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09.昔話

 

 

 

からりと晴れた太陽の光が眩しい。

イメラは目を細めながら空を見上げる。淡い水色に色を足すように綿飴のような白いふわふわした雲が薄く線をひきながら浮かんでいる。すっかり秋の空だ。

ショールを羽織って少し肌寒い風から身を守る。

 

 

「あ、イメラ姉ちゃんどこ行くの!」

「ちょっと散歩にね。リヒトくんは?」

「セリナとシーラがさーなんか作ったっていうから貰いに行くとこ!イメラ姉ちゃんも行く?」

「リヒトくんも隅におけないわねえ。ふふ、ごめんねリヒトくん。また今度誘って」

「ちぇー、ま、いいけど。それじゃまたね!」

 

 

笑顔で手を振るリヒトに手を振り返しながらイメラは微笑む。

セリナとシーラが2人で一生懸命お菓子作りをしていた姿は記憶に久しい。失敗続きでどうしようと泣きつかれたけれど昨日は成功したと笑顔で報告してくれたのだ。味見してと渡されたクッキーは可愛らしい小さな丸いクッキーで味もバターの風味がする美味しいものだった。きっと今日渡すのだろう。2人で、頬を染めて照れ笑いをしながら。リヒトくんの「美味しい!」の言葉を待ってウズウズしているはずだ。

心がふわりと温かいもので埋まってなんだか口元が緩む。

 

「おはようイメラちゃん!いいことでもあったの?」

「ふふ、分かりますか?」

「そりゃそうさ!ニコニコ笑っちゃってまあ」

「き、気をつけます」

 

すれ違うメアリーにも他の村人にも笑って指摘されて、イメラは頬を手で押さえる。そうしている間についた川には誰もいなく、川の流れる音や風の音、木の葉がざわめく音以外にはこれといった音もない。目を閉じて1度深呼吸をすると気持ちが落ち着いた。

こっそり辺りを確認してもう一度人がいないことを確認したあと、川伝いに森の中に入る。

 

「ロイは畑仕事、家事はぜんぶ終わらせたし、大丈夫よ」

 

自分に言い聞かせるようにそう言ったイメラは後ろ髪ひかれるように1度足を止め辺りを見渡したが、腹を決めたように息を吐くとずんずん森の奥に入っていく。

前々から気になっていたのだ。あの城の──私の部屋に隠してある本、加護を与えた人から貰ったあの本がいうには、この世界には魔法が働く魔の森が数多くあるという。身体に流れるエネルギーを実体として外へ放出する魔法を人間が使えるなら、同じ生命体である植物が使えたとてなんらおかしくはない。

イメラは川沿いという目印をなくさないように歩きながら川を囲む森を注意深く見る。おそらくここがその1つだろう。

 

「間違いないわ」

 

見覚えのあるものを見つけ、正確には見覚えのあるものを何度も見つけて断言する。予め歩き始めの光景を覚えてから出発したが、より確かにするため途中石を詰んで目印を作ったのだ。

 

「これを見るのはもう5度目。最初の場所に戻されるようになっているのね。魔法が使われたなんてことまったく気づかせずに……っ」

 

石を崩して試しに引き返してみると数分後には元いた場所に戻った。

口元が緩む。イメラは心が昂っているのを自覚する。なにせ自分でも尋常じゃないと分かる魔力を持つ自分を超える魔力がこの森で働いているのだ。

……この私が魔法が使われたことにまったく気がつかなかった。この森が魔の森だと分かったのはあくまで状況証拠で、魔法が働いた瞬間に気がついたからじゃない。物心ついたときからこの手に負えない魔力をなんとかコントロールし、人に気がつかれないように隠すことも身につけ、例えそれが他人によっては強大であろうと自分が制御できる最低限の魔力の幅を増やしていった。身体に流れる魔力はこの小さな身体から逃げてしまいたいといわんばかりにパンパンで張り裂けそうで、魔力を小出しにするのが一番難しい。魔法を使う瞬間は蛇口を全開にするようなものでそのすぐ一瞬後に蛇口をギリギリまで閉めなければ爆発してしまう。

 

 

