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10.魔の森

 

 

 

 

 

「昔話をしようか」

 

 

それは心のどこかで望んでいた提案だった。けれどなぜか急に喉の渇きを覚える。聞きたい、けれど聞きたくないような……。沈黙のあと、イメラは頷いてその場に座り込む。

 

「争いに明け暮れた時代が幕を下ろして平和に始まりを迎えた頃、1つの村ができました。名を持たない村、ナナシの村。神聖な場所と共に生きることを選んだ人たちの小さな小さな村。密かに慎ましやかに、たまに訪れる旅人を歓迎して過ごしていました。けれどある日突然、日常は崩れます。平和を夢見たはずの人が、また、手に武器を持ち争いを起こしたのです。立ち上がる人もまた武器を持ちます。

そして更に立ち上がった人がいました。魔を持つ人々です」

 

どきり、と心臓が鳴り、息を潜める。

魔を持つ人。魔法を使う人だろうか──そういえば人が、私が魔法を使えるようになったのはいつからだろうか。

 

 

「不可思議な現象を生み出す魔を持つ人々は恐れられ隠れて生きていましたが、時代に泣く声に立ち上がったのです。魔を持つ人々はその力で争いを鎮めていきます。また平和がやってくると誰もがそう思いました。しかしそこに立ちはだかったのは魔を持つ人々でした。

『なぜお前たちはその者たちの味方をする。今まで我らを貶め辱め蔑ろにしてきた者たちを!』

 

……争いがまた生まれました。

 

もう争いは止まりません。平和の上に、下に、息を潜めながらソレは隠れています。発作のように突然訪れる悪意に様々なものが壊されていきます。

ナナシの村も例外ではありませんでした。村人は村を襲う人から命からがらに逃げ出します。戦う村人たちの声を背負って、約束を握って村人たちは逃げ出します。

村人たちは森を抜け、静かな、穏やかな時間の流れる場所に辿り着きました。大きな円を描くように森が消えたその場所はまるでナナシの村のような場所です。湖も遺跡もありませんが、どこからか流れる川があり、動物が原っぱに寝転がり日光浴をしています。静かな、静かな場所。安心して座り込みます。

村人たちは振り返り暗いくらい森を見上げます。いつまでも森を見続けましたが、もう誰も追ってはきませんでした。誰一人、帰ってはきませんでした。

 

村人たちは新たに村を作ります。またあの場所に戻るために、生きるために、木を切り組み立て、家を造る。土地を耕し種を蒔く。井戸を掘り水を汲み──そうして村は形を作っていきます。またあの場所に戻ることを夢見て。争いがなくなることを願って。

そしていま、神聖な場所には誰もいません。寂しくないように傍にいると想った場所は独り静かに静かにその場にあり続けます。村人は誰も帰ってはきませんでした」

 

 

ランダーが近くに咲いていたラシュラルを手折ってイメラに差し出す。甘い香りがする。ラシュラルを手にしたイメラは可愛らしい花弁を撫でる。この花はその昔にも咲いていたのだろうか。

 

「静かな静かな場所に、声が生まれました。村人たちの声です。村人たちは川の流れる場所で生きていました。子供が走り回り、笑い声が響く村です。それはどこか神聖な場所と同じようで、村人たちは幸せそうに笑っています。神聖な場所は遠い遠い昔の出来事、見れる者も少なく限られている。けれど村人は見ること叶わずとも神聖な場所を想って、語り継いで、次の者に神聖な場所を託していきます。1人の村人が今日も森に消えていきました」

 

イメラは顔をあげる。妙ないいまわしだった。見れる者は少なく限られている?どういうことなのだろう。

 

「イメラも気がついてるだろ?ここは魔の森だよ。他は知らないけどこの魔の森は普通なら入っても戻される。正しい場所を通らない限り、一定の魔力がない限り」

「魔力?……なら村人たちは帰らなかったんじゃなくて帰れなかったということなのかしら」

「その通り。生き残った村人の中には魔力を持つ人もいたけど1人だけだったんだ。その1人だけしか神聖な場所に辿り着けず、村にも帰れない。村人たちは魔の森に閉じ込められた。そこで生きるしかなかったんだ」

