05.ミリア視点

 

 


召還から1日が経ち朝の早い時間。夏の暑さはまだなりを潜めていて、日の光が差し込む廊下はひんやりしていた。
あの人はもう起きてらっしゃるだろうか。
『俺は、あんたらいらないから』


──サク様。


召還されたときは驚きを浮かべて辺りの様子を伺っていた。兵に促され進むときには感情を飲み込んで、現状把握に努めているのが見てとれた。
『てめえら見てないで手を貸せ!』
冷めた表情をしているのに、大地様の魔力が暴走したときにはすぐさま動き訴えれた人。
『先の勇者?……そ』
そして王に対してあろうことか鼻で嗤っていた。

気がつかれなかったから良かったものの、彼は危ない橋を渡っている。
言動もさることながら目を惹く容姿も手伝って、彼を確保しようと望む人は多い。

大地様の早い魔法の習得で少し視線は逸れたとはいえ、彼を注目する人はますます増えるはず。
にも関わらずあのような態度をとり続けては排除の対象になりかねない。


けれどきっと彼は私たちを許さない。


それをあの方たちも分かってるのだろう。
サク様の名前は手に入らなかったけれど、あの方たちは奴隷魔法を試されるはず。
効くだろうか。効かなかったらいい。

いいえ、効いてほしい。

石畳を進むワゴンの音が人のいない回廊に響きわたる。ガラガラ、ガタガタ、ガチャガチャ……聞き続けていると昔を思い出してしまう。
温かいご飯をのせてスープが零れないように気をつけながらワゴンを押したのは──あ。
サク様の部屋。

ワゴンをドアの横に並べて整える。スープはまだ湯気が出ていて安心した。身なりも整え、あとは声をかけるだけ。

 

「……」

 

なのにノックを躊躇うのはどうしてだろう。ただいつものように同じことをすればいいだけ。
仕事を、義務を果たせばいいだけ。
分かっているのに、彼の顔が頭から離れない。
『俺は、あんたらいらないから』
私を見下ろして微笑む彼は柔和な表情だった。にも関わらず私は彼のことを恐ろしいと思ってしまった。

彼はあの方たちに似ている。

震える指を握り締めて、気がつかれないように深呼吸する。
名前を盗りに行った昨日からどうなったのだろう。彼はどう気持ちの整理をつけただろうか。

 

「……サク様」

 

ドアをノックする。
中から音は一切しない。もしかするとまだ眠っているのかもしれない。召還された勇者はこの世界の適応に体力を使うのか、眠りを必要とする人は多い。

しばらく待って、もう一度ノックしようとしたところでドアが開いた。
少しずつ見えていく部屋の中。伸びた腕が見えて、次に黒髪が見えた。そして少しの違和感。

それがなにか分からなかったけれど、見下ろしてきていた茶色の瞳は、ただ私を映しているだけでホッとしてしまう。嫌悪に歪められることもなければ、ちゃんと私を見てくれている。

 

「おはよう」

 

応えてくれる。

 

「……っ!おはよう、ございます」


サク様は彼らじゃない。


「お食事をお持ちしました。……そして今後の話を」

 

……ごめんなさい。
私はあなたにとって彼らです。

 

「分かった」

 

静かに頷いたサク様は私の横にあったワゴンを見て、なぜか悲しそうに笑って目を閉じた。
ごめんなさい。

 

 

 

「どうぞ?ミリア」

 

 


──あなたが必要なんです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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