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08.未練

 

 

 

目覚めて感じた肌寒い空気と窓を叩く音にイメラはぼんやりとする頭を振ってベッドから起きる。

雨だ。窓から見える外はどんよりとした灰色の雲に覆われていて、ざあざあと雨が鳴いている。

 

「朝ごはん、朝ごはん」

 

火を起こし、鍋を取り出し、慣れた手つきで食材を切っていく。料理がおおかた出来てきた頃合いに階段を下りてくる音が聞こえる。誰か見なくても分かるイメラは足音の主ににっこりと微笑んだ。

 

「あら。おはよう、ロイ」

「ああ、おはよう」

 

目を擦りながら降りてきたロイはひどく眠たそうだ。特に、ランダーたちと出かけた次の日みたいな今日には。

 

「……鳥は?」

「晩御飯」

「そ」

 

素っ気無く返す割には子供みたいに口を尖らせたロイにイメラは隠れて笑う。できたスープを器によそうと、ロイが進んで運んでくれる。そのあいだデザートにと果物を切っていれば、一瞬嬉しそうに顔を綻ばせたのが見えて、今度は隠しきれずに笑ってしまった。気がついたロイが決まり悪そうに席に座る。

実りの秋とはよくいったもので、最近は果物がよく採れる。これから冬がくるのだという前ぶりなのだとしても、秋の季節は好きだ。冬越えのため、山へ食料を採集しながら見る見事な紅葉といったら言葉もない。季節の変わり目はどこか切なさを感じさせるのに、大きな、自然というものが姿を変えていく様は雄大で美しい。秋はとくに変化の様が顕著で心が奪われる。

なによりロイの好きな食べ物が多い。

 

「いってくるわね」

「はいはい」

「いってらっしゃいはないの」

「いってらっしゃい」

 

背を向けて手を振るロイにイメラは不満そうにするも、洗濯籠を持ちながら楽しそうに丘を下っていく。早朝とはうってかわって太陽が姿を見せた空のした、イメラの気持ちを表すように金色の髪がキラキラと輝いている。

ロイはそんなイメラの後姿を窓から見ていた。

 

「あら、お洗濯?」

「メアリーさん!そうなんです。リヒトくんはセリナちゃんたちと遊んでるんですか?」

「そうなのよ。元気すぎて五月蝿いったらありゃしない」

「元気なのはいいことですよ」

「まあそうだけどねえ」

 

限度があるわねえ。そう言いつつ笑うメアリーの顔は柔らかな表情で、イメラも口元を緩める。

川に石で小さな囲いを作り水溜りを作ってそこに洗濯物を入れ洗う。最初こそ不慣れで綺麗に洗うことはおろか囲いから洗濯物が出て流れてしまうこともあったが、今では慣れたもので話しながら洗濯もできるようになった。

イメラは切りたくてしょうがないがロイの厳しい目のため切ることができない長い髪をくくっておだんごにする。動くとあまった髪が垂れて頬をくすぐった。ああ、邪魔だわ。

 

イメラは髪を耳にかける──そんな姿を、メアリーはじっと見ていた。

囲いから流れようとした洗濯物が足をくすぐってはっとする。見惚れてしまっていた。洗濯物を絞って籠に入れ、残りの洗濯物を手洗いする。けれどやはり視界に映るイメラに気がいってしまう。

こんな人が、世の中にはいるのね。

何気ない仕草でも同性でも目が奪われるほどの美しさ。……思わないでもないのだ。きっと、いや、必ずこの子は下民でも平民でもないのだろう。貴族、もしかするともっと上流かもしれない。それほどに見慣れない容姿で立ち振る舞いも洗練されている。小さなことかもしれないが、仕草にだって話し方にだってなにか滲み出る違いがあるのだ。

けれど今、目の前にいるこの子は美しい容姿をコロコロと変えて笑い怒り、家事をして、肉刺を足裏や手にこさえながら畑仕事もして、洗濯をして、ここで生活をしている。

そう思うと喉まででかかってる言葉は言えなくなる。

なんて、弱い。

 

 

「イメラちゃん」

「はい!なんでしょう?」

 

 

