その後…「真っ白な」

 

 

俺のクラスにはこの学校で女子に一番人気の奴がいる。俺の友人で、非常に残念なことに女だ。

 

「桜ー!おはようっ!ねえ聞いて聞いて!」
「はいはい、分かったから。鞄ぐらい置かせてくれませんか」

 

桜。
桜が登校してきてすぐ、いまのいままで話していた梅ちゃんが俺らを置いて駆け寄っていく。

柔らかに波打つ茶色の髪がふわふわ蝶みたいに離れるのを、無駄と分かりつつ手を伸ばしてしまう。

ああ、畜生。

ああ、可愛いなあ。

梅ちゃんは桜の腕に抱きついてすこぶる嬉しそうな笑みを浮かべている。和んでいたら隣にいた響が呆れたように小突いてきた。

 

「だっらしねー顔」
「だってすっげ可愛いじゃん。梅ちゃんさいっこう」
「はいはい」
「ねえねえ皆!さっきの話桜にしたげて!」
「はよ」
「はよーっす」
「おはよ」

 

眠そうな顔だ。
小さく欠伸をする顔は今日も女子に黄色い声を上げさせている。スカートが見えず、上半身しか見えなかったのなら男にしか見えない。身長が高いことに加え姿勢もいいもんだから無駄にキマッテル。
視線が、合う。

 

「そ、そうそう。今度の日曜日山登りに行こうぜ」
「いってら」
「おいおいおいおい!ノリ悪いな!」
「生憎私は黙々とこなすことに向いてなくて」
「じゃあ川原でバーベキューはどうだ?」
「それなら参加したい」
「やったー!流石響くん!!」
「いえー」
「いえーい!」

 

響の棒読みに梅ちゃんはハイタッチで応えて、やっぱり、すこぶる嬉しそう。なんだよー。
拗ねて口を尖らせていたら、ぽんっと頭に手が置かれる。桜だ。

 

「お前が山登って下りてくんの待ってるわ」
「寂しすぎやしませんかね?」
「太一なら出来る」

 

言って、噴出す。そして俺を見て目を細める。

 

「桜のぶんの肉ぜんぶ俺が食うわ」
「は?やらねえし」
「お前が太るのを俺が阻止してやんだよ。有難く思え」
「ええー?桜すっごく痩せてるよー?」
「梅に言われてもな」
「ああ、まあ確かに腕とか細いよな」

 

桜の二の腕を掴んでみる。やっぱり細い。なのに柔らかいのはなんでだろう。
体力測定のときに砲丸投げでえらく距離出していた気がするんだけど。それに体育のときだって……。

 

「どした?……ぃっで!」
「はい触りすぎー」
「……」
「梅。おーい梅ー」

 

妙に静かになった空気に気がついて顔を上げれば、響に拳骨をおとされた。小突くというものじゃなくて結構痛い。

 

「てめっ……う、梅ちゃん?」
「……なあに?」

 

響に文句を言おうとして、こっちを見る、というより凝視してくる梅ちゃんに気がついた。

いつもなら視線が合うと嬉しくてしょうがないのに、まして俺を見てにっこり微笑んでくれようものならスキップでもしそうな心地になるのに、いま俺を見上げて笑う梅ちゃんに冷や汗が出た。

とんでもなく怒っている。

俺なにしたっけ!?考えてすぐ、思い当たったのは梅ちゃんにとっての地雷原、桜。
桜を見上げれば肩をすくめられる。それに合わせて動く俺の手。あ、握ったまんまだった。

 

「……申し訳ございません」

「ええー?なんのことー?」

 

即、離した。
梅ちゃんはまだにこにこ笑っている。もうしないことをアピールする為に両手をあげて降参ポーズをしたけど、梅ちゃんは警戒しているのか桜を引っ張って俺から距離をとらせた。

やってしまった……。

項垂れる俺に響が馬鹿だなと同情を感じられない声で言う。楽しそうに話す梅ちゃんとの距離がぐっと広がった気がする。

 

「……あー、分かった分かった。行こう。バーベキュー可能な川原ってここらへんじゃ無人駅のとこだよな。あそこなら全員便利がよかったっけ」
「だな」
「買出しは当日かな」
「いいねいいね!花火も買っちゃおうよ!」
「今の季節売ってるかな」
「大丈夫だって!」
「太一」
「へ、え!な、なんだ」

 

桜が突然俺を呼ぶもんだから驚く。桜は俺の名前を呼んだ瞬間むくれた梅ちゃんの頭を撫でて梅ちゃんが気持ち良さそうに目を細めるのを見てから、俺を見て、ありがとう、と言った。

