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06.知りたいもの

  

 

 

称えようか称えようか

光ある世界

花は咲き風は踊り葉は香る

 

いきましょういきましょう

あの場所へ

 

愛ある世界

笑いし人は愛しい人

貴方も共に

 

いきましょういきましょう

あの場所へ

 

無知なる世界

扉を開けた先に見たのは嘆き

人は祈り涙を湛えた

伸ばした先は常に同じで知ることもなかった

君は、君はその手を

伸ばされてきた手に押し付けた

残酷な現実に気づいた私は目を閉じた

 

 

 

 

 

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薄暗いぼんやりとした視界だった。瞼がひらきにくく、イメラはそっと手で触れてみる。思いのほか冷たい指先に感じるのは涙が乾いてパリパリになってしまった跡だ。

 

「ここは……」

 

酷い声だ。掠れてしゃがれた声に自嘲する。暗闇に慣れた目にはお世辞にも綺麗とはいえないベッドが見える。どうやらここは小屋らしい。身体を起こして恐らくいるはずだろうロイを探してみるが、いない。ロイ。

 

──冷たい小さな身体。

 

最後に見た記憶が鮮明に蘇ってくる。切り裂かれた身体から溢れ流れた血が身体を染め上げていて、破れた服から見え隠れする内臓と骨は散らかされていた。肉になったそれを食む蛆虫、侵入者を警戒するように辺りに飛び交っていた野鳥が仲間を呼び鳴き声をあげていた。顔を起こせば死体はそこらじゅうに転がっていて、手に抱いた少女の感触にこれが夢ではなく現実なのだと知った。同時に襲ってきたのは鼻をもぎとりたくなるほどの異臭だった。思わず口を覆うと鉄臭さが強くなる。手を見れば赤黒く汚れていた。

 

これは、一体どういうことなのだろう。

 

頬を伝う涙の存在を知らしめるように生ぬるい風が冷やしていく。なにも言えなく、なにも考えられず、なにもできない。

『これが現実だよ、イメラ』

見下ろしてくる視線はどこまでも暗く、けれど感情が読み取れない。嘲笑を浮かべたロイの目尻に涙が浮かんで、落ちた。

『なんて、こと』

思い出した光景に性懲りもなく流れる涙は、身体の水分が消えるまで止まらないのだろうか。なにもできないくせに、泣くことだけはできる。震える手を見ればやはり血がついている。夢ではないのだ。

知らなかっただけで、あんな凄惨な事態が起きていたのだ。恐らく、ツダの村に限らず何度も起きていることなのだろう。ロイは驚きも慌てもしなかった。倒れて動かない人の横を普通のことのように通り過ぎる。

あんな、城と目と鼻の先の場所なのに……っ。

 

『イグ。お前の加護のお陰でこの子の足が動くようになったそうだ』

『イグリティアラ様!このご恩は一生忘れはしませんっ』

『イグリティアラ様がいればこの国は一生安泰ですな』

 

煩わしい幻聴が聞こえる。そうだ。これは、幻聴だ。

 

『民は皆豊かに暮らしております』

『イグリティアラ様はまるで神の子のようでいらっしゃる』

『神の子、か。それはよい』

『神子が我らに加護を与えてくださる』

 

まとわりつく声が身体を縛って締め上げてくる。頭を撫でようと伸びてきた大きく太い手に私は逃げられなかった。

『イグ。我らの、愛しき神子よ』

彼らが私を見下ろし笑う。視線を合わせて膝をおった女が微笑み私の頬を撫でる。

『イグ。愛しき神子よ。我らに加護を』

伸びてきた細い手が私を抱きしめて、呪文のように私を神子と呼び加護をせがむ。

『お父様、お母様。私は、できません。もう加護を使いたく、ありません』

子供心にも分かるほどの下心を隠そうともしないで近づいてくる周囲の人間の目。つりあがる口元に甘ったるい声が上乗せされる。逃げられない無数の手が何度も伸びてきて加護を叫ぶ。それが普通になり、当然になった。