服を絞り、こちらを見る美しい娘は私とそう変わらない年齢だ。おそらく3・4歳ぐらいしか年の差はないだろう。

脳裏をよぎるのは昔と違い笑うことの少なくなったロイの顔。

 

「ロイは、ちゃんと、ご飯を食べているかしら」

「え?はい、食べていますよ?」

 

籠に服をおいたイメラがメアリーを見て首を傾げる。無垢な表情に罪悪感が生まれる。慕って名前を呼んでくれ、子供たちとも仲良く遊んでくれ、村の人間ともいい関係を築いてくれている。

そしてなにより、村の若者たちを、ロイを──正面から見てくれている。まるであの子のように真正面から立ち向かって、私たちみたいに気がつかないふりをしない。

 

「イメラちゃんは妹みたいで可愛いわ」

「妹ですか?……私、そんなに幼く見えるんでしょうか」

「幼くは見えないわ!」

「え、あ、ありがとうございます……?」

 

お腹を叩いて笑ったメアリーにイメラは更に首を傾げる。喜んでいいことだろうか。

ふいにメアリーは動きをとめ、一瞬寂しそうな顔をして、笑った。

 

「イメラちゃんがいると周りがぱあっと明るくなるのよ。真面目でしっかりしてるのに、どこかぬけてて、いっつも笑顔で誰彼構わず懐いちゃって」

 

メアリーの言葉にイメラは落ちつかな気に視線を彷徨わせる。少し頬が赤い。

……あ。

視線を逸らした先、川に洗濯物が流れていた。メアリーのだろう。イメラは流れてきた洗濯物を慌てて取り上げる。危うく下流まで流れるところだった。雨が降っていたせいで川の量も増え、流れも少し速いのだ。

 

「メアリーさん、これを」

 

軽く絞って手渡そうとするが、メアリーは洗濯物を見たあとイメラを見て動かない。

 

 

 

「お願い、ロイたちを見捨てないでやって」

 

 

 

それは突然の言葉で、イメラは目を見開く。

ざわざわ風に煽られて木々が鳴き始める。葉っぱが力なくちぎれ飛ばされていく。イメラはふいに川の冷たさを思い出した。

 

「分かっているのよ。本来なら私たちがすべきことだってことわ。私たちの問題なのよ。でも、もう私たちはなにもできないの。ロイたちも決して受け入れてくれない」

 

拳を握るメアリーは決してイメラから目を逸らさない。

おそらくあのことを言っているのだろう。ロイたちの秘密、いや、村の秘密。

 

「最初は違和感だった。私たちはこの村から出られない。土地もそんなに広くはない。耕せる土地だけでは十分じゃない。そこに追い討ちをかけるように不作が続いて……それなのにロイたちはどこからか食べ物を持ってきて、お金まで持ってくるようになった。外で稼いできたと言っていたわ。そんなこと危ないと、してはいけないと私たちは言ったけれど、そうしないと村が存続できない状態になってきていたのは事実だったから、結局ロイ筆頭に村の若者が外に出ることは認められたの」

 

この村に来て過ごすうちに知ったのは、他の村や人との交流が一切ないこと。それが普通であること。

リヒトくんたちから聞いた話によると私のようにたまに流れ着く人がいるものの滅多にそんなことが起きないのだということ。

もしやそれが外での普通の生活なのかと思ったが、ロイに連れられて行った村々や街ではそんなことはなかった。むしろ交易で村の存続のため率先してしているところもあったぐらいだ。

なら、なぜこの村はこんなにも外から閉ざされた場所なのだろう。ロイたちがしていることを隠すためだろうか。それにしては外との繋がりを持つことは駄目という常識のようなものがこの村には根付いている。ロイたちがあのことをする前からのようだ。

なぜ。

 

「ロイが笑わなくなって、ランダーたちと集まって村のはずれに家を造ったかと思うとそこに定期的に集まるようになって……そこから食料や見たことの無いものを持ってくるようになった」

 

遠い所から声が聞こえる。楽しそうに笑って喧嘩をしながら近づいてくるのはリヒトくんたちで、一瞬だけメアリーさんはそっちを見た。

 

「分かっているのよ、本当はなにをしているのか。……イメラちゃんは」

「知っています」

 

あのこと。

この村以外の人を襲って、略奪をして、金儲けをしていること。

 

「そう……そう」

 

お母さーん!

