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01.描かれなかった物語

 

 

 

「描かれなかった物語」01話

一握りしか知らない、とある勇者のお話。

 

 

 

 

 

 

 

この世界には悪(あく)がいる。

悪はいっつも悪いことをしていた。それをやっつけるのは、正義──勇者だ。

僕は、勇者になる。

 

 

 

 

 

時はいまよりも何百年も昔。

悪がはびこり、平和に満ちていた場所は時が経つにつれ廃れ、荒れ始めていた。鍬を持って畑に精を出していた者や、鎌を持って草を刈っていた者が、その手に剣を持ち振るい始めた時代。

鬱憤を吐き出すように響き渡る怒声と笑い声が響き渡る酒場で、数人の男達が歪に表情を歪め、ひどく愉快そうに笑った。

 

「遊ぼうぜ」

 

その意味を知る者たちはごくりと唾を飲み込み、言葉の代わりに杯をあげ机に振り落とす。飛び散る酒を気にせず男達は立ち上がる。扉を開ければ明かりも消えたうら寂しい村が見える。夜闇に紛れその時を待った。静まり返った村を灯す酒場の光が消えて一刻……それは起きた。

夜に支配された世界を変えるように轟音が響き渡り、火が点けられる。乾いた空気に風が流れ火は一瞬で体を大きくし世界に色をつけた。騒々しい音で眼が覚めた村人は、その眼に映った光景に何を思うのだろう。

辺りに充満する咽返る熱、火を射られ燃え上がる我が家、悲鳴をあげて走り回る親しい人たち、笑いながら剣を振るう存在、すでに流れているおびただしい血。

今まで培ってきた財産が、食料や税の為に長年にわたって手を入れてきた畑が、全て消えていく。大事な人が目の前で殺されていく。

衣服を破られ、殴られ泣き叫ぶ女がいる。子を守ろうとして鍬を武器に立つ村人へ無情に降りかかる矢がある。

なにができただろうか?

たとえ自分に剣が振り下ろされたとしても、なにができたのだろう。

運良く生き残った少年は何を思うだろう。

少年が親を殺したものと同じ武器を持つことを、誰が、否定できるだろう。

 

 

悪がいると泣いちゃう人がいっぱいだ。

悪は全部奪っていく。僕の大事なものも全部奪われた。

取り返すんだ。

思い知らせてやるんだ。

僕みたいな人はもういらない。

 

 

少年の手には血に塗れた剣があった。

 

 

 

 

+++

 

 

 

少年が1人親の付き添いも無いまま平原を歩いていた。この付近に村は無い。ちょうどその場を通りすがった人間は不思議そうに少年を見る。なんと物騒なことだろう。

 

 

 

「坊主!ここら辺りは危ないぞ。親御さんはどうした。はぐれたのか?」

 

 

 

少年は隣で動きを止めた場所を見上げる。

こちらを見てくる恰幅のいい男は人のよさそうな雰囲気で、少年はきょとんとした表情を一変させて笑った。

 

「知ってるよ。僕は最初から1人きりだよ。それに今はどこだって危ないでしょ?」

 

無邪気に笑う少年に、男は果たしてその意味を少年は理解しているのかと疑問に思う。男の隣に座っていた少年と同じ年頃の少女も眉をひそめながら少年を見ている。馬車から顔を乗り出す少女を男は優しく押して馬車に戻した。

少年はそんな光景を目を細めて一瞥したあと、背を向ける。このままでは賊に襲われかねないと気を揉んだ男は慌てて少年に声をかけようとする。

そのときだった。

蹄の音が四方八方から聞こえてきた。荒々しい音に、先程まで無邪気に笑っていた少年の顔は能面のようになり、馬車にいた者達は恐怖に顔をひきつらせる。馬車を走らせようにも、すでに周囲には逃がさないといわんばかりの形相で道を塞ぐ賊がいる。道は断たれた。興奮した馬が馬車を揺らす。

 

賊は5人しかいない。けれど鈍く光る剣がひどく恐怖を刻みつける──しばらく無言が続いた。誰かが喉を鳴らす音以外はその場にいる者全てが無言で、ただなにかを待つようにして、獲物を、賊を睨みつけていた。

すると耐えられなくなったのか、御者が悲鳴を上げながら手綱を振り上げる──その瞬間、御者は握りつぶされたような息を吐き落馬した。いつのまにか御者の隣に並んでいた賊がいとも簡単に切り殺してしまったのだ。驚き前足を上げ混乱する馬も、賊の手綱さばきで落ち着きを取り戻していく。平原に倒れていた男は動かなくなった。

