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03.お姫様

 

 

 

「描かれなかった物語」03話

大脱走したお姫様、黒の騎士と少年に出会う。

 

 

 

 

 

 

ひっそりとした真夜中。

満月だけが光となりうる場所で、少女が一人でがむしゃらに走っていた。陽に当たったことでもないかのような真っ白な肌は月の光で淡く光り、風に靡く金色の波打つ髪はさながらベールのように揺れている。汗を伝わせているその顔は苦悩に満ちたものだったが、笑えばきっと誰もが目に留めてしまうぐらいに愛くるしいだろう。

だが、その外見と裏腹に少女の心の中では様々な感情が沸き立っていて、いまにも溢れんばかりであった。

 

 

──冗談じゃないわ!誰が結婚なんてするもんですかっ!お父様もお父様だわ。私に内緒でそんな話を進めるだなんてっ!

絶っっ対に、戻るもんかっ!

 

 

少女は可愛らしい足跡を残して、闇夜に姿を消した。

 

 

 

+++

 

 

 

「……ヴァン。あまり聞きたくないんだが……これは、なんだ?」

 

 

整った顔を惜しげもなく歪めながらクォードは目の前に見える“これ”を、どうか夢であってくれと願いながら目を閉じては開いて見ている。

 

「あらっ!これとはなによっ!これって!!」

 

足元でキーキー喚いているこれはなんだろう。望んだ者とは違う存在から返事が来たことにクォードは更に顔を歪ませる。確かついさっきまでここにはヴァンしかいなかったはずだ。なぜ、もう一人増えているのだろうか。

 

「お帰りっ!クォード」

「……質問に答えてくれ」

 

クォードは朝目が覚めたとき、隣で金髪の少年──ヴァンが眠っていたことに驚愕した。ヴァンを見て最初に思ったことは、この子供は誰だ?だった。そして覚醒してきた頭が先日起こったことをクォードの脳裏に蘇らせてようやく、思い出したのだ。自分が、この少年と旅をすることになったのだと。本当なら目覚めのいい朝を迎えているはずなのに。クォードは頭を抱えるが、諦めたように溜め息を吐くと立ち上がり、水を取りに川へと歩いていった。

 

そのとき頭をよぎったのは、このままヴァンを置いていくとう選択肢だった。

なにせ自分がこれから向かう場所を考えると少年にはあまりにも危険で、命も危うい。獣を殺し血みどろになったヴァンと、笑ったヴァンの顔が何度も頭にちらつく。……そうだ、やはり手遅れになる前にいまから行く街に預けよう。連れて行くことはできない。

 

水を汲んだクォードはついでに水浴びをし、ヴァンがいる場所に戻る。さあ、どうやってヴァンを説得するものかと頭を悩ませながら歩いていたのだが、楽しそうな笑い声に思考は中断する。

見れば、そこには金髪の少年ヴァンと、そしてなぜか同じく金髪の髪を持つ少女がいた。しかも少女は自分が作った寝床の上に座っている。これは、どういうことだろう。

そして冒頭に戻るのだった。

 

 

「んー?なんかね、困ってそうだったし」

「別に困ってなんかないわよっ!」

「でもお腹空いてるんだよね?」

「……っ!」

「はい」

「……ありがとう」

 

 

クォードは目の前で繰り広げられる会話に頭痛を覚えて思わず手で顔を覆った。どうしてだろう。なぜか言えない。それは俺の食料なのだと。

ヴァンはにこにこと笑いながら炊いた火に鍋をかけてなにかをぐつぐつと煮ている。いい匂いだ。ざっと見たところ、街につくまでに用意していた数々の食材が全て放り込まれている。

 

「ヴァン。お前は人の荷物を勝手に漁るな」

「でももう街に着くから大丈夫でしょ?街で食料は調達できるよ。それからはあんまり美味しいもの食べられなくなるんだからさっ!ここで美味しいもの食べとかなきゃ」

 