 

「……なんで?」
「私の誕生日祝いで企画してくれたんだろ。だから、ありがとう」

 

俺のほうが少し背が高いとはいえ大して変わらない身長だから目線はほぼ同じだった。
まっすぐな視線。
焦げ茶の瞳が俺を見ていて、俺だけを見ていて、姿を映してる。

こいつ、睫長いよなあ。それに細い。

首筋とか肩周りも華奢だし、なあ。変だよな。男に見えないんだよな。なんで……ああ、そっか。

思い出すのはぶっきらぼうな話しかた、思わず魅せられる立ち振る舞い、低く出すアルトの声。
頭に浮かぶ記憶に意識が奪われる。お陰で伸びてくる白い手が見えたけれど避けられなかった。
柔らかい感触が、温度を、頬に感じる。

 

「風邪か?」

 

耳に心地いい声。俺を見てる視線。思わず手を伸ばした。

 

「そーそーこいつ風邪気味なんだよ。な」
「ねっ!なんなら保健室行く!?行ったほうがいいんじゃないかな!?」

 

響がにっこり笑って実に覚えのないことを言ったかと思うと、俺の手を叩き落した。
そしてあろうことか梅ちゃんが俺の腕を握って、引っ張る。

ぼおっとする頭はそんな幸せについていかないんだろう。勘違いしている梅ちゃんはきっと保健室に俺を連れていこうとしてくれてる。
おぼつかない足取りをしながら勘違いを訂正しようと言葉を捜して、結局うまく言えない。

なんとなく振り返れば、心配そうに眉を寄せる桜の顔が見えた。教室のドアを出て、最後に見えたのは、そんな桜に話しかける響の姿。

 

「……太一くん?」
「あーあーいやー、うん。やっぱ俺風邪みたい。保健室行ってくるわ。ありがと梅ちゃん」

 

首を傾げる梅ちゃんに一人で行くと断ってから歩く。
しばらくして学校に鳴り響くチャイムを聞きながら屋上にある唯一の日影に寝転がった。

 

「寝て忘れよう」

 

俺のタイプは梅ちゃんみたいな可愛い女の子だ。
最初本気で男だと勘違いしていたうえに、女子の人気を一番にしていることに嫉妬を覚えたような女じゃない。


まさか。


俺が響に嫉妬を覚えたなんて、ありえない。
目をきつく、きつく、閉じた。

 

 

 

「──梅ちゃん、最近元気ないよな」
「……そういうお前こそ」
「お前だって」

 

響の前の席に座りながら、離れた席で1人座りながらなにかを見ている梅ちゃんを眺める。
梅ちゃんは先週の休みを挟んでから、どこか様子がおかしくなった。誰かと話しているときでも、誰かが教室に入ったときでも、いつでも辺りをきょろきょろと見渡す。

まるで誰かを探しているようで、どうしたんだと聞いてみたら、困ったようでともすれば泣きそうな顔で分からないと言う。
そしてなにか言いかけたのを飲み込んで、また、教室に入ってきたクラスメイトを見て顔を俯かせる。

原因は分からないけれど、なんとなく、なんとなく、その行動は分かる。

俺だって気がつけば辺りを窺ってしまう。足りないような気がするんだ。響も似たような感じらしくて、溜息を吐く。


「前を歩いてた人、なあ」


休み明けに、いつもなら笑ってる梅ちゃんが焦った様子で話しかけてきた。
梅ちゃんと話す機会なんて滅多にないから嬉しいはずなのに、どうもそんなことを言ってられない空気で、だから、すぐに知らないと正直に応えた。

もしや彼氏がいたのかと思ったけどそんなニュアンスじゃなかったし、なにより、そいつが誰か心当たりがないかって聞いている。変なことを言ってるなあ、ぐらいにしか思わなかった。

だけど時間が経つにつれてその言葉が頭から離れない。

俺も、同じ疑問が浮かぶんだ。


誰だった。……誰だった?

 

「それでさー」
「あはは!それでそれで?」

 

クラスメイトが教室に入ってくる。
梅ちゃんが肩を落として、俺も身体から空気が抜けるような感覚に陥る。楽しそうに話す姿がやけに遠く感じる。窓際を歩く2人を見ていたら、陽がさして目が眩む。

真っ白に焼ける瞼。真っ白な。

 

 

「誰だっけ」

 

 

 

 


 

 

――好きだった人。

 

 

 

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