とある勇者の日常その1

 


色とりどりの電灯に照らされていつまでも明るいギラついた街。
五月蝿い喧騒を逃れて暗がりでぼおっとしていれば、いつの間にか知った顔が周りにいた。
彼と同じように暇な奴らだ。並んで煙草を吸ったり酒を飲みながら時間を潰していて、朝が来れば場所を移して眠る。

 

しょうもね。

 

彼はそんなことを思って、すぐに「でも」と付け足す。
大人よりマシだ、と。

なぜって彼らはもっともらしいことを掲げて学校に行けだの、将来のためにだの、子供のクセにだとか色々唾を飛ばしながら言葉を落としてくる。

うんざりしていたのだ。

空き缶を蹴り上げると小気味いい音が鳴り響いたけれど彼の気は晴れない。
彼はいつも苛立っていた。

 

「お前力ありあまりすぎ」
「うるせえ」

 

くつくつと喉で笑う声にまた苛立ちながら彼は笑い声が聞こえたほうを見る。案の定、そこにはよく連れだつ友人がいた。腐れ縁の友人は壁にもたれて座り込みながらプハッと口から灰色の煙を吐き出す。なにが美味いのかタバコ好きな友人は生き返ったとばかりに幸せそうな表情を見せたが、一転、切れた唇が傷んだのか眉をひそめて唾を吐く。
友人は顔を数発殴られていて、目元と口元が腫れている。顔を動かすだけで痛みが走る状態だろう。
そんな姿を見て彼は笑い返し、あ、と思い出す。

 

そもそも友人が傷だらけなのは自分のせいなのだ。

 

短気な彼はよく絡まれる。そしてついでに腐れ縁の友人も絡まれる。
それを身をもって体験している友人はこれはひどいやら我慢がならないといつも文句を言っていた。きっと今日も言うだろう。

彼は口元を拭う友人を眺めながら一瞬罪悪感に駆られたが、まあいいかといつものように思い至る。

なにせ友人は楽しそうなのだ。
勘弁しろよと零す割りに殴りあいをしているとき楽しそうに笑っている瞬間があるのを知っている。
だからこいつと長いことつるんでるんだろう。
彼は笑う。友人も笑っていたから。

灰色の煙が消えていく。
彼は煙草は好かないが友人が煙草を吸い終わるのも好かなかった。それが友人なりの終わりの合図だと知っていたからだ。
友人は時間切れとばかりに立ち上がる。

 

「あいつら今の時間いるんじゃね?」
「だろうな。追い出してくれたらそれはそれで万々歳なんだけどよ」
「おいおい、世の中なめんなー?金なし頭なし家なし16歳、生きていくのは大変だぜ?利用しろよ」
「顔を見るだけでも」

 

気持ちが悪くなる。
彼は言葉を飲み込んだ。悪い言葉を飲み込んだせいか沸々と苛立ちがわいてくる。

彼の両親は世間でいうところの官僚だった。

彼の両親は心配事が多くあった。

正しくありたいと思っていた。正しくしてほしいと思っていた。


だから、彼を管理した。


言葉と行動を取り上げて理想をプレゼントする。
それが彼にとって幸せだと信じていたから。
それが自分たちにとって幸せだと知っていたから。

彼をコントロールしようと、女は褒めて褒めて陰で泣いて愚痴を垂れ、男は最後にこぶしを振り上げる。

彼の言葉は受け取られることはなかった。
既に言葉は取り上げられていて、もう、言語が違うのだ。

ささやかな反抗で彼の両親の望みとは真逆のことを彼は行ってきた。
いわゆる悪い奴らととるんで、恥さらしな行動をする。幼稚な犯行だということは彼にも分かっていた。
でも、それしかできなかった。

彼の態度は受け取られることはなかった。
既に彼は取り上げられていて、理想の彼になるまで、彼は彼じゃなかったから通じないのだ。

彼は苛立っていた。

反抗が自分の首を絞めていることは分かっていた。だけどそれをやめることは両親の理想の彼になるのを受け入れることになるので、彼には止められなかった。
彼はなにもかも全部、全部壊したくてしょうがなかった。

苛立ちに手が震えそうになったとき、路地裏に気持ちい風が吹き抜ける。彼は思い出した。
自然と足が動き出す。
友人はそんな彼を見てまたかと笑った。

 

「喧嘩のあとに家まで走るんかい。すげえな」
「お前が教えてくれたんだろーが」
「……いや、空き缶蹴り続けて五月蝿かったからどっか行けって言っただけなんだけど」
「なんだ?」
「おう!なにも考えられなくなるまで走ってこいよ!」
「おお」

 