はいどうぞ、そう言ってヴァンは器をクォードに渡す。もちろんこの器もすでに使われているヴァンの器も少女の器もクォードのものだ。だが、もう諦めたのかクォードは礼をいって器を受け取った。立ち上る湯気が暖かい。しばらくの間、冷えた手で器を持っているとヴァンが独り言のように呟いた。

 

 

「どこ行ったかと思った。……だから勝手に漁ったんだよ?使っていいか聞きたかったのにさ」

「……」

 

 

なんでもない言葉なのだろう。だが、少なからず少年の本音が見えてクォードは苦笑いを浮かべる。

 

「さっきは水を汲みに行っていたんだ。ほらっ」

「わっ!……ありがとう」

 

ヴァンは投げ渡された水袋をまじまじと見た後、にへらと笑みを浮かべる。その顔にクォードは仕方がないかと呟き、もう1つの水袋をいまままで黙っていた少女へと投げてよこす。

 

「なっ、なによ急にっ!危ないじゃないのっ!!」

「お前も喉が渇いただろう?」

「……あ、ありがたく受け取るわっ!」

 

そう言うが早いか少女は蓋を開けて水を飲み始めた。クォードの言うように、喉が渇いていたのだろう。息もつかずごくり、ごくりと水を飲んでいた。ヴァンはその光景を目を見開いて見たかと思うとくすくすと笑い出す。クォードも声まで出さなかったが喉でくっくと笑った。

 

「……ねえ、街ってどの街に行くの?」

 

満足いくまで水を飲んで落ち着いたのか、口元を拭いながら少女は言った。

 

「そうだな、ラーテルンかミグライヤだな。それがどうした?」

「ミグライヤに行きましょうよっ!そこなら私案内することができるわっっ!!助けてくれたお礼にそれぐらいはさせてっっ!」

 

助けてくれたとは大袈裟な。よほど腹でも減ってたのだろうか、クォードは目をキラキラと輝かせる少女を眺める。

 

「それで?お前の名前は」

「フィリアンよっ!!フィリって呼んでかまわないわっっ!!」

 

胸を張ってそう宣言するフィリを見てヴァンはまたくすくすと笑い出した。

 

「じゃあそう言わせてもらおうか。フィリ」

「なにっ!?」

 

フィリは希望に満ちた顔でクォードを見ている。

 

「城に戻らなくていいのか?」

「え」

 

クォードの言葉に青ざめたフィリはそのまま後ろへと下がっていく。その瞳が警戒に染まったのを見て、クォードは大きな溜め息を吐く。そして仕方がないといわんばかりの態度で、その白くて細い手首を掴んだ。

 

「さっさと家に帰れ。送ってやるから。親も心配するだろう」

「嫌よっっ!あんな場所二度と戻らないわっっ!!それにっ!親だなんて!私はあんな家の子供じゃな「長い金髪」

 

城に帰りたくない一心か大声で叫ぶフィリの言葉を遮ったのは、フィリとは対照的に顔に笑みをたたえながら落ち着いた様子のヴァンだった。フィリと違って叫んでもいない声がどうして耳に届いたのだろう。ヴァンの声は先程クォードと話していたものとそう変わりない。なのに、いやに鮮明に耳に届いた。フィリの身体が震える。

 

「──白くて傷一つない綺麗な肌、大切に育てられてるんだねー。あ、それって王家の紋章が入ったネックレスだよね。フィリって本当にお姫様なんだ。僕、お姫様に会うの初めてだよ」

 

にこっと笑ったヴァンを見てフィリは押し黙った。

ヴァンが言ったとおり、ラーテルンのお姫様の姿は、金髪に真っ白な肌が特徴的なのだと広く伝わっている。もっともその噂がなくともクォードはフィリの身に着けている衣装とネックレスを見て、すぐにフィリがお姫様なのだと知ったのだが。

 

「お姫様ってどんな生活?どんなものを食べてるんだろうなあ。僕には想像もできないよ。幸せそうだね」

「……そのへんにしてやれ」

 

