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02.世界の名前

   

 

 

眩い陽が降り注ぐ世界。

意気揚々と歩き続けて数刻、女はふと立ち止まり首をかしげた。

 

「ここ、どこかしら?」

 

歩けど歩けど野ばかり。もうそろそろツダの村に着いてもおかしくないのだが、一向に村は見えない。しかも記憶とどうも今いる場所が一致しない。これはもしかしなくとも迷ったのだろうか。

 

「確かまっすぐ行けば村だったのにおかしいわね……。余所見してたのが悪かったのかしら?そういえば森に入っちゃったような気もするわ」

 

女が家を出たとき森は左側にあった。しかし今は右側にある。頼りにしていた記憶があやふやで、地図もなければ標識もない。

──歩き続ければいつか人に会うでしょうよ。

気楽に考えていたが歩けども歩けども誰にも会わない。

 

「でもまあいいわ。あら?」

 

悩む女の背を押すように風が吹く。乱れた髪が顔をくすぐるのに笑いながら、女はワンピースをふわりと押し上げる風と遊ぶように手を広げる。

 

「考えてもしょうがないわね」

 

本当ならばい上を出て馬車で1時間で着くはずの道のりが5時間を超えいまだ着かなくとも、正直なところ別にどうでもいいのだ。

──ああ、風が気持ちいい。

女は気持ちよさげに眼を閉じて風を感じていた。

 

「……上玉だ」

 

聞こえたのは、低く、下なめずるような男の声。

女は声がしたほうへ振り返る。金の髪が陽の光りでキラキラと輝いた。声のしたほうには、いままで気がつかなかったことがおかしいぐらい近くに数人の男が立っている。あまり、歓迎された空気ではない。

 

「おい、これはいい拾いものしたぞ」

「あの顔……それにあの髪見ろよ?あれだとどっかのお貴族でも通るぞ」

「ああ。たんまり稼げるぜ」

 

品定めするような不躾な視線が女に集中する。けれど女はその視線に怯むどころか子供のように手を合わせて喜びをみせた。

 

「人だわ!」

「は?」

「もう、おかしいのよね。ぜんぜん人が見当たらなくって困っていたの。あなた達に会えてよかったわ!」

 

女は無邪気に微笑み、男たちに近寄る。

男たちは一瞬それぞれぼうっとした顔になるが、すぐさま熱を持つ顔を冷ますように頭をふった。予想外な状況に少し混乱しているようだ。

 

「なんだ?あの女とんだ世間知らずじゃねえか。どこの田舎もんだよ」

「まあいいじゃねえか。これで売りやすくなったってもんだろ。見たところ道に迷ってるみてえだし、街まで連れて行ってやればいいのさ。ついでに寝床まで用意してあげればいいだろ」

「いいねえ。だが、少し味見するぐらい……いいだろう?」

「なにを味見するのかしら?」

「「「っ!」」」

 

身を小さくして話す男たちのあいだに女は顔を覗かせて不思議そうに首を傾げる。あまりの無防備さに男たちが驚いたのも束の間、ニヤリと笑みを浮かべると男の一人が折れそうなほどに細い女の手首を掴んだ。

 

「どうしたの?」

 

見上げてくる小さな女。大きく鮮やかな蒼い瞳。ふっくらとした赤く色づく唇。滑らかで触り心地のよい肌。それが男にほんの少しだけ暗い気持ちを抱かせる。

 

「味見すんだよ。……安心しろ。すぐにすべてどうでもよくなる」

 

風が吹き、金の髪が男と女に絡みつくようにして流れる。女の後ろにもう一人の男が、隣にも男が立つ。

 

「そんなに力を入れたら痛いわ」

「おいおい、ここまできても分からないか?それとも好き者なのかよ?ん?」

 

空いていた男の手が、女の頬に触れる。

男の眼は危うい視線を潜めて女を映していた。口元を舐めながら、歪めていく。

 

「痛いのよ。分からない?」

「まだ序の口だ……ろ───え?」

 

男には理解できなかった、その一瞬。事態は一変した。

色に惑わされ濁っていたからなのか、ソレがあまりにも早かったからなのか、理解できなかったものだからかは分からない。

だが、ソレは起きた。

最初に細く柔らかい感触が男の手から消える。そして男の世界は反対になった。

──投げ飛ばされた?こんな女に?

