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15.理想と現実

 

 

 

 

悪趣味に思えるほどの贅がつぎこまれた飾りや建物の造りを見渡してイメラは溜息を吐く。

 

 

「無駄だわ」

「そうは申されましても来賓の方々を持て成すのにも使うのですから必要経費ですわ」

「けれど無駄だわ。私には自己満足と見栄の塊にしか見えないのよ」

「……間違っても皇帝陛下にはそのようなことを仰らないようお気をつけくださいませ。勿論他の方々にも」

「分かっているわ。じゃあ後で」

「いってらっしゃいませ」

 

 

口を尖らせるイメラにリアンナは美しいお辞儀をして見送る。イメラは更に苦笑した。そして嫌々ながらも気持ちを切り替え両隣に立つ兵が開けた扉をくぐる。

謁見の場に行くまで長い廊下を通り、ようやく着けば許可が出るまでしばらく扉の前で待たねばならない。侍女や共は中に入ることは許されず、中に入れば華やかな絨毯が続く先にある高い位置に座する皇帝や、皇帝を崇め奉るように階下に立ち並ぶ臣下が眼に映る。高い天井の吹き抜けから指す陽の光で白を基調とした城が輝いている。仰々しい立ち振る舞いをする臣下たちは中に入ってくるものをじっくりと検分する。毎日それは変わらない。今日もイメラは突き刺さる視線に内心鼻で笑いながら皇帝の眼下まで移動する。

 

「皇帝陛下──」

 

深く椅子に腰掛け見下ろす視線はあの頃とさして変わらない。優しげな視線の裏に見え隠れするのは、欲と利用してやろうと機会を窺う底冷えした思惑だ。恐らくそれでしか量れないのだろう。

 

「イグリティアラ様、皇帝陛下がお呼びです」

 

報告を終え、進まぬ会議も終わらせたあと、兵士が呼び止めてくる。あの人が呼んでいる?数少ないことにイメラは眉を寄せる。この城に戻ってから今までのあいだ個人的に呼び出されたのは片手で足りるほどだ。最初の頃はどこにいただの狙いはなんだの加護のことだのを中心によく聞かれたものだ。

 

「分かったわ。ご苦労様」

 

案内しようとした兵士をやんわりと断りイメラは皇帝のいる部屋へと向かう。幼い頃から変わっていないあの人たちの気に入りの部屋はこれでもかというぐらいに贅がつぎ込まれ、そして一番厳重に魔法で守られている場所だ。そうなってしまった経緯を思えば笑ってしまう。

 

「失礼します。……なにか御用でしょうか」

「ああ、イグ」

 

部屋をノックし返事が返ってから入室すると、椅子に腰掛けていた皇帝が立ち上がった。隣には皇后もいる。なにを思ったか皇后は瞳を涙でぬらしていて、皇帝は両手を開きイメラを抱擁しようとした。イメラは数歩後退する。

 

「どういうおつもりでしょうか」

「……すまない。今更お前に謝っても許されるとは思わぬ。しかし我らもいま、昔のことを思うと後悔の念にかられるのだ。お前がこの城を離れたとき我らがいかに愚かだったかを思い知った」

「御用はそれだけでしょうか」

「イグ」

 

またもや伸びてきた手にイメラは後退する。手にじっとりと嫌な汗をかく。どういうことだろう、なにを考えているのだろう。予想のつかない行動に内心うろたえてしまう。また猫を被って、またそれで通用するとでも思っているのだろうか。それで私が加護を自分達のために使うだろうとでも、思っているのだろうか。

皇后が俯き涙を落とし、皇帝が辛そうに眉を寄せ視線を落とす。

この人たちは偽者ではないのだろうか。そんなことさえ頭をよぎる。

 

「いまは受け入れずともよい。それだけのことを我らはしてしまった。だが……どうか謝罪をさせてほしい。そして、戻ったことに感謝を」

 

おかしなことに皇帝も涙を浮かべ、頭を下げる。

 

 

「……お帰りなさい、イグ」

 

 

皇后がそういって微笑む。なんだろう、これは。2人の顔が歪んで黒く塗りつぶされていく。顔が見えない。表情も分からない。動く黒い物体が手を伸ばしてくる。恐怖か動揺か、イメラは動くことができなかった。手に触れた物体は生暖かい温度を持っていて震えている。そして視界を覆っていく。黒い物体はイメラを腕に抱く。隣にもう一体黒い物体が寄り添いさめざめ泣いている。

