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12.イグリティアラ=メルビグダ=ラディアドル

 

 

 

 

 

「ねえねえイメラお姉ちゃん、リヒト知らない?」

「いないの!」

「リヒトくん?知らないわ。また隠れんぼかしらね」

 

 

イメラはしゃがんでセリナとシーラとの目線をあわす。2人ともつまらなさそうだ。小さな村だがリヒトは隠れるのが上手くなかなか見つけることができない。毎度こんな場所に隠れていたのかと驚いてしまう。遊び足りないため走り回ったことがこんな影響をもたらしているとは。

 

「ったく!あの子ったらまた片付けもせず遊んでるんだから。イメラちゃんはお散歩?」

「ふふ、そうです。家事も終わって暇だったので。んー、なにかこの村でできる遊びがあればいいんですけどね。思い切り身体を動かすような……」

「そうねえ。あ、そうそうイメラちゃん。パンおすそわけ!いっぱい焼いたから貰ってちょうだいよ」

「わ!ありがとうございます!」

「ずるーい!私も欲しいー」

「私も!」

「もうお母さんに渡したから今日の晩御飯にはでてくるわよ」

「「やったーー!!」」

 

はしゃぐ2人にメアリーさんと笑う。

 

「皆でなにやってんだよー!」

「あ!リヒト!」

「どこに隠れてたの?」

 

賑やかな声に惹かれたのかどこかに隠れていたリヒトが姿を現す。リヒトを問いただすセリナとシーラはぴょんぴょん飛びながらリヒトの身体に掴まってぶら下がる。リヒトは困ったような顔をしているがそんな2人を怒ることもせずただ内緒と言って笑っていた。ほほえましい光景だ。

 

「それじゃ私は頂いたパンを使って晩御飯を作るわ」

「あら嬉しい。そんなに喜んでもらえると作りがいあるわね」

「あ、イメラ姉ちゃん!」

「なに?」

「……あー、やっぱりなんでもないや」

「なになにー?」

「どうしたの?」

「シーラもセリナも関係ない!」

「ずるいっ、ってあ!待ってー!」

「置いてかないでよー!」

 

走るリヒトを追いかけてセリナとシーラも走り去ってしまう。きっと数分後にはユーターンしてくることだろう。メアリーは呆れて大きな溜息を吐いて、イメラに別れを告げたあと家に戻っていく。イメラもまた遠くなっていく賑やかな声を見送ってから家に戻っていった。

 

 

「ただいま」

 

 

静かな家のなか、ロイを探すが見当たらない。今日はあの日だ。

 

「なにを、作ろうかしら」

 

鶏肉も最近とれなくなってきたし、蓄えから余り使わないようにしたいからそう贅沢な食事はできない。メアリーから貰ったパンを机に置く。イメラはぼおっとパンを見下ろす。

 

「パンに合うものがいいわよね」

 

独り言が小さな空間に響く。

静かな、静かな家だ。風が窓を叩く音に時々はっとするが、それ以外家鳴りがするだけで静かな家。

 

「……ロイ」

 

この家に、1人静かに待つのは辛かった。いまロイがなにをしているのか考えると怖かった。ロイが危険な眼にあってないか考えると空恐ろしかった。早く、早く無事な姿が見たい。なにをするか分からない。なにが起こるか分からない。不安だった。

 

「私」

 

1人になるとどうしてもこれからのことを考えてしまう。閉ざされた場所から飛び出して世界の一端を知ったくせに動けない私に、ロイたちが続けるあのことに、この余りある加護という魔力のことにも──押しつぶされそうになる。

最近は感情が乱れて魔力の制御が難しくなってきていて、私の願いに反応して勝手に魔法が働いてしまう。魔が働くあの神聖な場所には誰も来ないからそこで魔力を発散させているけれど、いつここで漏れるかしれない。真冬にも関わらず春のように温度が保たれラシュラルが咲き誇る場所を想って笑ってしまう。そこで採れる果実はロイの好きなものばかり。

 

 

「傍にいたい」

 

 

心に根付いていた願いは口にしてしまうと単純なものだった。そしてなぜか、涙がでてくる。

とうとう幼い頃から恐れていたことが現実になった。

ずっと子供心に恐ろしい思いをしながら纏わりつく呪いのような魔力を研究してコントロールして生きてきた。今思えばあの閉ざされた空間は私にも、私以外にも良かったのかもしれない。あの閉ざされた空間から出なければ私はこんなにも心揺れることはなかった。

