。……それよりも、兄は……ラッジュはダイロドナスにいるのか?」

「ああ、いる。だがお前はもう行くこともないだろ」

 

リグラが剣を地面に突き刺したと同時だった。いままで様子を見守っていた20はいるだろう賊が一斉に襲い掛かってきた。クォードも湖から飛び出して地面に立ち、その手にある聖剣を鞘から抜いて迎え撃つ。

そのとき、ヴァンは見た。自分を守るように立ったクォードの手に握られている金色に光る柄に、銀色に光る剣身を持つ美しい剣を。いままで湖の中に納まっていたとは思えないほどに、誰も使ったことがないと思えるぐらいに汚れはない。キラリと光る剣身にクォードの顔が映った。賊を見るその目は、気のせいかヴァンには自分と同じ目の色をしているような気がした。

ガキンッ

耳をつく音が聞こえたとき、何本もの剣が、一つの剣によって動きを止めていた。湖とヴァンを背に立つクォードは我が身に降りかかった剣をその長い剣を持ってすべて受け止めていた。賊も、離れたところに立っていたリグラも目を丸くしながらクォードの手に握られている剣を見ている。

 

「これ、は」

 

誰かがそう呟いたとき、クォードの荒々しい声が辺りに響き、全ての剣がなぎ払われた。クォードはそのまま身体をひねり身近にいた賊を一気に切り捨てる。

赤い鮮血が飛び散り、銀色だった剣身は赤く染まり、地面も赤く染まっていく。

──ああ、まただ。

脳裏に蘇るのは目の前で殺された両親の姿。そして自分を見て笑った兄の顔。だが兄の姿は、兄と同じように剣を持ち賊を殺し続けた自分の姿と何度もブレては合わさって、やがて一人の人間と形を成していく。

『だから僕もね、もう罪人なんだ。あいつらとなんら変わりないんだ』

ヴァンの言葉を思い出し、クォードは歯を食いしばる。

剣を握るたびに罪を重ねる。掟だからだと、世界を救うためなどと大義名分があるにせよしてることは人殺しだ。俺だって同じなんだ。兄となに一つ変わりはしない。

……だが、守りたいと思う。

クォードは、肩を押さえながら呆然と自分を眺めているヴァンを見る。

本当に人間とはエゴの塊だな。殺すことを嫌っていても、いざ自分のためとなると人を殺すことは厭わなくなる。

クォードが自嘲気味に笑った瞬間、賊は後ずさる。

 

「死ににきたのなら殺してやる」

 

身を震わせるほどの冷たい視線に賊は息を止める──が、次の瞬間獣のような声を上げながら剣を手にクォードの元へと向かっていく。クォードは静かに剣を構えなおした。目に留まらぬ線が賊の身体に刻まれ、一人、また一人と倒れていく。

鈍い音が増える度に地面は更に血で染まった。綺麗だったはずの場所はもう修羅場と姿を変えて──最後の一人が倒れた。

 

 

「クォード。そこで止まれ……。いいな。動くんじゃねえぞ」

 

 

リグラの怯えたような声が小さく森に響く。

 

「……その手を放せ」

「動くな」

 

リグラはヴァンの背中に剣先を付けたままでクォードを見ている。ヴァンは依然として荒い息のまま肩を押さえていた。クォードの手に握られている剣が力なく下げられていく。

 

 

「そうだ、それでいい。まずはその剣を俺に寄こせ」

 

 

赤く染まった手がクォードに向かって差し伸べられる。その手は物欲しそうに震えていた。

その手を見てクォードはいつかあったはずの記憶を思い返す。

 

 

 

 

 

 

 

 

「おおっ!クォードじゃねえか!!なあ、ラッジュいるか?」

「リグラ。兄さんなら二階にいるよ」

「あいつ俺の約束忘れてやがんな……。まあいいや、サンキュー!」

 

陽の光でキラキラと輝く茶色の髪を靡かせながら、騒々しい音を立ててリグラは家の中へと入り込んでくる。

 

「お前遠慮っつーもんぐらいしろよ」

「兄さん」

「ラッジュ!」

 

気だるそうに階段を下りてきたのは茶色く長い髪を一つに束ねた涼しげな表情をしているラッジュだった。リグラは拗ねたように口を尖らせてラッジュに文句を言っているが、ラッジュはどうでもよさそうに視線を泳がせていた。その視線がクォードの視線とぶつかる。

 

「なんだ、お前またこいつに巻き込まれてんのか」

「そういう兄さんはちゃんとリグラの約束守ってあげなよ」

「ほらみろ。クォードだってこう言ってるんだぞ」

 

クォードという強い味方が加わったことでリグラの力説はますます高まっていく。ラッジュは眉間にシワを寄せながらも、不快ではないようだ。リグラと共に笑っていた。

 

「……あなたたち、少し静かになさい。近所迷惑だわ」

 

だが、その賑わいも家の奥から聞こえてきた女性の声によって消えてしまう。

 

「クォード、こっちに来なさい」

「母さん」

 

開けられたドアの向こうに立つ母親の視線はラッジュとリグラを通り越してクォードで止まる。母親は初めて笑みを浮かべた。その笑みはとても綺麗なものだったが、クォードにはいつもその笑みが恐怖でしか映らない。

 

「……行ってこい」

 

ラッジュが戸惑うクォードの背中を押す。

 

「でも」

「いいから」

 

さっきまで見えていたはずのラッジュの感情が、いまは無い。クォードは兄の表情を見ながら唇を噛み締めた。遠く離れた場所の声は苛立ちを交え始めた。

 