地面に落ちて体全体に痛みが走る。男はようやくソレが本当のことだと分かった。しかし信じられない心地で体を起こして、目の前で先ほどと同じ場所に立つ女を眺めた。女は男を見て微笑んでいた。

微笑む女はとても美しい。天女。そういっても過言でない美しさだ。

だが、どうしてだろう。

男はぞっとして震えた。驚くぐらい美しいのが目を引くだけの、か弱い女のはずだった。それがなぜこんなにも──

 

「てめえ!!調子にのりやがって!!!」

「痛い目みなきゃわかんねえのかあっ!!!?」

 

仲間の怒声が野原に響く。

駄目だ!

男は叫ぼうと思った。

なのに、声が出ない。出せなかった。

鈍い音が鳴る。あまりにも早いその動き。

 

「あら?死んじゃいないわよね?止めてよ?」

 

無邪気な、声。

倒れた仲間の腕に触れて、笑うその姿。

 

 

「よかった。死んではいないわ」

 

 

──恐ろしい。

男は女を見て震えてしまった。弱いはずの女になにかとんでもない力で投げ飛ばされた。そのうえその力で仲間たちをあっという間に倒された。

仲間たちは……。

考えが脳裏をチラつくものの男は目の前の女から視線を逸らすことができなかった。女の視線が倒れている仲間たちから男に移っていく。とうとう目が合って、心臓が大きく脈打った。なにか分からない。ただ男は女から目を逸らせない。

ただ、女の蒼い目が綺麗だと思った。

 

「ね?大丈夫よ。よかったわね」

 

女は男を安心させるように言うと、笑いながらゆっくりとした足取りで男に近づいていく。男の顔色が蒼白になっていく。怖いのだ。

なのに、逃げられない。

……まるで魅せられてしまったかのように。

 

 

「ねえ?教えて」

 

 

甘い声。

美しい女の姿。

悪戯めいた微笑み。

男は壊れた人形のように何度も頷いた。

 

「ここどこかしら?」

 

そして、その、あまりにも理解しがたい言葉に男は一瞬で我に帰る。

 

「は?」

「だから言ってるじゃない。ここどこ?おかしいのよねえ。私ツダの村に向かってるんだけど、ぜんぜん着かないのよ」

 

女の言葉に男は愕然とする。ツダの村は女が進んでいた方向とはま逆の位置にある。しかも随分と遠く離れている。

──もしや、この女は1人歩き続けてきたのか?

ふ、と眩暈を感じ、同時に呆れた。女を見れば不思議なことに先ほどまでの異常さは微塵も感じられなかった。

 

「転移すればいいだろうが。それにお前どっかの貴族だろ?馬車でもなんでも使えばいい」

「貴族?そんなわけないじゃない」

「それにしちゃあ世間知らずだし、その格好はおかしいだろ」

「どう見ても普通でしょ」

「……」

 

あまりにもマイペースな女に男はやれやれと溜息を吐いた。

 

「いいだろう。分かった。ツダへの文様は張ってねえがディバルンバには文様張ってるからそこでよかったら連れていってやる」

「まあっ!助かるわ!!」

「ツダはいいのか?」

「いいわ!行けたらどこでもよかったから!!」

「適当だな……」

 

胸の前で手を合わせながら嬉しそうに笑う女に、男は少し顔を赤くしながら気絶している仲間の身体を揺する。が、起きない。

完全に脱力している男二人を担ぐのは正直辛い。

──どうしたものか。

悩む男の目に、懐にしまってあった赤く光る魔道具が映る。そして思いついたとばかりに女のほうを振り返った。

 

「なあ、お前魔力あるんだろ?俺の魔道具が反応してんだから言い訳効かねえからな。こいつら運ぶの手伝ってくれ。……こうしたのはお前なんだしよ。」

「いいけれど、まあしょうがないじゃない。こうしなきゃなにされてたんだか分からないわ」

 