クォードは震えるフィリの頭に手を置いて撫でると、静かに首を振りながらヴァンがこれ以上喋らないようにする。ヴァンはまだ笑っている。どうして?とでもいわんばかりに。

ヴァンは煮え滾るような怒りを隠しきれず小さな拳に爪をめりこませている。ヴァンの家族はもういない。それを先日森の中聞いていたクォードは気持ちが分かる分、言いたいように言わせた。

家族をいらないという言葉は琴線に触れる。けれど、それを押し付けるものではないのだ。まして子供に。

 

「……それで?」

「な、なによぉ」

 

いまにも泣き出しそうなフィリの頭を撫でながらクォードは努めて優しく尋ねる。

 

「家出の理由を話してみろ。……言えば楽になる」

 

助ける、というのはおそらくできない。

それを感じ取ったのかまたフィリは泣きそうになりながらも、話し出した。

 

「昨日お父様から呼び出されて会いに行ったら、これがお前の婚約者だとか言って変な壁画渡してきたの」

「変な壁画ってそれは婚約相手のだろ」

「変だったわ。だって太っているのにパツパツの服着て似合わないったら!」

「……それはともかくとして、フィリは急に婚約者の存在を教えられて戸惑ったんだな?」

「戸惑ってなんかいないわっ!嫌なのっ!!絶対に嫌っっ!!!」

 

さっきまでのしおらしさはどこへ行ったのか、フィリはまたキーキーと叫びだした。クォードが頭を抑えながらその話を聞くはめになっているのを、ヴァンは笑って見ている。

 

「私は素敵な王子様と恋をしてから結婚するって決めてるのっ!」

「そうか」

「そーなのっ!!私には絶対王子様がいるの!どこかで私を待っているんだわ……!」

「そうか……」

「だから私は会いに行くわっ!このままじゃ城に閉じ込められてしまうから自分で見つけないとっっ!!」

「……」

 

だから子供は嫌なんだ。

クォードは心の中で愚痴る。どうやらクォードに平穏はこないらしい。クォードは次に向かう街、ミグライヤに着くまで延々と甲高い声で話される聞きたくもない恋物語を聞かされていた。その甘く切ない恋物語を語っているフィリはすでに意識は現実にいないのか、鼻息荒く一人で何役もこなしながら話している。歩きながらその小さな劇をこなしているのだから凄い。クォードは妙な関心を覚えながら、はあ……、ほお……、と適当に頷いている。

 

「ねえクォード?」

「なんだ。」

「フィリをお城に帰さないの?」

「……帰すさ。だが、1つぐらいフィリのしたいことを叶えさせてやりたくてな」

 

違う街を見たい。

そう言ったフィリの目が真剣だったからこそ、無下にもできない。

 

「クォードってさ」

「なんだ」

「苦労性だねっ!」

「……」

 

できれば苦労をかけている者に自分も含まれているのだと理解してほしい。そう思いながらクォードは、ちょと聞きなさいよっ!と小突いてくるフィリと、アハハーと軽く笑っているヴァンを見てげんなりとした表情をした。実に五月蠅い。

街に着けば少しは楽に……。

そう願いながらようやくたどり着いたミグライヤ。確か二日前の自分が立てた計画では、ここで十分な食料と地図を確保したあとすぐに立ち去る予定だった。

クォードは足元に見える現実にここ何度目か分からない溜め息を吐く。

 

「ちょっとクォードッ!あれなによっ!!あ、ちょっとヴァンッッ!一人で食べてズルイわよっっ!一つぐらいよこしなさいよっ!」

「いいよー。はいっ。あ、でもフィリいっぱい食べそうだからなー」

「人のこと大食いみたいに言わないでちょうだいっ!」

「折角だから新しいの買わない?」

「え、いいの?」

「うん。いいよ。ね?クォード。お金頂戴」

 