「魔法に関しては誰より心得ていると思っていたのだけど」

 

 

悔しいような嬉しいような変な気持ちだ。人ではないけれど自分よりも強大な力を持つ存在に出会った。心臓がドキドキ音を鳴らす。

……なんだかわくわくしてきちゃったわ。

イメラはまた歩を進める。今度は川沿いではなく、森の中、道なき道を楽しそうに。なにせ自分を超える魔が働く森だ。なにがあるか分からない。こんなに楽しいことはないだろう。それにもしかしたら、この村に人が訪れない理由が分かるかもしれない。

 

「ディバルンバは魔の森に在る村ということなのかしら。となるとさっきの例から考えるに、あの村に辿り着くことはなかなかない?元いた場所に戻されるなら、入ろうとした場所から魔の森の中にあるディバルンバには行けないわよねえ。村から魔の森に入っても元いた場所に戻されたし、憶測が正しいのなら村の孤立する理由になるけれど……」

 

それなら、たまに訪れる旅人はたまたまディバルンバに着いたということなのだろうか。こんな強い魔力が働いているのにも関わらず抜けがあるのだろうか。

私は──ロイに連れてきてもらった。そういえばロイはなぜ私を文様を使って転移させこの村に送ったのだろう。村を大事にしているロイが、そうそう赤の他人を連れてくることはないはず。しかも自分が連れ去って売ろうとしていた人物でそれを分かってる人物をだ。それに、そう。

ツダの村に行くとき森を通った。正確には村の入り口から出て丘を歩きディバルンバを覆う森を通った。あの森もきっと魔の森のはず。位置的にはこの場所ととても近い。それならなぜあの時はツダの村に行けたのだろう。……もしかするとそういう道があるのだろうか。ここを通れば目的地に辿り着ける、そんな決められた道があるのだろうか。

 

「分からないわ……」

 

歩けど歩けど、元いた場所に戻ってしまう。変わらない景色に、どうにかしてきっとあるだろう道を見つけようとしたが見つからない。なにか法則でもあればいいのだが、それさえ分からない。

 

 

「迷子になるよ、イメラ」

「っ」

 

 

──完全に油断していた。

魔の森に気を取られすぎて、周りを気にしていなかった。そもそも魔力で周りを探知するのも忘れていた。振り返ると背の高い男、ランダーがイメラを見下ろし微笑んでいた。黒い髪は少し伸びたのか目元を隠している。そういえば、髪を切ろうかなって言っていたわね。

 

「どこか行きたいの?」

「どこ……そうね、どこかに行きたいわ」

「じゃあ、おいで」

 

ランダーはイメラに背を向けて、まっすぐ、迷いのない足取りで歩いていく。イメラは慌てて後をおいかける。小走りでようやく追いつく速さにイメラは混乱する頭を働かせながら、しっかりと辺りを見渡す。川の流れる音が遠ざかり、枝を踏む音が森に響き渡る。風が鳴り、葉がざわめいて、鳥の鳴き声が聞こえる──景色が、変わった。

陽の光で明るかった森が薄暗くなって、足元に生えていた草が大きくなって前へ進むのを邪魔する。獣の走る音が遠くで聞こえた。

 

 

「待ってランダー!どこに行こうとしてるの」

「……ここだよ」

 

 

気を抜けば見失いそうなランダーの手を掴んだとき、ランダーは止まった。そしてゆっくり進むのにあわせて歩くと、明るい光が差し込んできてそれはどんどん大きくなっていく。ついに視界を覆う森が消えて開けた空間に出た。穴が開いたように天井を覆っていた森が消えた空間には陽に照らされた眩い湖と、暗い森に色を足そうとするように森の手前で咲き誇る真っ白なラシュラルの花。ここは見覚えがあった。走って湖まで行ってみると、やはりそこには遺跡がある。

 

 

「意外だねー。ロイ、ここにイメラ連れてきたんだ」

 

 

イメラの様子に感づいたのかランダーは苦笑いを浮かべたあと座り込んだ。あぐらをかいたランダーはなにも言わないイメラを見上げると微笑む。

 

 

 

 

「昔話をしようか」

 

 

  

 

 

 

 

 

 



 

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