25.加奈子視点

 

 

 

──この時間が私の気持ちを落ち着かせる唯一の時間だった。

 

五月蠅い城の人たちも姿を見せることがない静かな丘で私とサクくんだけでなんでもないことを話すの。

2人だけの時間。

そんな時間にサクくんの怪我を治すのは私にちょっとした優越感をもたせた。サクくんは綺麗な肌に怪我をしても治そうとしないで放置する。それは、ダメ。でも、嬉しい。

葛藤する気持ちを出さないように気をつけるけど、安心して任せてくれる腕の重さについ口元が緩んじゃう。

気がつかれないように眉間にシワを寄せて頑張って低い声を出す。

 

「サク君、最近よく怪我してる」

「あーちょっと新しいこと始めたもんで」

 

サクくんは色々思うところはあるんだろうけれどいつも笑って誤魔化す。甘えちゃう私も私だけど、悪い癖だと思う。

とりあえず治癒魔法を使って見える怪我は全部消していく。切り傷や火傷の痕が消えていくのは達成感がある。

最近はサクくんのお陰で魔法を使うのがうまくなった。あまり魔力を使わないで成果を出すように工夫するのはちょっとした楽しみになってる。

 

「新しいことってなあに?」

「大地と春哉と訓練?」

「ふふっ。なんで疑問系なの」

「いやー、あれは訓練っていうのかよく分からなくて」

 

言葉を濁したサクくんはなにかを思い出しているのか遠い目をしてフッと笑った。そんな横顔も綺麗でかっこいい。

 

「うーん、よく分からないけど荻野くん火の魔法いっぱい使ったんだね。火傷がいっぱいだよ」
「そうそう、アイツが悪い」

 

即座に頷くサクくんを見て思い出したのはいまのサクくんとは対照的に楽しそうに嬉しそうに笑っていた荻野くんのことだった。
そういえば昨日も廊下であったけどそのときだってサクくんや春哉さんのことを興奮気味に話してた。まるで同じ部活の先輩の勇姿に感動する後輩のようですごく印象的だった。

 

荻野くんって誰よりもこの世界を楽しんでるなあ。

 

「たまに荻野くんに会うんだけど、いつも楽しそうだよ。この前なんか『サクから必殺技教えてもらった』って言って訓練場に走っていったもん」

 

話の途中から口元をひきつらせたサクくんは気が遠くなるとばかりに目を閉じて頭をふる。うーん、絵になる。

 

「いやいやその必殺技を口走った後に訓練場に向かうとか止めてほしいんだけど」
「練習するって言ってた」
「……訓練場の一部が穴あいてたの、やっぱ大地が原因だったんだな」
「原因でいうならサクくんじゃない?」
「ははは」
「はい、終わり」

 

今日は前よりも短い時間で治癒魔法をかけ終わった。このぶんだと使う魔力をもっと減らしても大丈夫かもしれない。
魔法の上達に加え綺麗になった肌に満足して口元が緩む。サクくんが感心したように治癒魔法をかけた腕を見ているからこれがもう凄く嬉しい。

 

「ありがとう」
「どういたしまして」

 

サクくんはなんでもないことにこうやってお礼をいってくれる。嬉しいなあ。もっと役に立てたらいいんだけどな。

微笑むサクくんに心臓がドキドキしてくる。最近寒くなってきたのにちょっと暑いや。
ぽかぽかする身体を手うちわであおごうかとケープに巻き込んで暖をとっていた手を出そうとしたら、冷たい風が吹いた。丘の下から吹き上げてきた風は強くて髪がボサボサになってしまいそうだ。慌てておさえる。

 

「風強いね」

 

もしかしたら雨が降るかもしれない。そんな雨雲を見つけてサクくんに注意しようと思った。
明日また遠征にいくみたいだから……。

でも隣に視線を戻してみてら、なぜかサクくんは少し眉を寄せた悲しそうな顔で私を見下ろしていた。

 

ど、どうしたんだろう?