終わったと、誰もが思っただろう。賊が満足そうに笑みを浮かべ馬車を覗き込む。

 

「な!」

 

しかし、馬車の中に潜んでいたらしい騎士が躍り出て馬車に近づいてきていた賊に剣を振り下ろす。少女が叫び声をあげる。血飛沫をあげる仲間に賊は腹の底から声をあげ騎士に立ち向かっていく。囲まれる騎士を眺めながら笑うのは御者の代わりに居座っていた賊だ。賊は台から降りると顔に笑みを浮かべながらひどくゆっくりとした動作で、開いていた馬車のドアを覗き込んだ。

 

「さあさあお嬢さん。そんなところにいないで外に出て御覧なさい」

「こ、来ないで!」

「のけ!娘に近寄るんじゃないっ!」

 

娘の体を舐めまわすように見る賊の前に短剣を持った男が立ちはだかる。賊は面白そうに笑い声をあげた。

 

「お父さん、邪魔だよ」

 

躊躇無く帯剣していた剣へと手を伸ばす賊に、男ももう戸惑ってはいられない。身を守る為、娘を守る為、震えるその手に握る剣を男へと突き出す。

 

「ぅ゛、え?」

 

漏れた声は男の声。背後では可愛い娘の息を呑む声が聞こえる。

男の眼に映るのは己の震えた腕と、その先にある短剣と、短剣を半分以上飲み込んだ賊の体と、そこから漏れる血の色。本来ならば刺さるはずは無かった。

男は商売にかけては自負するところはあるが、剣を握ることに関しては全く駄目だった。剣を握ったことなど一生に3.4度のものだ。そんな男が略奪を生業として常日頃から剣に慣れている賊を倒せるはずがない。

自然と、視線が上へと上がっていく。娘の甲高い叫び声が響く。

そこには下卑た笑みを浮かべた男がいるはずだったのに、見えたのは空だった。地上で起きている惨劇などそ知らぬ顔で青々と輝く空。血が顔に降りかかる。

 

「……汚いなあ」

 

その場にそぐわない幼い声に男は身震いした。

もしかしたら先程自分が殺されると知ったあの恐怖よりも、強い恐怖を抱いたかもしれない。知らず力を入れ続け握り締めていた剣を手放す。体に力が入らない。荒くなっていく息に気を失いそうになった。無意識のうちに賊の体を遠ざけようと押していたのか、支えを失った賊が馬車から離れて倒れた。血が平原を染める。

男は、見た。

先程まで無邪気だと思っていた少年の手に、真っ赤に染まった自分のものよりも長い剣があるのを。そしてその隣にごろりと転がっている、先程まで自分達を脅かしていた賊の顔。下卑た笑みのままで、余計恐怖が煽られる。

 

「危ないから気をつけないと駄目だよ、おじさん。もっといっぱい騎士を雇わないと……死んじゃうよ?」

 

にこにこと笑う少年はおそらく善意でそう言っているのだろう。

血に染まった剣を持ち体にこびりついている血を拭う少年は、恐ろしいことに先程と変わらず純粋な瞳で男を見上げている。

 

「お怪我はありませんか!?」

 

離れた場所から騎士が走ってくる。男は一瞬救われたように表情を緩め、少年から目を逸らし騎士の元へとふらつく足をむける。いま自分が向かっている騎士も少年と同じように血みどろだというのに、なぜか男は安堵を覚えていた。

 

「ね、ねえ。あなた、怪我はないの?」

 

残された馬車の中、少女が恐る恐る少年に問いかける。眼下にいる少年は首をかしげた。

 

「うん。僕は大丈夫だよ?」

 

おそらくそれは本当のことなのだろう。にっこりと邪気なく笑う少年を見て、少女は恐怖を覚えながらもほっと胸をなでおろした。そしてハンカチを取り出すと、そろそろと少年に近づいて、顔についていた血を拭った。少年は驚いているのか目をパチパチと瞬かせながら少女を見ている。

 

「助けてくれてありがとう。ごめんね、ごめんね……」

 

少年は、不思議そうに少女を見上げる。

なぜこの少女は自分に謝るのだろうか。なぜこんなに辛そうな表情をするのだろう。

赤く染まった少年の髪が本来の金の色を取り戻していく度に、少女の手にあるハンカチは赤く染まっていく。

 

「……もう大丈夫だよ?ありがとう」

 

それを気に咎めて、少年は少女の柔らかな手を握って、これ以上ハンカチが自分に触れないように制する。少女はより一層悲痛な顔をした。

 

「あなたはこれから、どこへ行くの?」

 

