■番外編■2位ジルド もしもXmas(リーシェが桜だと気がついていない)

 

 

 

黒を塗りつぶしたような景色が部屋からもれる灯りに照らされて、ひらりひらり舞う雪を映し出す。蝋燭の動きに合わせてゆらりと浮かんでは消え、赤く、朱色に、白く、黒く身体を変えていく。

 

静かな廊下を進むジルドは視界の端にそんな景色を見つけて、なんとなく足を止めた。風の音が廊下を突き抜けて、蝋燭の火が大きく揺れる。ぐらりと熱を消しそうになった灯りに合わせて見えていた景色も大きく姿を変えた。

 

それはまるで生き物のようで、まるで──

 

「ジルドさん?」

 

突如聞こえた思いがけない声に、ジルドは心の底から驚いた。
人の気配に気がつけなかったことは勿論、こんな夜更けに歩く声の持ち主にもだ。

 

「リーシェさん」

 

声のほうを見ればやはり声の主はリーシェだった。

陽に照らされると青みがかってみえる髪は夜に濡れて真っ黒だ。蝋燭の火に照らされ影を作る白い肌と合わさると、目を離しがたい妖しさをもつ。

冷静で物事がはっきりとしている彼女を形作るような涼やかな目元は長い睫毛に縁どられている。睫毛に隠れた紺の瞳がジルドを映し出し──蝋燭の火が大きく揺れた。

 

 

「──っ」

 

 

思わず伸ばしかけた手に気がついて、ジルドは手を握りしめ馬鹿な動きをしようとした手を止める。

この人は苦手だ。

ジルドは内心愚痴りながら、いまできる精一杯の微笑みをリーシェに向ける。

 

元々女性は苦手なのだが、どうも彼女はその比ではない。話すときは言葉が形を作らず、頭はすぐに限界を超える。いたたまれなさにこの場を立ち去りたくてしょうがないのに、そのくせ彼女と一緒の時間を過ごしたいと思うのだからどうしようもない。

 

「こんな夜更けにどうされましたか?」

「ああ、少し。眠れなかったので散歩でもしようかと」

「……もしや図書室では」

「バレましたか」

 

そう言って控えめに微笑んだリーシェに言いようのない気持ちが募る。心臓が不規則に鳴り出し、妙に落ち着かない。
ジルドは彼女が苦手だった。
不意打ちのような表情の変化に、ひどく心がかき乱される。

しかし、とジルドは心を持ち直す。

 

「リーシェさん。あなたは朝から夜まで図書室にいると聞いています。それは問題はないのですが……睡眠はとられていますか?この家の誰よりも早く図書室にいるというのに、あなたより遅く図書室を出た者はいないと皆言っています。もしやこれから図書室で一睡もせずにいる気では?」

「……本の続きが気になって、つい。でもこれから気をつけますね」

「では今すぐ部屋に帰って身体を休めてください。少し、顔色が悪い」

 

 

目を泳がせたものの素直に認めたリーシェに頬が緩むが、リーシェの目元に疲れが見えてジルドはつい小言を言ってしまう。
元々白い肌は近くで見ると少々病気を疑ってしまう色合いをしていたのだ。戸惑いよりも心配が勝ってしまう。
無意識に伸びたジルドの手がリーシェの頬に触れた。触れた頬は冷たく血の気がない。
やはり彼女は無理をしすぎるきらいがある。

 

 

「……魔力は、大丈夫ですか」

 

 

ジルドの問いに、予想通り、リーシェは目を見開いたあと申し訳なさそうな表情をした。
彼女はいつもそうだ。魔力の枯渇は生死に関る。魔力を補給することになぜ戸惑いや相手への気後れが必要だろう。まして彼女のように魔力を身体に留めておくことができない体質なら、魔力の補給はより当たり前のものであるはずだ。

それなのに彼女はギリギリまで我慢する。そして申し訳なさそうに願い出るのだ。

 

 

「だいじょ……すみません。お願いしてもいいですか」

 

 

頬を撫でるジルドの指と自分の肌の温度差に気がついたのか、ただ限界だったのか。

なんともいえない表情で申し訳なさとともに呟かれる言葉に、ジルドも同じような気持ちを抱いてしまう。

 

 

「……勿論」

 

 

気がつかれてはいないだろうか。

伏せられた睫毛に、緊張のあまり──喉が鳴る。触れた肌に熱をあげる自身の指は気を抜けば震えてしまいそうだ。

リーシェの髪に絡んだジルドの指は肌を滑りリーシェの首をひきよせる。ただそれだけの動作に様々な想いが交錯してジルドはこの短い時間をひどく長く感じた。

近づく距離に互いの呼吸を感じとる。ようやく重なった唇は互いの感触を確かめ合うように触れ合って

 

「ふっ、ぁ」

 

リーシェの口から漏れ出た声がジルドの口内に響き渡る。甘い痺れは脳まで震わせて、たまらずリーシェの身体を掻き抱いた。
静かな廊下に落ちた蝋燭立てがカランと誰も聞かない音を響かせた。消えた蝋燭は夜を運んで二人を包む。