そう言って手を差し出してくるヴァンの顔はまさに天使の微笑み。その隣でキラキラと目を輝かせるフィリは天使そのもの。その背中に翼がついていてもなならおかしくない愛らしい顔立ちだ。

クォードは気が遠くなりそうなのをなんとか堪える。金をねだるより先にもう金を盗っただろう。すでに買い物を済ませているヴァンに小言を言いたいが、精一杯の笑みを顔に貼り付けて金を渡す。手の平に金が落ちてくると、ついさっき自分に向かって「苦労性だね」と言った少年は「さっすがクォードだ!優しいねっ!!」と言った。そうか苦労性は優しいともいえるのか。クォードはその金を元に次々に買い物をしていく少年少女を見て笑うよりほかにできることはなかった。

 

それからも、二人は街中を走り回って、叫んでクォードを困らせる。フィリは買い物自体したことがないからか、怪しげなものを金も払わず見せに来たり、いちいちあれはなんだのこれはなんだのと五月蝿い。実に楽しそうだ。ヴァンはすべてクォードに任せニコニコと笑っている。ヴァンの場合はフィリの対応にやつれていくクォードを見て楽しんでいる節がある。

 

 

 

「あーっ!楽しかった!!」

「……それはよかった」

 

 

 

街に着いて実に3時間後。ようやくクォードの待ち望んだ静かな時間がやってきた。すっかり遊び疲れたフィリとヴァンを連れて店に入り、飲み物を適当に頼んで座れたのがついさっきのことだ。ヴァンは出された飲み物を一気に飲み干すと「ちょっと遊んでくる」と言ってどこかへ行ってしまった。もうクォードの前には疲れきったフィリしかいない。

 

「ほんとーに、ありがとう、ね。クォード」

「……別にかまわない」

「じゃあまた遊んで」

「……」

 

黙ったクォードを見てフィリはくすくすと笑う。その仕草はヴァンそっくりだ。

 

「この一日でヴァンの癖がうつったんじゃないか?」

「ええ。もう、すっっかりねっ!」

 

これにはクォードもフィリと一緒になって笑う。そして、ふいにフィリの顔が真面目になった。

 

「……ヴァンは、どうしたの?」

 

聞きたいことは分かる。フィリの発言に凄まじい怒りを見せたヴァンになにか思うところがあるのだろう。

 

「ヴァンは、賊に家族を殺されたそうだ」

「っ」

「母親は刀で斬られて、父親はヴァンを庇って死んだそうだ。……ここら辺りはそういう子で溢れている」

「そんな」

「だからあのとき歯止めがきかなかったんだろう。許してやれ」

「……許すも何も怒ってなんかいないわ。ただ、怖かっただけ」

 

笑っていたヴァン。隠し切れないほどの怒りを胸にためて。

そう、怖かった。

 

「ねえ?聞いていい?」

「なんだ」

「これからどこに行くの?」

「……先に言っておくが、フィリを連れて行くことはできない」

「ええ、もうそれは諦めた。それに最初から私に逃げる場所なんてないわ。それに、結婚しないと、ヴァンみたいな人がまた生まれるしね。知ってるわ」

 

少女にしては大人びた視線にクォードは眼をそらす。

王家が結ぶ婚姻は政略結婚だ。もしフィリが逃げて婚約が破棄になろうものなら他国との関わりは絶たれて外交的に乏しくなる。友好関係も築けないともあれば、賊に攻められ万が一のときにも立つことはできなくなるし、経済的な被害も大きい。国と国のつながりを強くするために政略結婚は欠かす事ができない。

それを、そう言われ育てられてきたフィリは痛いほど分かっている。

 

「ダイロドナスだ」

「……そう。やっぱり」

「なぜそう思う?」

「この辺りに住む人でもそうでない人でもこんな物騒なときに北に向かおうとする人なんていないわ。なのにクォードの鞄に入っていた地図は全て南から徐々に北に移動してるんだもの。……なにをしに行くの?」

 