 

「失礼、します」

 

掠れた声を残してイメラは部屋から退室する。ドアを閉め、止まらない冷や汗と震えに唇をかみ締めた。なんてざまだ。

廊下を走り抜け、懐かしい部屋に飛び込んだ。何年も前から使われていないのにも関わらず、埃もなく整えられ清潔感の漂う部屋は、当時のままだ。部屋に光をさす窓には鉄格子がはめられている。記憶より低い位置にある。鉄格子に触れてみれば、いまだ魔法が流れていて抜け出せないようにしてある。

 

 

「ふふ、は、ははは」

 

 

顔を覆って蹲ったイメラはまるで泣いているかのように笑い続けて、最後には床に座り込む。

分かっている。

あの人たちが、本当に心の底から後悔を想い謝罪を口にしたわけでも、私が戻ったことに純粋な喜びを覚えたわけではないことを。

分かっている。

けれど──お帰りなさいイグ──あの声が、私を囲んでいた世界を知る前と同じ優しい声がそんなことを言うから、錯覚しそうになっているだけだ。あの人たちは今も昔も変わらず私のことを都合のいい物としか思っていない。分かっているでしょう?なのになぜほんの少し期待を抱いていたのよ。

心のどこかで願っていた言葉と姿をされて、そんな理想は現実にはならないのだと思い知らされる。馬鹿みたいだった。顔を上げて窓を見上げる。小さい頃と同じ視線で見上げる窓は変わらず遠くにあり、隙間から空を見せている。手を、伸ばす。

 

 

 

「会いたい……」

 

 

 

ロイ。

口には決して出せず、イメラは両手で自分の身体を抱きしめる。床にポツリポツリと涙が落ちて消えていく。

 

「いいのよ、分かっていたことよ。私は、これからも変わらず、この国を変えるために動くだけのことよ。そうよ、誰もが安心して暮らせるように──笑えるように」

 

ディバルンバの村での出来事が浮かんでは消えていく。

皆、笑っている。楽しそうに、幸せそうに、今日の晩御飯の話をしながら、今日会ったことを話して、手をつないで、笑いあう。

 

私は。

 

世界に音が消え、止まったような気さえする。静かな空間にはなにも……誰もいない。ただ私だけがそこに立っている。しかし瞬きのうちに足元に草が生えどこまでも続く丘が生まれた。色を足すように森が生え、天井には空が覆った。風が吹いてラシュラルの花が舞い上がる。

 

「あ」

 

もう一度瞬くと、目の前に口を少しつりあげて笑うロイが現れた。後ろで一つにくくった髪にが揺れている。傷跡だらけの手が伸びてイメラの頬を撫でた。カサついた感触は記憶そのままで涙がまた流れる。

 

「イメラ」

 

心地いい低い声が凄く好き。会いたい……会いたい。傍にいたいのよ、ロイ。私、皆が笑っていられるような世界を造りたいのよ。だけど私はあなたと一緒に笑っていたいのよ。

手を伸ばして微笑むロイの頬に手を添える。

しかし幻は消えてしまう。

 

 

「うぅ、う゛ーあ」

 

 

嗚咽をかみ殺して手に力を込め、暴走しそうな魔力を抑えこむ。それでも溢れた魔力が部屋に零れ落ちて床一面にラシュラルの花を咲かせた。俯くと額を優しく白い花弁が撫でる。甘い香りがする。

イメラは泣き笑いながらひとつ手折る。ふらつく足を進めながら本棚の裏に隠してある肖像画と絵本を取り出す。勇者様は相変わらず生気のない顔で、笑ってしまった。

 

「ねえ、勇者様。……いえ、クォードさん。あなたが想った小さな勇者さんはどういう子だったのかしら。あなたはなぜそんなに自分を責めていたの」

 

一般に、外で知られている勇者の話はこのボロボロの絵本に書かれているようにクォードという黒髪の勇者が困難に立ち向かい、最後、世界に平和を取り戻したというものだ。けれどこの書棚に隠されるように置いてあった書物と古びた日記から、それだけが真実ではないことを知った。フィリという過去の皇女が残したものだ。小さな少女が城を出て出会ったたくさんの者や人との冒険記には、クォードという青年とヴァンという少年が出てくる。そして少しの間過ごした時間のことをこと細かく書いていて、別れてからも2人のことはよく日記に出てきている。婚姻を結んだときのことも、やがて世界に平和が訪れたときのことも、クォードしか帰ってこなかったことも、ヴァンのお墓に祈りを捧げたことも、クォードが死んでしまったときのことも、それからのことも書かれていた。時折涙のシミが見つかる日記はもう見ずとも内容を覚えている。