「早く来なさい!忘れたの?今日はお父さんからあの剣を貰うってこと」

「お、覚えてるよ!」

「なら早く来なさい!!」

 

そう言って母親はドアを閉めた。後でそのドアを開けなければならないのかと思うとクォードは気が重くなった。

 

「……あの剣?」

 

ドアが閉じて静かになった玄関に、ラッジュの戸惑った声が響いた。そんな声を聴いたことがなかったクォードは驚いてラッジュの顔を見る。

ラッジュの顔に優しい面影は一つとして見当たらなかった。心臓がどくどくと震え始める。

 

「えっと、お父さんがいつも持ってる黒い剣あるでしょ?それをお父さんが僕にくれるって──」

 

言葉を紡ぐたびに険しくなっていくラッジュの顔に怯えながら、クォードはなんとか言葉を振り絞る。

 

「そうか」

 

そして、その日を境にラッジュはクォードと話をしなくなった。

 

 

 

「なあ……あの剣、俺に寄こせよ」

 

 

 

リグラが狂気に満ちた視線でクォードを見るようになったのもその日から。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

クォードはあの日と同じように差し出された無骨な手を無言で見ていた。忌々しいとばかりにリグラが舌打ちをする。

 

「ぐっ、あ」

「リグラ!!」

 

力なく響く声が静けさを破ったと同時に、ヴァンの背中が赤く染まっていく。

 

「俺はあいつの力になりたいんだよ。あいつは俺の命を救ってくれたんだ。……だからなにをしてでもあいつの力になる。それを邪魔するなら、分かってるよな?」

「うああああっ!!」

「その手を、止めろ……!!!」

「昔、俺が同じことをお前に言ったことがあるよな?あのときお前はこう言った。嫌だ、ってな。今回は……どうする?」

 

地面に跪いた状態のヴァンの身体から流れる血は、地面を伝い湖へと流れ込んでいく。すでに血を流し過ぎている。ヴァンの呼吸は浅くなっていた。

 

「早く渡さないとこのガキ死ぬぞ?俺は別にかまわねえけど」

 

リグラがヴァンに刺している剣を抜く。ヴァンのうめき声にクォードは剣を手に動いた。

しかし、ヴァンのほうが早かった。

 

「まだ死にたくないんだっ!」

 

ヴァンは自分の身長とそう変わらない剣を鞘から抜き、そのままリグラに斬りかかる。

ふいを突かれたからか、はたまたその速さに目がついていかなかったのかリグラは恐怖に目を見開かせながら、手に持っていた剣を突き出す。

一瞬、だった。

ゴキッと嫌な音が響いて血反吐を吐きながらリグラが倒れていく。

切り捨ててしまうほどの体力がヴァンになかったのだろうか。ちょうどリグラの身体の中央で黒い剣は動きを止めていた。ずるりと身体が落ちていくのに巻き込まれないようにヴァンは剣の柄を握り締めていた。その手は尋常じゃないほどに震えている。

そして、ヴァンはその場に倒れた。腹部に刺さったリグラの剣と共に。

 

「ヴァンッッ!!!」

 

なぜ、こうなったのだろう。

なぜ、ヴァンはこんなにも……か細い息をしている。

ヴァンの側に駆け寄ったクォードは血を止めようと自らのマントをヴァンの肩に巻きつける。それでも血は止まらない。腹部には剣が刺さったままだった。

 

「……クォード、剣、僕の、剣。僕のハンカチ」

 

声は小さい。

クォードは腕の中で消えていこうとする小さな命をこの場に留まらせたくて、その小さな腕を握り締める。

 

「大丈夫だ。お前が自分で持っている。お前の剣も、ハンカチもちゃんとあるっ!!」

「僕の……」

「お前のものだ……っ!」

 

視界になにも映っていないのだろうか。ヴァンは顔を動かさずに、弱々しい動きで右手にある剣の柄とハンケチの感触を確かめている。

喉から絞り出すような声だった。ヴァンは言葉を紡ぐ。

 

 

「ありがとう……ありがとう……ありがとう、クォード」

 

 

力を込めて握っていたヴァンの手がずしりと重くなる。そして薄くとも開かれていたヴァンの瞼が閉じていった。

 

「ヴァン……?」

 

まだ血は流れたままで、まだ剣はヴァンの腹部に刺さったままだ。

 

「ヴァン……?嘘だろう?なあ、嘘だろう?」

 

身体を揺すったら痛いだろうと思いつつも、クォードは何度もヴァンの身体を揺さぶる。

それでも、ヴァンは動かなかった。

 

「勇者に、なるんだろう?ついさっき言ってたじゃないか。仇をとるって言ってなかったか?まだなにもしてないじゃないか。お前、まだなにもしてないだろう?」

 

まだ、何年も生きてはいないじゃないか。

まだまだ、ヴァンの幸せがあるはずだろう?

 

「フィリには会わないのか?ラーテルンで待ってるんだぞ?行かなくていいのか?」

 

ラシュラルを手にフィリと一緒に笑ってたじゃないか。

忘れないで、といっておきながら自分は忘れるどころかこの世界からも消えてしまうのか。

 

 

「ヴァン……!!」

 

 

涙が落ちる。

何度涙を落としても、何度叫んでも、何度悔いても……ヴァンが生き返ることはない。ヴァンは死んだのだ。

 

 

森の中、少年は青年に抱かれたままで眠った。

青年には分からなかった。

仕残したことが多くあるはずなのに死をもって断念しなければならなくなった少年が、死の際に笑った理由を。

少年は幸せそうに笑っていた。

 

修羅と化した森の中、青年は一人、いつまでも叫び声を上げ続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 



 

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