こんなところもヴァンに似たか。そう思ってつい笑ってしまう。

──僕ね。

ふと、先日ヴァンが言っていたこを思い出す。

 

「勇者になりにいくとでも言ったらいいかな」

 

そこまで言ってつい噴出してしまう。

自分が勇者などとは。

 

「勇者?」

 

フィリが驚いたような声を出す。

 

「……?ちょっと待て。様子が変だ」

「え?」

「静かにしろ」

 

表が騒がしい。それも騒がしいという生易しいものではない。刀の混じる音と、叫び声が聞こえるのだ。クォードの脳裏にヴァンの姿が浮かび上がった。嫌な予感がする。フィリを奥に座らせ、店の者に任せたあと勢いよくドアを開ける。

そこには血を流す腕を押さえている賊と、血を浴びた金髪の少年を囲んでいる粗野な格好をした賊が数人いた。

 

「う、そ」

 

フィリは口を覆う。店員を振り払ったのか。クォードは舌打ちをする。突然姿を現したクォードよりも、クォードの後ろで呆然と立ち尽くすフィリに賊の視線は集中した。

 

「あぁーっ!やっと会えたよっ!お姫様っ!!ちょっとばかりおじちゃんたちについてきてくれよう」

 

下卑た笑いが辺りに響く。街の住民は悲鳴を上げながら家に入り、遠巻きに様子を見ていた。誰かが警備隊を呼びに言ったみたいだがまだ来ない。間に合うか、どうか。

クォードは剣を抜いた。

 

「おっ!?お兄ちゃん相手すんの?……ちょっとねえ、いま坊主に仲間斬られて苛立ってんだわっ!!それでもいいかあっ!?」

 

叫びながら走ってきた賊を見てクォードは慌てる店の店員にフィリを預けて扉を閉める。罵声をあげる賊は怒りで我をなくしつつあるのか、乱暴に剣を振り回しながら向かってくる。これは、間に合わないな。

 

警備隊を諦め一太刀でけりをつけようと剣を振り上げたときだった。目に、ヴァンが動く姿が映った。剣を振り回す男の前に同じく剣を持ち立ち向かう。牽制の声は出なかった。

ヴァンは呆気ないほど簡単に、慣れた手つきで賊の首を斬り捨てた。

クォードは呆然としながら賊の首が落ちていくのを眺める。そして背中を向け目の前に立っていたヴァンが振り返って、今朝と変わらない笑みを浮かべたのを見て知る。

もう、手遅れなのだ。

ヴァンは既に人を殺している。

 

 

「あーあ。また汚れちゃったよ」

 

 

また、とはいつのことだろう。あの獣のことだろうか?いや、きっと──

 

「ちくしょぉぉぉっっ!!ガキがぁぁぁぁっっ!!!!」

 

呆気にとられていた賊がヴァンの言葉に顔を真っ赤にしながらヴァンに剣を振り下ろしていく。ヴァンもまた剣を構えた。しかし、

 

「しゃがめ」

 

有無を言わさない言葉にヴァンは反射的にしゃがむ。視界が一瞬真っ黒に染まる。次に見えたのは眉を寄せる暗い表情をしたクォードの横顔だった。

衣と肉の裂ける嫌な鈍い音が響く。剣に遮られていた賊が身体を奇妙に曲げその場に崩れ落ちる。悲鳴を握りつぶしたような呻き声が地面を這うがそれも徐々に聞こえなくなる。背後では店に侵入しようとした賊が倒れ、店の者が悲鳴をあげている。立て掛けていた物が落ちたのか壊れる音と一緒に金属音が響いた。

ヴァンは眼をぱちくりと瞬かせながら血を浴びても黒いクォードを見上げる。クォードは一瞬のうちに賊3人を斬り殺したのだ。どうやって。

ヴァンの目には振り切った剣さえ見れなかった。

どうやって。

自分を見下ろすクォードの表情は先ほどみたものと変わらなく苦渋に満ちていて、その頬には血飛沫がついている。

どうやって。

 