恐ろしかった。

自分よりも大きな人が膝を折り頭を下げ涙を流し叫ぶ人も、すがりついてくる人も、できないことを知るや否や罵声を浴びせてくる人も、ありがとうありがとうと泣きながら向けてくる畏怖の目も、なにか異物を見るような目もすべて。

 

……私の言葉を聞いた彼らの顔は、一生忘れられないだろう。

 

時間が止まったように笑みを貼り付けたままで止まった彼らは数秒後、ひどく優しい声色で『なにを言っている?』と問いかけてきた。身体にまわされた手に力が入って一瞬息ができなくなった。彼らは微笑んだままだった。

そして世界は閉ざされた。

子供1人には十分すぎる程広い部屋に隔離されて、鉄格子越しに見える空をずっとずっと眺めていた。手の届かない、囲い越しにしか見えない世界は余りにも遠く遠く遠く──

 

 

「……ああ。本当に、この加護はあの人たちにとってだけの加護だったのね」

 

 

彼らの私腹を肥やすためだけのものだったのだ。

確かにイメラの力で救われた人もいるのだろう。けれど、けれど──私は一体、なんの為に生きているのだろうか。王族なんぞ名ばかりで、加護なんて異形な力を持っていても、なにもできない。そればかりか私が原因で1つの村が滅びた。

 

「起きたか」

「ロ、イ」

「食えよ」

 

古びた音を立てて開いたドアの先にはロイが立っていた。背後に見える闇色にいまが夜なのだと知った。ロイは入ってくるなり無造作に干し肉とパンを投げてくる。受け取る力もなくて膝の上ではねたそれらを呆然と眺める。ロイは椅子と思われる丸太に腰掛けて干し肉を噛み千切る。

 

「今日はここで泊まる。明日も歩くから食え」

 

静かな空間に咀嚼する音が響く。言葉に従ってパンを手にとってみるが、とてもじゃないが無理だった。干し肉から香る独特の匂いに胸がむかつく。

 

「とても、そんな気分じゃないのよ」

「いいから食え」

 

冷たい声だ。

 

「お嬢様にはこんな粗末なものはお気に召しませんかね」

「違うっ」

「食えるだけで俺らは幸せなんだよ。食えるときに食っとけ。なにがあるか分からねえんだ。明日死ぬかもしれないし、明日襲撃されるかもしれない。体力も気力もなかったら終わりだろうが」

 

私は、鉄格子越しに見える空を見ながら世界はどんなものだろうかと想像していた。加護を与えるときに出会う人たちとの私語は許されなかったけれど、数少ない会話のはしばしから一生懸命に想像していた。私の周りを囲う人たちの話はどうも信じられなくて、けれどそうなのかもしれないと思いもした。

あそこから抜け出して見た世界は光が溢れていて、それは素晴らしい世界に思えた。人々が生活をして笑いあう光景に泣きそうになった。

けれど、それだけではなかったのだ。

 

「また倒れられても面倒だ」

 

干し肉を握る。固い。あの子の肌とはまるで違う。

 

「ロイ」

「なんだ」

「お願い。オルヴェンのことを、教えて」

「そのつもりだよ、お嬢ちゃん」

 

ロイはあの時見せたような表情を浮かべていたけれど、突き放すような声色ではなかった。一瞬涙を流したロイの顔が脳裏を過ぎる。胸がずくりと鈍く痛んだ。

 

「お嬢ちゃんじゃ、ないんだから」

 

手の震えは止まらなかったけれど、本当に動きを止めてしまうよりましだ。力を込めて干し肉を握り締めて、歯を立てて噛み千切る。口の中に転がる肉は塩っけが強く口元が酸っぱくなる。パンを口に詰め込んで流し込んだ。

悔しい。悔しい。悔しい。

また流れてきた涙を拭いながら食べ続ける。

私は無力だ。

けれど、必ず、必ず、こんな気持ちにならないようこれから生きていく。生きる。

 

 

知りたい。

この世界のことをもっと知りたい。この目で見たい。そのうえで私はこの世界に生きていきたい。

そして──

 

 

 

ねえ、ロイ。あなたは……どんな世界を見てきたの。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



 

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