少女が少年の手を両手で握り締めた。少年はこのとき初めて、悲しそうに笑った。

 

「分からない」

「じゃあ、私たちと一緒に旅をしない?きっと楽しいわっ!あなたといたら私も嬉しいっ!!私とお父さんは商売をしながら落ち着ける場所を探してるのよ」

 

少年は驚いて目を見開く。考えもしなかった申し出だったからだ。

だが、それも数秒で、少年はまたにっこりと笑った。

 

「ありがとう。でも、僕はしたいことがあるんだ。だから行けない」

「したいことって……?」

 

少年の笑みに、気が緩んで少女の手に込められていた力が僅かに抜けた。それを見計らったかのように少年はそっと手を引っ込める。

 

「僕ね、勇者になるんだ」

 

そう言って、ニッコリと笑った。

瞬間、言い表しようもない衝撃が少女の胸に走って、身体中を巡っていく。喉元まで声が出かけるのに、少女には声を出すことができなかった。

笑う少年の顔は、その顔とは対照にすべてに否定的で……、そして自分も否定された。

確かな拒絶。

少年と少女はしばらくの間、見合った。

そして、少女が泣きそうになりながらもなんとか笑って、震える声で言った。

 

「が、頑張って……ね。頑張ってね」

「……うんっ!」

 

少年は、無邪気に笑った。

 

「じゃあねっ!」

 

そして去っていこうと踵を返す。

 

「待って!お礼を、させて……っ!」

 

おそらくもう二度と会うことはない。

広い大陸だから。

いや、そうじゃない。もう会えないのだ。

 

「お礼……?うーん、それじゃあそのハンカチ頂戴?」

「え?」

「駄目かな?」

「いいけど、これでいいの?」

「うん、それが欲しい」

 

少女は戸惑いがちに真っ赤に染まったハンケチを少年に渡す。

すると、少年は嬉しそうに笑った。

この顔が一番、少女に深い傷を負わせる。そして堪らず叫んだ。

 

「頑張って!頑張ってねっ!叶えてねっっ!!!」

 

少年は、少女の叫びに面食らっていたが、その後、照れたようにして頭を掻きながら笑った。

そして一つ頷くとそのまま走って行った。

 

「どうしたんだっ!ナーシャッ!!?」

 

叫び声を聞いたのか、父親が血相を変えて走ってくる。

だが、父親の声に反応することなく少女は泣きながら少年が去って行った場所を見続けていた。

 

 

 

++++

 

 

「ナーシャおばちゃぁーん!見てみてぇー!!勇者様のお話だよっっ!読んでよー!」

 

上気した頬で、茶色の髪を跳ねさせながら一人の少年が走ってきた。その手には絵本が握られている。

 

「あらあら、また?」

「いいから読んで読んでー!」

「分かったわ。昔々──」

 

少年は絵本の挿絵を見ながら、話を聞いていた。ナーシャの顔が歪んでいることに少年は気がつかない。

少年はただ勇者を見ていた。

 

「──そして、勇者様はとうとう世界に平和をもたらしたのでした」

 

絵本の続きはもうない。

話が終わってもまだ余韻が残っているのか、少年はほうっと息を吐きながら勇者を指でなぞった。

 

「僕も勇者様みたいになりたいなあー」

 

そのとき背後で、怒鳴り声が聞こえた。少年の母親の声だ。少年はその声を聞いて、血相を変えたかと思えば寝転がっていた身体を起こしてドアへと一直線に向かっていった。絵本置き忘れているのだが気づいていない。ナーシャが少年に声をかけようとしたとき、少年が振り返った。

 

「あ、読んでくれてありがとう、ナーシャおばちゃんっ!!」

 

そしてそのままドアを閉めて出て行く。

ナーシャは騒がしい少年に呆気に取られながらも、おかしそうにクスクスと笑う。だが、それも束の間。目に映った絵本を見てその笑みは泣きそうな表情へと変わった。

絵本を手に取り、パラパラと適当にページをめくっていく。

そしてちょうど勇者様のアップが載っているところでその手は動きを止めた。

勇者様は黒い髪だった。

金髪ではない。

勇者様が世界に平和をもたらしたあと、それは人々に伝えられて本になって数年後には世界に広く伝わることとなった。

その本のどこにも、金髪の勇者様はいなかった。

ナーシャは昔、自分を救ってくれた金髪の少年を思い出して涙を流す。

少年は、勇者はどこにもいない。

 

 

 

 

──これは、語られることも描かれることもなかった勇者の物語である。

 

 

 

 

  

 

 



 

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