「凄い。凄いねクォードっ!僕、なにも見えなかったよっ!?」

「……そうか」

「ね、ね、どうしたらクォードみたいになれるっ!?僕ね、最近ようやく一回で首を切り落とすようになれたんだっ!でもやっぱりまだうまくできなくって!」

 

楽しそうに恋について語っていたフィリとまったく同じ瞳でヴァンは声を上げている。思わず、言いそうになった。俺みたいになってそれでどうする気なのだと。

 

「……俺になろうとは思わないほうがいい」

「ねえクォー「何事だっ!!誰だ、首謀者はっ!!?」

 

静まり返っていた場所に馬の蹄の音とともに大勢の騎士と大きな馬車が迫ってくる。クォードは慌てることなく、無言のまま隊が止まるのを待つ。

 

「お前が首謀者かっ!こやつらを殺したのはお前か!?」

「ああ。人を襲う寸前だった故、先に殺した」

「この人数を……?」

「待って!!」

 

疑るような視線を兵士がクォードに見せたとき、店の中からフィリが飛び出してきた。本当に元気なお姫様だ。

 

「こ、これはフィリアン様っ!!伝令っ!すぐに王にお伝えしろっっ!!フィリアン様が見つかったっ!!!」

 

フィリの姿を見るや否や慌しくなった隊を眺めてフィリは寂しげに笑った。そして自分の腕を掴み馬車に乗せようとする兵隊を睨み付けて黙らせたあと、クォードとヴァンに向き直った。

 

「……あなたたちのお陰で一時ではありますが楽しむことができました。……ありがとうございます。そしてご迷惑をおかけしたことを心からお詫びいたします」

 

フィリはくるりと踵をかえして、動揺している兵隊に向き合った。フィリの声は先ほどの弾んだものではなく、いたって冷静な、ともすれば冷たいものだった。

 

「この方たちは私を助けて下さいました。よもやこの賊と同じなどとお思いやしませんでしょうね?」

 

フィリが少女に似つかわしくない表情で兵隊を見咎める。兵隊は慌てて否定したが、フィリは大して気に留めていないらしい。敬礼する兵隊を一瞥したあと、またクォードとヴァンに向き直った。クォードは無言で、ヴァンはじっとフィリを見ている。今までを思うとフィリの言動はあまりにも違うが、おそらくこれがフィリの普段で、それをクォードたちにも見せたことはフィリなりのけじめなのだろう。それが分かるからクォードたちはなにも言わない。

 

「また、もし時間が許すのでしたらラーテルンへとお越しください。あなた方と過ごせたこと、忘れはしません」

 

そして丁寧にお辞儀をするフィリを誰もが無言で見守った。姿勢を正し、相手を見つめるその姿は堂々としていて目を見張った。街の住民は死体が転がっていて、すでに鉄くさい匂いがたちこめているにも関わらず、フィリの姿を見ようと家から出てきている。

 

「僕も忘れないよ、フィリ」

「……俺もだ」

 

周囲の見せる好奇の視線や恍惚とした表情でもない、親しげな笑みを浮かべるヴァンとクォードにフィリは一瞬泣きそうに顔を歪める。

嫌だ、帰りたくない。

喉元まででかかった声を飲み込む。もう二度とこんな家出などできない。自国どころか城から出られるかさえ危うい。私は。

 

「これ、は?」

 

突然、視界が真っ白に染まる。

目の前に差し出されたそれ──花を見てフィリは瞠目する。差し出してきた本人、ヴァンを見ればまだ持っていたのか手を念入りに服で拭いたあとポケットからもう一輪花を取り出して揃えた後、またフィリに差し出した。

この地方ではよく見られるラシュラルという5つの白い花弁を持つ小さな可愛らしい花だ。優しい甘い香りがする。

 

「僕の住んでたところにはね、忘れな草っていう花があるんだ。私を忘れないでって言う花言葉なんだけどさ、なんか僕はそんなんじゃなくて」

 