ずっと魔力をコントロールして、同じように心もコントロールしてきた。常に冷静でいられるように、はしゃいで我を忘れそうになっても踏みとどまれるように、勝手に魔法が作動しないように、魔力が爆発してしまわないように。

……ずっと、それが崩されるようなことが起きるのが恐ろしかった。この膨大な魔力が勝手に暴走して、手におえなくなって、最後にパンッと弾けてしまうような事態が恐ろしかった。

 

 

「潮時、だわ」

 

 

脳裏を占めるロイの顔にイメラは苦笑を浮かべる。

私は、ロイが好きなのだ。こんなに動揺して魔力が抑えられないぐらいにはロイが好きなのだ。

感情が乱れて魔力が暴走する理由は分かっている。これはただの駄々だ。

分かっている。分かっているでしょう?私には力がある。権力も、魔力も、実力もある。知った世界が残酷な現実を生んでいてそれが許せないなら変えれる力を持っている。ツダの村のような惨状を増やしたくない。ロイたちにもうあんなことしてほしくない。皆で楽しく笑って生きていきたい。ロイに笑っていてほしい。だから。

城に戻って、今度こそ、王族として正面から向き合わなくては。

 

けれど、ロイの傍に居たい……っ!

 

心が悲鳴を上げて止まらない。今日顔を見たら、そう、それで最後にしなくては。

止まらない涙を拭うイメラの顔は無表情だった。涙だけがイメラの感情を表すように次から次へとあふれてくる。

ロイが帰ってきたら何事もなく振舞おう。最後までいつものように振舞って、それで、城に行こう。村長さんたちにもこの村を出ることを話したし、村長さんたちはいらないと言っていたけれどこの村の場所を話さないと誓った魔法の誓約書も書いてきた。大丈夫、もうなにも心配はない。大丈夫。

何度も自分に言い聞かせて晩御飯の支度をする。蓄えも十分に作ったし、掃除もしたし、手入れもしたし、大丈夫。なにせロイは私が来る前は1人で生活してきてたんだからこういった家事にも慣れてる。ああでも言わなきゃ三食食べないのは心配だ。パン1つで終わらせる事だってあるし。

 

 

「ただいま」

「……あら、お帰り」

 

 

ドアが開いてロイが帰ってくる。

そしてすぐに目ざとく机の上に置いてあったパンを見つけた。

 

「これメアリーが作ったやつだろ」

「ご名答。美味しそうだわ」

「美味いけどアイツ昔からこの種類しか作らないんだぜ。もっと他の種類が食いたい。イメラお前作ってくれ」

「……まあ、私料理上手くなったからそう願うのも無理はないわね」

「つっても鳥料理以外はあんまりじゃねえか」

「ロイには十分でしょ」

「まあな」

 

器に料理をもっていく。一瞬手が震えそうになったけれどなんとか止めることができた。

 

「ほら、運んでちょうだい」

「はいはい……いただきます」

「いただきます」

 

風が窓を鳴らしている。明日は雨が降るのだろうか、雲の動きが怪しい。

 

「旨い」

「え?……よかったわ」

 

ロイは口数が少ないからこういう何気ない言葉が凄く嬉しい。言葉がなくともロイは顔で訴えるからそれだけで十分なんだけれど。好きな鳥料理が出てきたときの顔は自覚していないけれど緩んでいて、嫌いな根野菜が出れば一瞬眉を寄せてそれからはずっと無言で食べ続けている。

そんな顔を見るのが凄く好き。

 

「ごちそうさま」

「お粗末さま」

 

ご飯を食べ終わればご馳走様といい食器を片付ける姿も好き。その低い声も、乾燥して傷だらけの手だって、時折見せる泣きそうな顔だって、情けないと落ち込む姿だって、それにもっと笑ってるロイが好き。

ご飯を食べ終わって片付ける。食器を洗いながら、時間がなくなってきてることに焦りを覚えつつどうしようもないかと諦めている自分がいることに気がつく。ロイのためにじゃなく、私のために私が望んで決めたこと。その結果ロイと離れることは避けられない。分かってるでしょ?分かってるけれど。何度目か分からない問答が続く。

──カチャリ、と食器が音を鳴らす。心臓が止まったように思った。

イメラは背後からまわされた腕に覚えのある傷を見つけてこの腕がロイのものだと再認識する。なぜ抱きしめられているのだろうか。

 

「ロイ?」

「明日も飯作れよ」

 