 

ドギマギしながらサクくんを見てみたけれど、サクくんと視線が合わない。サクくんはなにを見てるんだろう──視線を辿って見つけたのは、シュルトから貰ったケープだった。

ああ、そっか。

この世界に来るまでの、もっというならあの子たちと仲違いするまでの私ならきっと勘違いしただろう。嫉妬してるかも、なんて馬鹿げたこと。

でもそうじゃない。

 

知ってるよ、サクくん。

 

サクくんが色々心配してくれてること。私がこの世界でどう生きていこうとしてるのか気にかけてくれてること。

ごめんね……大丈夫なんて言えない。
私、そこまで人ができてないんだ。知らんぷりして馬鹿みたいに笑って聞くしかできないの。

 

「……サク君?」
「え。あー、大地の必殺技のこととか考えてた」

 

サクくんの悪いクセ。考え込んじゃうところ。
だから私がいま胸を撫で下ろしてるのに気がつかないの。私がサクくんの気遣いにわざとのってること、いつ気がついちゃうんだろうなあ。

 

 

……寂しいな。

 

 

だからそれまではこの時間楽しまないとだめだよね。

 

 

荻野くんのことを話しながら一緒に笑う。荻野くんが煩いって言いながらもサクくんの顔は、どことなくサクくんの話をする荻野くんに似てるんだ。
楽しそうに嬉しそうに笑ってる。ちょっと違うのがサクくんは荻野くんのことをちょっと心配な弟分みたいに見てるってことかな。
サクくんってお兄さんみたいだ。そんなこと言ったらサクくんからも荻野くんからも怒られそうだから言わないけど。

 

「ねえ」

 

優しくて穏やかな時間。私の大好きな2人だけの時間。くだらないおしゃべりをして笑って次の約束をするの。

 

「サク君は楽しい?」

 

ずっと、ずっとこの時間が続けばいいのに。

 

「え?」

 

たぶん反射的にしただろう返事をしたサクくんが、遅れて届いた私の言葉を咀嚼して、開いていた口を閉ざす。
サクくんの悪いクセ。肝心なときにウソがつけないんだから。

 

「はい、これあげる」
「あ、っと。サンキュ」

 

これもきっと反射的に返事をしたんだろう。今朝部屋に並べてあったチョコレートをサクくんの掌におけば、サクくんは感謝を言った。
そして包みをあけてそのまま口に運ぶ。指についたココアを舐めとってチョコレートを食べる姿になんだかイケナイとは思いつつ見入ってしまう。

 

「うまいな。チョコ久しぶりに食ったかも」

 

私も今朝食べたけど甘い甘いチョコだった。見た目の印象と違ってサクくんは甘いものが好きなのかもしれない。いいことを知った。こんど甘いお菓子を作ってみよう。
また悪いクセを出してるサクくんを眺めながら考えるだけでワクワクする予定をいつしようか考えた。

 

今日と明日はできないし……いつがいいかなあ。

 

幸せな時間。
でもやっぱりいつも幸せな時間は終わる。

 

「サク様。いまお時間よろしいですか?」

 

サクくんの付き人、ミリアさん。大人しくてほとんどしゃべらない綺麗な女性で、蜂蜜色の髪がとってもよく似合う人。
私と目が合うとお辞儀をしたミリアさんにあわせて緑色の飾り紐が揺れる。
ああ、嫌だな私。
ほんとうに、なんて心が狭くて嫌な女なんだろう。……こんなんだから嫌われてもしょうがなかったんだね

 

「……あー、大丈夫。ごめんな加奈子。ちょっと行って来る」

 

立ち上がるサクくんはいつものような穏やかな笑いかたじゃない。その理由が手に取るようにわかるよ。

 

「うん。いってらっしゃい」

 

笑って手を振る。ぎこちないサクくんは最後に申し訳なさそうに眉を寄せて背を向けた。その隣を歩くミリアさん。
2人は楽しそうに声をあげて話すことはないものの、静かに穏やかに話しながら並んで歩く。
それはある種の信用と親しみがあってこその姿だと分かる。

 

1人きりになった丘はただ寒い風が吹くだけの場所になってしまった。立てた膝に頭を寝かせてケープをぎゅっと握りしめる。
目を閉じてさっきまでいたサクくんの顔を思い浮かべた。

 

「……まだ足りないなあ」

 

 

残念だ。
サクくんはまだあんな世界に未練があるんだね。まだ──

 

 

 

「どうしよっか」

 

 

 

 

 

 

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