「そしていま魔の森を通れて目的地に辿り着けることができるのはロイと、ランダー」

 

心臓が音を立てて主張し始める。しかし逸るイメラとは違いランダーは穏やかな表情をしていた。簡単に頷く。

 

「うん、そうだよ。俺たちは時々この神聖な場所に来て侵入者の確認をしたり、手入れをしたり、休憩してるんだ」

「どういうことかしら?」

「最近綻びが出てるのか魔の森を通ってここや村に辿り着く人が増え始めたんだよ。その侵入者を確認して、元いた場所に戻すんだ。争いにしかならないからね。幸い2度もここに来れた奴はいないから、俺たちは旅人たちを休憩させて回復したらそのまま見送るだけ。

手入れは墓のことだよ。村に墓がなかっただろ?あの村で誰かが死ねば俺たちは骨を持ってここに埋めに来る。最期はここに還れるんだ。……休憩は休憩。ここに来ると落ち着くし、ここで眠ってる奴らも誰か人がいたら嬉しいだろ」

「……そうね」

 

だからディバルンバには囲いがあったのか。村以外の関わりがないのが普通で、稀に訪れる旅人がどこからかやってきてくるのが分かってもその道を通って旅人のように違う場所へと行こうとしない。

できなかったのか。

 

「昔はね、今ほど魔法が使える人は少なかった。今でもそう多いほうでもないしディバルンバなんかでいったら凄く少ない。だけどね、増え始めてる。これはどういうことなのかな?いま調べてるんだけどよく分からないんだよね。魔法が生まれた最初さえ分からないし、使える人と使えない人の理由さえも。……ねえ、イメラ。本当は俺とロイの他にももう1人魔法を使える子がいたんだ」

「え?」

「ロイの妹」

 

思いがけない答えに言葉を失う。ロイに妹がいるだなんて数ヶ月はここに住んで初めて知った。それはつまり。

 

「うん、死んじゃった。正確には殺されちゃったんだ。旅人に」

「旅人、に」

「この場所に来てね、いつでもここに来れるように文様を書こうとしたんだ。そんなことしてもどうせできないからそれ自体は別にいいんだ。ここに働く途方もない魔力に割り込んで転移なんてまずできない。ましてここに住んでいるものじゃないのなら尚更。旅人もそれを危惧したのか、リルカに目をつけた。ここに住んでいるリルカならなんらかの媒体になるだろうって。リルカは抵抗して、それで、殺された。俺たちはガキで弱くて甘くてリルカを助けられなかったし、旅人を殺すこともできなかった。……今の俺なら戸惑いなくアイツを殺せるのにね」

 

ランダーは笑っているのに、どこかうすら寒く感じる。知らずラシュラルを握る力が強くなった。

 

「ロイがあれを始めたのはそのあとかな。伝承通りだね。平和を夢見たはずの人が、また、手に武器を持ち争いを起こしたのです。立ち上がる人もまた武器を持ちます、ってね」

 

ランダーが立ち上がってイメラに手を伸ばす。イメラは差し出された手に掴まり立ち上がる。片方に握られたラシュラルを見て、ランダーがやりきれないような顔をしたあと眉を寄せ辛そうに笑う。見下ろした先にイメラの視線と絡んだ。

 

 

「あなたを想う」

「え」

「……廻り逢い、奇跡。花言葉だよ、イメラ」

「え?あ、えっ、ええ」

「行こっかー」

 

 

手をひかれて歩き出す。目に焼きついて離れない美しい湖とラシュラルの花が鮮やかな色をもって記憶を埋め尽くそうとする。

お墓……。

 

 

イメラはラシュラルの花が咲き乱れている場所から眼が離せなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



 

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