ぎゅっと強い力を感じる。

ああ、なんだ分かってしまっていたのか。だけどなんでこんなに嬉しく思うんだろう。食器から手を離してロイの背中に身体を預ける。手を握れば握り返された。そういえば濡れたままだった。

 

 

「私、行くわ。やっと決心がついた。今までありがとう」

 

 

ロイを見上げる。ロイはなにも言わない。けれど眉を寄せる顔に言いたいことが伝わってくる。きっと自惚れじゃない。怒りと辛さと悲しさと……私に未練を持ってくれている。

ごめんなさい。そんな顔をさせているのに私凄く嬉しいのよ。そう思ってくれるほどには私の存在を認めてくれていたのね。

覆いかぶさってくる熱い身体に酔いそうになる。合わさる唇に泣きそうになる。手が届く喜びに気が変になりそうになる。離れる身体にこんなにも寂しさを覚えているのよ。

 

 

 

「お願い。今日はずっと一緒にいて」

 

 

 

声は震えなかっただろうか。ただ眼に焼き付けようとロイを見る。

視界が揺れて驚いてロイの首に手をまわすと、目が合ったロイはそんなイメラを見て眼を細めて笑い、頬を赤くしたイメラは口を尖らせてロイの肩口に顔を埋めた。イメラを横抱きにしたロイは大事そうにイメラを腕に抱きながら二階に上がっていく。

雨粒が窓を叩き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

──ドアを開けて、静かに音もなく閉じる。

昨日雨が降ったのか草木が濡れていて、寒さもひとしおだ。身体に巻いていたコートをぎゅっときつく抱きしめて歩く。空は晴れていて薄い水色の空には雲ひとつない。雨で洗われた世界がようやく姿を現し始めた太陽で光り輝いている。

まるで、城から出たとき見たような光景だ。

世界は美しい。

イメラは丘の端に行き、眼下に見えるディバルンバを見下ろす。まだ煙もたってない村は静かだ。数時間後には活動を始めるだろう。そしたら食卓の準備の煙が上がって、声が生まれ、駆けずり回る足音が聞こえてきて、笑い声が響き渡る。

 

 

「きっともう、戻れないのでしょうね」

 

 

行く道が分かっていても、力があっても、おそらくもうここには来れないだろう。

神聖な場所を、村を、愛して生きている人たち。不自由な暮らしに耐えて生きている。生きていくために選択をし、手を闇に染めて必死にあがいている。嘘を重ねて、蓋をして、けれど囚われて悩んで自由になりたいと影で泣いている。それでも前へ前へ進んで止まれないあの人。

世界は美しく、残酷。

どうかこの人たちがこれからも、元気で生きて笑っていますように。仄暗い嘘と罪に悩もうと笑えていますように。

……ロイ。私がそうしてみせるわ。

村に背を向けて歩く。まだ寝てるだろうロイがいる家を最後にもう一度見る。

 

 

──イメラ

──なに?

──前に話した神や運命のことを覚えているか?

──ええ、納得できなかったから覚えているわ。運命で宿命でそれは神の願いってやつでしょう。

──ああ。ランダーにとってお前が神だって話だ。

──なによもう、ふふ。

──俺は神を信じないが、ある意味俺にとってお前は神なんだ。知ってたか?

──初耳よ。……じゃあ願い事はなあに?神様に会ったんだからお願いしてみなさいよ。

──はは、もう叶ったからいい。他は……あったとしても内緒だ。

──なによそれ。

 

 

ベッドの中くぐもる声で笑いながらした寝物語。結局願いは教えてもらえなかった。

どうか……、どうかあなたがなにも背負わず自由になって笑うことが出来ますように。

 

イメラは手を握り締め歩き出す。森の中へ、村の外へ。

雪が降り積もっていく丘を1人歩き続ける。足跡を隠すように雪は降り続け、涙が流れる頬を冷やしていく。遠目に見えていたソレは徐々にはっきりとした輪郭を持ち始めて、遂にその足元に来たとき思わず笑ってしまった。見上げた城は最後に見たときと変わりない。城下町から声が聞こえてくる。先ほどから通り過ぎる人間がイメラを二度見し足を止めては歩き出している。

 

ここは変わっていない。おそらく、中もそうだろう。

 