ヴァンが困ったように笑う。クォードとフィリは思わず驚きに目を見開いてしまった。恥ずかしい気持ちを隠すような笑みだった。どこか嘘っぽい笑顔ではない。

それを知ってか知らずかヴァンは更に顔を赤くする。

 

「ただ思い出してほしいな。忘れないでっていう気持ちもあるけど、この花を見て僕とクォードのことをたまにでもいいから思い出してほしいな。そしたら僕───すっごく嬉しいから」

 

居た堪れなくなったのかヴァンはフィリの手にラシュラルを握らせる。

 

「花言葉は、廻り逢い。奇跡……あなたを想う」

 

含まれる言葉の意味に気がついたフィリは先ほどまで浮かべていた表情を消し去って笑う。ヴァンからラシュラルを受け取って満面の笑みを浮かべるフィリは幸せそうだった。

 

「ええっ。毎日でもこの花を見るわ。それでいっつもヴァンたちのことを思い出すっ!」

「え、毎日はちょっと……。あ、忘れろって言ってるわけじゃないんだけどね」

 

クスクスと肩を揺らして笑うフィリとヴァン。

クォードは久しぶりに穏やかな気持ちになりながらその光景を眺めた。

 

「……フィリアン様。そろそろ」

「ええ。分かっているわ」

 

居心地悪そうに身体を動かす兵隊をまた軽くあしらったフィリは、とてとてとクォードの元へと進んでいく。

 

「どうした?」

「耳、貸して」

「ああ。それはいいがどうした?」

 

恥ずかしそうに顔を赤くするフィリに問いかけると、フィリは思い切ったように声を上げた。

 

「抱っこして」

「……は?」

 

どうやらクォードはよほど間抜けな顔をしたらしい。ヴァンがクォードを指差しながら笑っていた。

 

「私一度でいいからクォードの身長から見える景色を見てみたいの!」

 

顔は赤いが真剣なフィリを見て、どうやら却下はできないらしいと判断したクォードはその小さな身体を簡単に持ち上げる。

 

「わーっ!……すごい」

 

フィリはクォードの首に手をまわしながら甲高い声で叫んでいる。耳を押さえたくとも両手が塞がっているクォードは眉間にシワを寄せながらひたすらその叫び声に耐える。そのとき首周りからジャラッと音が聞こえたかと思うと、肌に何か当たった。いつのまにか首に鎖が巻かれている。……これはネックレス?

 

「フィリ?」

「静かに。気づかれないようにして」

 

フィリは見える景色に興奮している素振りを見せながら兵隊たちに聞こえないようにクォードに話しかける。

 

「これを使ってダイロドナスの近くにあるラムン川に言って。その上流を目指していけば森に入ることになるみたいだけど、その先に湖があるらしいの。……あっ!クォード今度はあっち向いてっっ!!」

 

兵隊がまた口を挟もうとしたときフィリがまた大声で叫ぶ、クォードはフィリの言うように身体の向きを変える。

 

「そこの湖のどこかにね、聖剣が眠ってるんだって……。こんなの馬鹿みたいな話だと思うかもしれないけど、それに近いものがあることは確かなの。……そのネックレスが道を開くんだって。行くか行かないかはクォード次第だけど、とにかくそのネックレスは好きなように使って。……ありがとう」

 

下ろしていいよ、そう言ってクォードに下ろしてもらうとフィリは兵隊たちに囲まれた馬車のほうへと歩き始めた。

 

「また、遊んでやるよ」

 

ぼそり、と呟くようにクォードが言葉を落とす。

するとフィリは肩をピクリと震わせたあと、振り返って、その手に持つラシュラルのように愛らしく笑った。

 

 

「うんっ!!」

 

 

馬車に乗ってお城へと帰って行くお姫様を、少年と青年はいつまでも見続けた。

お姫様が残した、お姫様の髪と同じ色をした金のネックレスを手に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



 

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