──ロイやラッジュが聖なる場所と呼び守り続けていたあの場所は、おそらくクォードとヴァンの眠る場所だろう。日記に違わない言葉を口にしたロイ。勇者と世界で崇められた、笑わないクォード。魔の森。湖に在る神殿。

 

 

「不確かでもこのことを言えば、あなたは、もしかしたら子供のように喜んでみせたのかもしれないわね」

 

 

もしこの話を知らないのならば眼を輝かせる、そんな気がする。

……ロイ。

 

 

「会いたい」

 

 

初めて勇者の話をしたときのあなたの顔は辛そうに眉を寄せていた。感情を押し殺そうと唇をかみ締めていた横顔も見た。けれど、それからしていた勇者の話を語るあなたの顔は子供みたいに喜色ばんでいたのよ。そんなこと言ったらあなたは怒ったでしょうけど。

私はそんなあなたの顔を見るのは好きだったけれど、少し、怖かった。まるで、あなたが勇者を目指したあのヴァンのように思えてならなかったから。まるで、私がクォードのような、そんな馬鹿げた錯覚を覚えたのよ。

 

──イメラ

──お帰りなさい、イグ

──あなたを想う

──よいのですか?口うるさく申してはおりますが、ここに来られる時間はありますよ

──イメラ

──俺は、あなた方の悪魔にもなれるらしい

──この世に起きるすべては神から与えられた宿命で運命で──神からの願いだとさ

──イメラ

──お願い、ロイたちを見捨てないでやって

──イメラ

 

記憶が、感情がぐるぐる渦巻いて体中をかけめぐる。部屋の中はすでに甘い香りでいっぱいになっていた。気が触れそうなほどの精神の揺れに気を失いそうになる。魔力が暴走しかけている。頭の端でそう理解するのに止められない。

そしつてついに意識が途切れそうになった瞬間、浮かんだロイの微笑む顔に、イメラは助けを求めるように口を開いた。

 

 

 

「ロイ」

 

 

 

口に出した言葉の羅列は小さな部屋に木霊して、消える。

それは恐ろしいほど、長い静寂だった。イメラの手が小刻みに震える。血の気のひいた顔はいまにも倒れそうで、見開いた目はこれでもかと開いていた。涙が通った跡が陽に照らされキラリと光る。

 

「ロイ……ロイ、ロイ!」

 

掠れた声が、悲鳴のように喉から絞り出される。手に持っていた肖像画と日記が落ちて、鈍い音が鳴る。ラシュラルの花が押しつぶされ花が散った。しかしイメラは気が付かない。微かに震えている手は、空気を求めるためか開いては閉じる口から恐ろしい言葉が出てこないようにするかのように、口元を覆った。

 

 

「いや、嘘よ。そんな」

 

 

魔力が溢れて部屋に充満する。イメラは指で宙に文様を描くと零れた魔力をすべて注ぎ込んだ。膨大な魔力の発生と圧力に城が揺れる。異常を感知した宮廷魔術師による言葉で皇帝と皇后が血相を変え、あの部屋に向かう。家来が慌ててあとを追い、そして魔力の乱れで術式が解除され進入が可能になった場所へ乗り込んだとき、鉄格子のついてある窓のある部屋の前で立ち尽くす皇帝皇后を見つけた。部屋は一面真っ白なラシュラルの花で覆われていてる。部屋の中にあった恐らく書棚だろうその近くには、見たことのない肖像画と古びた書物が落ちていた。

皇帝皇后が物々しい雰囲気で踵を返し去っていくのを戸惑いがちに見送った兵士は部屋に入り、肖像画と書物を手に取る。風に揺れ頁に挟まったラシュラルが力なくしなだれている。ふと、書物の一部が眼に映る。

 

──俺はあなた方の悪魔にもなれるらしい

 

兵士は書物を閉じ、皇帝皇后のあとを他の兵と共に追う。

 

 

 

 

「どういうことでしょう、お父様、お母様」

 

 

 

 

そして、謁見の場で見たものは、全身泥にまみれ、泣き笑いながら骸を手にする第一皇女、イグリティアラ=メルビグダ=ラディアドルの姿だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



 

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