服が邪魔だ。

ジルドはそんなことを思った。
お互いに寒いのが苦手だと話したときは小さいながらも話の共通点が見つかったと子供みたいに喜んだものだった。けれど、いまは後悔さえ覚えるほど服が邪魔で仕方がない。
どうしたらもっと触れ合えるのか、どうしたらもっと近づけるのか──ジルドは先ほどまで抱いていた申し訳なさを綺麗さっぱり忘れて、この短い時間をいかに長く味わえるかを考えていた。

彼女は魔力交換を願い出るたび申し訳がなさそうにする。
けれど俺は嬉しくてたまらなくて……だから申し訳ない気持ちになる。


「ジル、ドッ」

口づけの合間に彼女が口にする俺の名前に、震えるほどの歓喜を抱いてしまう。人のことは言えないが“さん付け”で俺を呼ぶ彼女が唯一呼び捨ててくれるこの瞬間がたまらなく嬉しい。

「ジルドさ、ん」

そして現実に引き戻される瞬間はこの胸をひどく締め付ける。
間近に見える顔が普段と違い色づき余裕のないものになっている。濡れた唇からもれるアルトの声は掠れていて、普段の落ち着いた様子は片鱗もない。
俺がそうした。
そんなひどく子供じみた優越感に気がついて、僅かに残っていた理性が彼女から手を離さなければならないと訴えてくる。なのになかなか腕の中にある彼女を手放すことができない。
暗闇に慣れた目はリーシェの姿をはっきりと映し出している。

それなのにジルドの目にはリーシェが初めて会ったときのような赤いドレスを着ているように見えた。ジルドの赤い髪がリーシェの肌に落ちているのを見たせいだろう。
ジルドの色と合わせた赤い色のドレスを纏ったリーシェの姿。目が奪われるような赤ではなく落ち着いた色身だったが、それはひどく彼女に似合っていた。
自分の色を纏っているのがどれだけ心騒がせるものなのか、あのとき初めて知った。
いま彼女は紺色の服を着ている。厚手の羽織は深緑で、赤色はどこにもない。
その事実に沸き上がったのは見知らぬ誰かへの嫉妬か、焦がれる想いか、それとも別の感情か──ジルドはリーシェにぶつけてしまいそうな感情を最後の口づけに変えて思い留める。
「……すまない」
もう十分な魔力を交換したにも関わず続けてしまった口づけにジルドは謝罪をするが、次も同じことをしてしまう気がして言葉は続けられなかった。
けれどジルドが思うよりリーシェは気にしていないのか、別のことが気にかかっているのかジルドの思い悩む表情と違ってリーシェは困ったように眉を下げるだけだ。
「いえ、気になさらないでくださいジルドさん。それよりも魔力助かりました。本当にありがとうございます」
微笑むリーシェに先ほどの衝動がまた出そうになる。ジルドは一度頭を振り自分を律したあと、床に落ちていた蝋燭を取り上げた。そして様子を窺っていたリーシェに微笑んだあと、ジルドは魔法で蝋燭に火を灯す。
ぽうっと照らされた廊下にリーシェが浮かぶ。暗闇と灯りに移ろい形を変え見える姿は、どことなく窓の外に見えた景色のようだ。
美しく──けれどどこか妖しく、
魅入って──恐ろしさを抱く。
まるで魔物のよう。
女性に対して失礼だとは思いつつも、ジルドはリーシェにそんな気持ちを抱いていた。

 

 

「部屋まで送ります」
「え。いえ、あー」
「今日は図書室に行くのを休んでください」
「……はい」

 

 

言葉を飲み込み肩をおとすリーシェにジルドは気後れしたが、魔力が回復したとはいえ体力が回復したわけではない。リーシェを休ませることを第一としてジルドは心を鬼にする。

 

「参りましょう」

 

──自国を、父親を守るため人質となったこの人生、ジルドはずっと魔物退治に人生を捧げてきた。魔物を退治することはジルドにとって自分の存在証明で、守りたいものを守る武器や盾だった。
魔物と向き合い生きてきたジルドは自然と魔物について考えることが多くなる。

 

だからこそ魔物はただの恐怖の対象ではなくなった。殺すものという意識に変わりはないが、魔物のシンプルな行動やその生態の奥深さに興味はそそられ、魔物なしの人生は考えられないものになっている。人を殺す。ただそれだけのシンプルな行動を迷いなく実行する姿は一時憧れでもあった。ジルドがいまなんの抵抗もなく魔物を殺せるようになったのは彼らのお陰だ。

 

彼らはとても美しい。謎に包まれ、目が離せない。
だからこそジルドはリーシェを魔物のようだと思った。
それは人には理解できない賛辞で、ジルド自身気がついていない恋焦がれた相手への想いだ。
自身の気持ちにジルドが気がつくのはまだ遠い未来のこと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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