今度は友人に背中を押されて彼は走った。袖をまくってしまえば煩わしいものはもうなにもない。
この瞬間はなにも鬱陶しい記憶を思い出さなかった。いつも頭の中に響く両親の声もおぼろげだ。

こんな自由、ない。

バスの停留所をいくつか過ぎて、あっという間に家に辿りつく。汗が流れる額を腕で拭いながら無駄に大きい家を見上げる。
彼はこの家が大嫌いだった。


威圧するような家も、自分を認めてくれない両親も──

 

彼は唾を吐き出す。
飲み込んだままの言葉を吐き出せたようで少しばかり気が和らいだ。

今日こそは話をつけるとかなんか言っていた。

彼は今朝の会話を思い出してうんざりしながら今度は息を吐き出す。
そして家の門を開けた。

次はなにを言いだすんだろう。

疑問は浮かんだけれど、昔のような恐怖はもう抱かなかった。
褒めちぎって言葉を浴びせ続けてくる女の口も、振りおろされる拳も、もう問題はない。
彼はすっかり慣れてしまってなにが恐怖というものなのか分からなかった。
あれだけ大きく超えられなかった壁はもう視線の高さが変わらない。

きいっとあいつらはそれさえ気づいてねえんだろうな。

彼はそんなことを思ってしまった自分を嗤う。
別にいいとちゃんと折り合いをつけたはずなのに、たまに、こうやって泣き言をいう自分が一番、最悪だと思ったからだ。

 

彼は苛立った。

 

頭痛のように頭が痛み強く強く訴えてくる、なにか壊したくてしょうがなくなって、ともすればなにか叫びたくなる。

あいつらとの関係が一区切りつけば収まるだろうか。離れれば、顔もみなくなれば、思い出すこともなくなったなら。

 

「お前はまたっ……!」

「あなた!」

 

扉を開けて彼の目に見えたのは眉間にシワを寄せ怒りで鼻をひくつかせる男と、眉を下げて俺を見て非難しながら大丈夫大丈夫という女だった。
見慣れた顔に今更反応することもない。彼は汗を拭って部屋に戻ろうとした。

 

……あれ。

 

そこで違和感に気がつく。男が殴りにかかってこず、声も聞こえない。いつもなら帰る度に殴られ、悪ければ男の気が済むまで殴られ蹴られる。
妙なこともあるんだと思って彼は振り返った。

そして答えはすぐに分かった。
男と女はさっき見た体勢のまま動いていなかったからだ。振り上げた腕もそのまま、口元を隠す女の眉寄せる顔もそのままで、動きを止めていたからだ。
彼は戸惑いにつりあがる口元を震わせて男と女を見る。

 

「……は?なにやってんだよ」

 

男と女は文字通りピクリとも動かない。あまりにも動かないもんだから、彼は回り込んでじっくりその顔を観察してみた。

シワが増えた。細くなった。小さくなった。

彼はなんとなく手を伸ばしてみた。けれどもう少しで触れるというところで、女が消えた。紙芝居をめくるように、見ている景色が、男と女がスライドされて新しい景色が飛び込んでくる。

 

 

「なんだよ、これ」

 

 

一瞬だった。
瞬きはしていない。あまりにも違う景色に立っている自分自身の足元がぐらつく。目の前で男と女の姿が消えた。そして代わり何十人の人間が現れた。

意味が分からねえ。

彼は舌打ちする。なにもかも分からなかった。まるであのときのようで余計に彼は苛立った。
そこはゲームのような場所だった。彼にとってとても居心地の悪い小難しい雰囲気をもつ建物のの中で大勢が好奇心をのせて彼を、いや、彼らを見ていた。

恐らく彼と同じ状況だろう数人が彼の周りに立っている。
彼らも彼と同じように辺りを見渡していて、彼はすぐさま彼らが敵じゃないと知って辺りに視線を戻した。

見慣れない格好をしている周りの人間は笑っている。
それはまるで陰で盗み見て高い場所からあぐらをかき当然のごとく命令するアイツラに重なった。

 

「え。え?私、いや、なにこれ」
「はあ?意味分かんね」

 

だよな。
戸惑う声に心の中で相槌を打ちながら彼は苛立ちで血管が切れそうになっていた。

意味が分からない。
なにが起きた。
なにもできない。
意味の分からない言葉で評価される。

五月蝿い。

五月蠅い。

 

 

うるせえんだよ。

 

 

なに勝手に話してる。なに勝手に決め付けてる。なに納得してやがるんだ。

 

 

 

「よくきた、勇者達よ」

 

 

 

うるせえなあ。

 

 

 

 

 


 

──大地の場合。

 

 

 

 

 

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