声が聞こえる。メアリーはいつものように笑ってリヒトくんに応えた。

 

 

「……ごめんなさい」

 

 

消えそうな声はそう言った。メアリーは乱暴に顔を拭うと残りの洗濯物を絞って籠に入れる。じゃぶ、と水が跳ねる音がする。砂利の音が遠ざかっていく。

 

「メアリーさん」

 

なにも言えずその場に立ち尽くす。イメラの姿に気がついたリヒトがメアリーと繋いでいない手を振ったのに、イメラは小さく手を振りかえした。

ごめんなさい、か。

2人が見えなくなるまで見送ったあと、イメラもすべての洗濯物を回収して川から出る。足が冷たい。地面に座り込んで感覚の無い脚をさすりながら川を眺める。この村に初めて来たときはまだ夏だった。川での洗濯の仕方を教えてもらって入った川の冷たさが気持ちよくて、キラキラと光を反射する川が大好きになった。今、衣替えをした木の葉を乗せて流れる川はあの時から変わっていないはずなのに、どこか、あの日とは違って見える。

 

「私は、謝りません」

 

生きることは選択の連続だ。

知らないで済ませたくない。知らなかったなんて、嫌。でも知ったら逃げられない。知らなかった自分ではいられない。

加護を求めていたあの人たちもそうだったのだろう。絶大な力、富にも力にもなる私の加護を知り、利用することに決めた。私を逃がさないように知識を与えず閉じ込め綺麗なもので周りを固め、周りが良くなるように人を選び加護を使った。

私はこの村をとった。

ロイたちがしている非道なことを知りながら、止めもせず、ただ傍観している。目の前でそんなことをされたなら止めるかもしれない。いいえ、分からない。けれど確かなのは、私にはロイ達を否定できない。ロイたちを取り押さえることもできない。

私はこの村が好きなのだ。村、が。

私は、この村をとった。

共犯者。

 

 

「俺は、あなた方の悪魔にもなれるらしい」

 

 

呟いて、嗤ってしまう。

そんなイメラの表情は部屋に飾ってあった勇者の肖像画とまったく同じ顔をしているが、イメラが気づくことは無い。

靴を履いて立ち上がる。また曇り空になってきた。そろそろ帰って晩御飯の仕込をしないと。

 

「イメラ」

「……ロイ?」

 

咎めるような声が聞こえて見てみれば、眉間にシワを寄せたロイがいた。大股で近づいてきたロイはイメラを難しい顔で見下ろしたあと、腰布をとってイメラの肩に巻く。

 

「え?」

「風邪ひく。体、冷え切ってるぞ」

「ちょっと」

「帰るぞ」

 

ロイはイメラの持つ洗濯籠を奪ってすたすたと歩いていく。呆気にとられたが、イメラは困ったような笑みを浮かべたあとロイを追いかける。

 

……私は、ひどいことをしている。恨まれるだろう。

 

ツダの村で死んでいた村人、腕に抱いた子供のことを思い出す。それでも、ああ、そうなのだ。駄目だ。どうしても。

イメラは自分の手を握る大きな手を見る。追いついて隣に並んだイメラの手を握るロイは顔を合わさず前を向いたまま──ねえ、ロイ。私は迷っているの。

あなたのことを思うなら、止めたほうがいいのだろうか。けれど、そのあとのことが私にはなにもできない。この村の人すべてを養うこともできない。身を隠すような状態で、なにができるの。この加護を、力を使えば?けれどそれは諸刃の剣だ。力がこの村に留まる範囲ならいいけれど、それは絶対とはいえない。使えば見つかる可能性も高まる。ツダの村のことを考えれば、もし見つかれば、この村も同じことになるかもしれない。

あなたのことを思うなら、協力したほうがいいのだろうか。この力を最大限に使って、軍隊だって退けてしまえばいい。

分からない。分からない!

 

「……どうした」

「なんでもないわ」

 

いいや、そうじゃないのだ。

私は弱い。

けれど今はもう、何も知らない訳ではないのだ。そしてこの力がある。そして、私はまがりなりにも王族なのだ。

……分かってるの。

少しだけ力を入れてロイの手を握る。

 

 

だけどもう少しだけ、一緒にいたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



 

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