過去に数回隠れて見た城下町はそのまま切り取ったかのようにまるで変わっていない。それは変わるまいとしているように見える。手を握り締めて息を吐く。

顔を上げて城下町に歩を進める。行事で賑わうときぐらいしか閉じ込められていた部屋では城下町からの声が聞こえなかった。だから初めて魔法で城下町を覗いたとき、そこに沸く驚くほどの音の大きさと種類に震えたものだった。大通りを埋め尽くす人ごみに飛び交う活気や熱に眼を奪われた。けれどいまはもうそれだけじゃないことを知っている。視界の端に映る大通りの影に座り込み動かない人を見つける。

 

そして今ここにいる。

 

イメラは背筋を伸ばし城を見据えて一歩一歩進む。迷いない足取りに人が避け、イメラの顔を見た人が立ち止まりふらふら後退する。声をかけてくる人も前を遮る人も見ず、イメラはただまっすぐ歩き続ける。イメラに眼を奪われた人たちが何事かとその後姿を追う。音楽隊が顔を見合わせ周囲にいる人間が驚くほどの大音量で楽器を奏で始めた。

大通りを抜け、美しい噴水を前に鎮座する城を見上げる。憩いの場となっているのか、椅子に腰掛ける人も多くいた。平和で美しい場所だ。水音が鳥の鳴き声に合わさって、木の葉も負けじと鳴きだす。

イメラの姿を見た一人の兵が仲間となにやら話したあと、慌てた様子で城へと入っていく。顔を知っている者がいたのだろう。イメラは自分を囲う好奇心の視線に眼を合わせる。そして目を見開いて驚く人たちに初めて笑いかけ、片方の手を胸にそえ空いた手でワンピースの裾を持ち上げお辞儀をする。

音が止んだとき城から兵隊が走って近寄るのが見えた。列を成した金属音が仰々しくイメラの前で止まり、身なりのいい兵が一歩進み出る。おそらく兵長だろう。見上げてくるイメラに一瞬戸惑いがちに視線を逸らしたもののまた視線を合わせ敬礼をする。

 

 

「陛下がお会いしたいと申しておる!ついてこられよっ!!」

 

 

ざわりと広がるどよめきを背にイメラは伸ばされた手を無表情で見たあと、唇を吊り上げその眼に兵長を焼きつけ笑う。

どうやらまだ存在を知らされていないらしい。ツダの村を探すときも大々的に探したにも関わらず、決してその理由を言わなかったのだろう。王族だということも、まして加護のことは必ず言わなかったのだろう。

ならば。

私には力が必要だ。王族とて認識されねば力も持てない。幸い役者は足りている。有り余るこの力もある。

 

「さあっ」

 

焦れた兵長がイメラの背に手を伸ばそうとしたがイメラは払いのけ兵を地に押し付ける。

 

「なにを……っ」

「出迎えご苦労っ!」

 

気色ばむ兵たちを威喝するような声だった。その華奢な身体のどこから出てきたのか、威厳ある朗々とした声は兵たちはもとより、いまでは噴水広場を埋め尽くす人々にも響き渡る。驚きのためか人々はぴくりとも動かない。ふっとイメラは笑う。余裕のある、そしてあまりにも美しく妖しい笑みだった。兵たちは自分たちよりも背の低い美しい女に魅入り眼を離すことも動くことも出来なくなる。人々が見たイメラは先ほどまでの穏やかに微笑むだけの美女ではない。その華奢な身体から出る威圧感に数人がへたりこむ。

イメラは20は超える兵たちを目の前に怯むことなく立ち、強い光を宿す眼差しで一人ひとり見渡していく。そして最後に呆気にとられていた人々を振り返り、高らかに声を上げる。

 

 

「我が名はイグリティアラ=メルビグダ=ラディアドルッ!!第一皇女、ただいま帰参つかまつった!」

 

 

世界に音が消えたように静まりかえるなか、イメラは未来を想って不適に笑う。

城の窓からこちらを覗く姿を見上げあの人たちにも聞こえるように、見えるように、言い逃れなどできなくなるように──イメラは両の手を広げ声を上げる。

 

 

「オルヴェンの加護あれ」

 

 

イメラの身体に魔力が湧き上がり小さな無数の珠に姿を変えたあと、空に飛び色鮮やかな雫となって弾け散る。空を彩る花火はひらひらと真っ白な花びらへと姿を変えて城下町へと降り注ぐ。一斉に生まれた湧き上がる歓声に鳴り響きだす音楽が世界を埋め尽くして溢れていく。

さあ、これで隠すことも出来ないでしょう。

 

長い時を過ごした城の一角を見てもう一度笑みを浮かべたイメラは伸びてくる無数の手のアーチを抜け城へと入った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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