男がうっと言葉を詰まらせたのを見ると、女は肩をすくめながら倒れている男たちに手をかざす。

 

「で、どこにつれていけばいいのかしら?」

「嘘だろ……」

 

男は目の前の光景に目を奪われて、固まる。先ほどまで倒れていたはずの仲間は二人とも宙に浮かんでいた。浮遊の魔法だ。

使える者が少ないといえども魔法は伝わっているので、浮遊の魔法自体さして珍しいものではない。

だが、どうだろう。この女は呪を一切唱えなかった。普通ではありえないことだった。

強い魔法ほど長い詠唱が必要だ。浮遊はそれほど強いものではないが、二人に使うともなると結構な魔力が必要になる。なのに女は一瞬で、詠唱も唱えずにこなしてしまったのだ。男は魔法を使い始めて10数年が経ち、力としては魔法使いと名乗れるほどになっている。力を誇っていた。

なのにこの女は男が詠唱を全て唱えなければ使えない浮遊の魔法をいとも簡単に使ったのだ。ありえない。

 

「どこに?」

「あ、ああ。俺の近くに」

「あらそこ?はい」

 

ドサッ

大きな音がして男は痛ましげに目を細める。高くまで浮遊されていたというのにも関わらず気絶している男二人は魔法を解かれ、落とされたのだ。可哀想に。

男は女の微笑む顔に苦笑いを返し、魔道具を手に取る。

そして、野に異様な光が灯された。光りはたった一瞬。しかしその光りが消えたときもう女と男たちの姿はなかった。

 

「──着いたぞ」

 

薄暗い建物の中で、男が口を開く。女は辺りを見渡したあと、足元にある文様を見て溜息を吐いた。

 

「汚いわね」

「黙れ。文様を置いてるところは大体こんなもんだ」

「手入れを怠ってると文様が消えて命とりになりかねないわよ?」

「へーへー」

 

女の忠告になにか覚えでもあるのか、男はしょうがないと呟くと薄っすらと見えていたドアに近づき、開けた。

 

「さあ、いらっしゃい。しがない田舎町のディバルンバだ」

「……素敵っ!」

 

明るい陽が差し込むドアをくぐり、見た世界。

小さな丘の上にあったらしいこの建物からは眼下に広がる小さな村が見渡せた。家からは煙が上がり、子どもたちのはしゃぐ声が聞こえる。遠くには川があり、山がある。

キラキラと光り輝いていた。

 

「ねえっ!早く行きましょうよっ!!」

「おいっ!」

 

女が男の手を掴み、引っ張る。男は女の行動に顔を赤くするやらうろたえるやらで忙しく、まだ建物の中でのびている仲間のことを忘れてしまった。女の顔から目が逸らせなかった。女が心の底から嬉しそうに笑うのが、少し、ほんの少し嬉しかった。

男は女の輝く髪を、整った横顔を、華奢な身体を見たあと思案顔で顔を背ける。

だがそれも一瞬で突然村の入り口で立ち止まった女の言葉に、また顔を女の方へと向けた。

 

 

「決めたっ!私ここに住むわっっ!!!」

 

 

女の顔はキラキラと光り輝いていて、その瞳に嘘はない。

 

「は?」

 

男は今日で何回、この女にペースを狂わされただろうかと考えて天を仰ぎ遠い眼をした。

目に映った空は雲ひとつなく、爽快な空だった。蒼い、綺麗な空。

その世界で、二人は出会った。 

 

 

 

 


 

【文様 (マーク)】

一瞬で場所を移動する転移のときに使用。文様を張った場所に行きたいとき、同じ文様を描き魔力を注ぐことで転移が可能。

微量でも常に魔力を残しておかなければ転移できないことがある。

文様が消されればそこに転移はできない。

距離や転移する人数によって必要魔力量が変わる。

 

【魔法】

普通は決まった詠唱を唱えて魔力を使うことで使えるもの。

けれど魔力が多ければ詠唱付加で魔法を使用することが可能。詠唱する=詠唱することで魔力を補う必要があった。魔力少ない人。

 

 

 



 

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